サミュエル・ベケット『ゴドーを待ちながら』を執筆した小説家

サミュエル・ベケットは1906年4月13日アイルランドのダブリンに生まれた小説家です。劇作家、詩人としても活躍し、1969年にはノーベル文学賞を受賞したことでも話題になりました。そんなサミュエル・ベケットの人生と作品について詳しく解説していきます。

■サミュエル・ベケットとは

※アイルランドのダブリン

サミュエル・ベケットは1906年4月13日アイルランドのダブリンに生まれました。1923年から1927年にかけてダブリンのトリニティ・カレッジで英語やフランス語、イタリア語などを学び、1928年から2年間パリの高等師範学校で教師として働いていました。その傍らパリでジェイムズ・ジョイスと知り合い、口述筆記や複写などの手伝いをしたことにより、大きな影響を受けることとなります。

1930年にはトリニティ・カレッジに3年間の講師職を得ることになりアイルランドに戻ったものの、2年もたたないうちに辞職し、執筆業で生計を立てながらヨーロッパを転々としていきました。結局1937年にはパリに定住することになったものの、1938年1月には見知らぬ売春あっせん者の男に突然刺されるという事件に巻き込まれてしまいます。ナイフは心臓をかすめたものの、大事には至ることはありませんでした。

1939年には第二次世界大戦が勃発。1940年にナチスドイツがフランス侵攻を行い、パリを占領したことにより、ベケットはフランスのレジスタンスグループに加入。しかしゲシュタポの捜査が迫ってきたことで身の危険を感じるようになったベケットは、小説家ナタリー・サロートの自宅の屋根裏に長期間かくまわれることになります。そのパリを脱出し、田園地帯を数カ月放浪したのち、ヴォクリューズ県の小コミューン「ルシヨン」に2年半潜伏し、戦後を待つことになります。

戦後パリに戻ると執筆活動を再開し、三部作の小説『モロイ』、『マロウンは死ぬ』『名付けえぬもの』などを発表。また1952年には現代演劇に大きな影響を及ぼすこととなる戯曲『ゴドーを待ちながら』を発表しました。もともと『ゴドーを待ちながら』はベケット自身「三部作を書く中での息抜き」と述べていたものの、結果的にベケットの代表作となっていきます。1959年には母校のトリニティ・カレッジから名誉博士号を授与され、1969年にはノーベル文学賞を受賞。文学や戯曲において現代人の悲惨さを描いたことが高く評価されました。

1989年には83歳で死去。その亡骸はパリのモンパルナス墓地に埋葬されました。

■サミュエル・ベケットの作品

サミュエル・ベケットの作品の特長は、何といっても「不条理」を作品に取り入れたことと言えます。『ゴドーを待ちながら』はそうした作品を代表するものであり、20世紀演劇に大きな影響を与えました。また散文においては特異な風景や錯綜した描写など独自の世界を確立しており、アメリカの作家ドン・デリーロには「読み手の世界の見方そのものを変えてしまう力を持った作家」と称されています。

そんなサミュエル・ベケットの作品には、どのような作品が含まれているのでしょうか。主要な作品をご紹介いたします。

・『ゴドーを待ちながら』 1952年

※画像はイメージです

本作はベケットの代表作と称される戯曲で、1940年代の終わりに執筆が始まり、1952年に発表された作品です。不条理演劇の代表作として演劇界に大きな影響を及ぼしたといわれている作品でもあります。

木が一本立つ田舎の一本道。第一幕ではウラディミールとエストラゴンという2人の浮浪者がゴドーという人物を待ち続けています。2人はゴドーに会ったことはなく、たわいもないゲームをしたり、実りのない会話を交わしたりしながらゴドーを待ち続けるのでした。

そこにポッツォと従者ラッキーがやってきます。ラッキーの首にはロープが付けられており、ポッツォはラッキーを市場で売りに行く途中この道を通りかかったのでした。ラッキーはポッツォの命ずるがままに踊ったりするものの、「考えろ」と命令されて、突然哲学的な演説をはじめます。2人が去った後死者の少年がやってきて、「今日は来ないが明日は来る」というゴドーの伝言を伝え去っていきます。

第二幕でもウラディミールとエストラゴンがゴドーを待ち続けています。一幕と同じくポッツォとラッキーがやってくるものの、ポッツォは盲目になり、ラッキーは何もしゃべらずただ時間だけが過ぎていきます。2人が去った後使者の少年がやってきたものの、ゴドーがやってくることはありませんでした。ウラディミールとエストラゴンは自殺を試みるものの失敗。不条理のまま幕を閉じることになります。

・『しあわせな日々』 1961年

※画像はイメージです

本作は1961年ニューヨークのチェリー・レイン劇場で初演された作品で、タイトルは乾杯するときの決まり文句に由来しています。ベケットの作品としては珍しく夫婦が登場する作品で、登場人物がどんどん動けなくなるという表現を通して人間の不条理さを描き出しています。

抜けるような青空の下、なぜか腰まで地中に埋まったウィニー。彼女は目覚ましの音で目を覚まし、歯を磨いてお祈りを唱えてと、そんな状況にもかかわらず日常的な動作を繰り返していました。丘の向こうには夫ウィリーがいるものの、ほとんど声を出さず、また振り返ることなく淡々と新聞を読んでいました。そんな現実から逃れるためなのか、ウィニーはひたすらにしゃべり続けるのでした。

第二幕においてウィニーは喉元まで埋まってしまい、日用品の数々にも手を出せなくなってしまいます。ウィニーはただただしゃべり続けていたものの、丘の向こうから不釣り合いなほどに立派な正装をしたウィリーが現れ、ウィニーの名前を呼びます。それを聞いたウィニーは「しあわせな日々」とつぶやくのでした。

■おわりに

サミュエル・ベケットは1906年4月13日アイルランドのダブリンに生まれた小説家・劇作家で『ゴドーを待ちながら』をはじめとした20世紀文学の傑作を執筆したことで知られています。ベケットの作風はいわゆる「不条理」を描いたものであり、喉元まで埋まった女性、誰とも知らぬ人物を待ち続ける2人という姿は現代人の姿を現しているかのようです。モダニズム文学に関心のある方は、ぜひベケットの作品を読んでみてはいかがでしょうか。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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