ディープ・パープル:黒衣の覇者リッチーブラックモアとストラト・キャスター

ディープ・パープルはイギリス出身のハードロックバンドで、常にレッド・ツェッペリンと比べられるほどの人気、実力を兼ね備えたグループでした。

中でもリードギターを担当したリッチー・ブラックモアは、いつも黒いステージ衣装を身に着け、ステージ上でギターを破壊するなどのパフォーマンスから黒衣の覇者などの異名を持ち、多くのミュージシャンに影響を与えています。

クラシックとの融合

ディープ・パープルは、ボーカルのクリス・カーティスとキーボードのジョン・ロードが中心になって結成されました。その後、ギターとしてリッチー・ブラックモアが参入したもののクリスが失踪。ロッド・エヴァンスを迎えてデビューにこぎつけたのは、結成の話が持ち上がって数年も経ってからになります。
デビューアルバム「Shades of Deep Purple」からシングルカットされたタイトルナンバーがいきなりビルボード4位を獲得し、新人バンドとしてはこれ以上無いスタートを切ります。
ところが、当初のディープ・パープルのサウンドはキーボードのジョン・ロードの意見が強く反映されており、ジャズやサイケデリック・ロックなどを取り入れたいわゆるプログレッシブ・ロックに傾倒していたため、以降ヒット曲に恵まれることはありませんでした。
中でもクラシックから受けた影響はとても強く、ジョン・ロードが奏でるハモンドオルガンの音色も相まって独特な世界観を演出していたのですが、1曲の長さが数十分に及ぶなど、ポピュラーミュージックとしてはなかなか受け入れられなかったのです。
その最たるものがロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団との共演で、当時の演奏はライブ盤として発売されています。これらディープ・パープル初期のスタイルはファンからは支持されたものの、一般受けすることはなく、バンドの成功には結びつきませんでした。

ディープ・パープルからレインボーへ

 (Smoke on the Water MV)

世界的成功を収めたディープ・パープルですが、さまざまな理由でメンバー同士が対立するようになってきます。
黄金時代を支えたリードボーカルのイアン・ギラン、ベースのロジャー・グローヴァーを皮切りに、ついにはリッチー・ブラックモア自身もバンドを退団しました。そして後任にトミー・ボーリンが加入します。
この時、リッチー・ブラックモアの後任にはあのジェフ・ベックの名前も上がっていたと言います。残念ながら実現すること無く終わってしまいましたが、ベックが「Smoke on the Water」を弾くところを見てみたかったと思うのは、全てのロックファンに共通するものなのではないでしょうか。

トミー・ボーリンのプレイは素晴らしいものでしたが、バンドの看板とも言えるリッチー・ブラックモアを失った影響は大きく、再び方向性がぶれてしまったディープ・パープルはかつての栄光を取り戻すこと無く解散してしまいます。
一方でリッチー・ブラックモアは自分自身が全てをプロデュースできる新しいバンド、レインボーを結成します。
完璧主義で知られるリッチーの性格からくるものか、レインボーは他に類を見ないほどメンバーチェンジの激しいバンドとして知られています。とにかく同じメンバーで2枚続けてアルバムを発表したことがなく、レインボーに在籍したメンバーは実に20人以上にも上ります。
ただ、その顔ぶれはそうそうたるもので、ボーカルのロニー・ジェイムス・ディオ、グラハム・ボネット、ジョー・リン・ターナー、ドラムのコージー・パウエル、ベースのボブ・デイズリー、キーボードのドン・エイリーなど以降さまざまなバンドでロックシーンを彩ったスターたちが在籍していました。

リッチー・ブラックモアのプレイスタイル

リッチー・ブラックモアのプレイスタイルは時代とともに変遷していきます。当初のプログレ志向のテクニカルなものから、次第にハーモニック・マイナーやメロディック・マイナーといったクラッシックスケールを取り入れたメロディアスなものへと変化し、レインボー時代にはよりキャッチーでポップなソロまで披露するようになったのです。
自身の作曲ではありませんが「Since You Been Gone」のようなメジャー・キーの楽曲などはパープル時代のリッチーからは考えられなかったものです。
また、アルバム「Difficult to Cure」のタイトルナンバーはベートーベンの第九、歓喜の歌をハードロックにアレンジしたもので、珍しいリッチーのボトルネック奏法を聞くことができます。

リッチー・ブラックモアのおすすめアルバム

リッチー・ブラックモアを語る上でぜひ聞いてほしいアルバムは、ディープ・パープル時代であれば「Made in Japan」と「Burn」を挙げることができます。
前者は「Smoke on the Water」や「Highway Star」といった黄金時代のほとんどの曲が演奏されているライブ盤であり、後者はリッチーが納得できるレコーディングだったと評した数少ないアルバムだからです。

「Burn」ではスマッシュヒットしたタイトルナンバー以外にも、レインボー時代にも演奏された「Mistreated」が収録されていて、野心的でいてとても完成度の高いアルバムとなっています。
レインボー時代はボーカルにロニー・ジェイムス・ディオ、ドラムにコージー・パウエルがそろった2枚目のアルバム「Rainbow Rising」の評価が高いです。

当時レコードとして発売されていたわけですが、B面には「Stargazer」と「A light in the Black」の2曲しか収録されておらず、どちらも8分を超える大作となっています。
また、レインボーは多くのライブアルバムを出していることでも有名で、その数は11枚にも及びます。
その中でも「On Stage」は、映画オズの魔法使いのワンシーンからリッチー・ブラックモアの「Over the Rainbow」でスタートする演出がそのまま録音されており完成度の高いライブアルバムとなっています。

現在のリッチー・ブラックモア

リッチー・ブラックモアの4人目の奥さんであるキャンディス・ナイトをメインボーカルにブラックモアズ・ナイトを結成し活動しているほか、レインボーとしてもライブを行うなど精力的に活動しています。
ブラックモアズ・ナイトではストラトキャスターを使うことはなく、エレアコやセミアコがメインになり、音楽性はアイルランド民謡やケルト音楽までも吸収した、より多様な音楽になっています。
キャンディス・ナイトとの出会いはかなり古く、ディープ・パープル時代にはすでに知り合っていて、いくつかのステージではコーラスとして参加していました。
また、レインボーの「Stranger in Us All」に収録された「Hall of the Mountain King」が彼女の作詞によるものであることはあまり知られていないようです。
リッチー・ブラックモアが70歳を越えてなお、第一線で活躍できるのも、公私に渡る良き理解者、キャンディス・ナイトのおかげなのかもしれませんね。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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