地球温暖化でワインの主要産地が変わる?

ブドウの栽培、ワインの生産は環境の変化に大きく影響される。英国のイングランドでは中世後期はワイン生産が盛んであったが、宗教改革と14〜19世紀の「小氷期」の寒冷化で衰退した。しかし19世紀以降復活し、21世紀に入ってからは生産量が爆発的に伸びている。英国のワイン団体は「地球温暖化のおかげ」と公言する。しかし地球温暖化は、イタリア、スペイン、フランスのようなワイン大国の主要産地に「ブドウが収穫できなくなる」という深刻な危機をもたらすと指摘されている。2050年、世界のワイン産地の地図は大きく塗り変わっているかもしれない。

宗教改革と気候変動で消えた英国産ワイン

ワインの原料のブドウは、地球上の気候区分では温帯でもやや涼しい気候の地域でつくられている。フランスやスペインやイタリアのようなヨーロッパ大陸の中央部や、北米大陸ではアメリカのカリフォルニア州、南米大陸ではチリやアルゼンチン、アフリカ大陸では南アフリカ、オーストラリア大陸では南オーストラリア州が地球上のワインの主要産地として知られている。

それらの産地はほぼ北緯30〜50度、南緯30〜50度の範囲におさまり、「ワインベルト」と呼ばれている。ワインベルトから赤道方向にずれた高温多湿な地域の中でも、平地より気温が低い山岳・高原地帯であれば、ブドウが収穫され、ワインがつくられている場所がある。ただし、雨量が不足し、ブドウの木が十分に生育できない乾燥地帯ではワインの生産は期待できない。一方、ワインベルトから極地方向にずれた地域は日照不足や低すぎる気温などが原因でブドウの木が十分に育たないので、ワインの生産は期待できない。

とはいえ、歴史上ワインの産地は固定されていなかった。古代文明発祥の地イラク(メソポタミア平原)やエジプトでは古代にワインがつくられていた記録があり、有名な「ハンムラビ法典」には「酒癖が悪い者にワインを売ってはならない」という条文がある。しかしその後、気候の乾燥化や土壌の砂漠化が進み、さらには飲酒を禁じるイスラム教の国になった現在のイラクやエジプトではワインの生産は見る影もない。

(Public Domain/‘Part of scene 52 of the Bayeux Tapestry’ Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

ヨーロッパでも、英国のイングランドでは1066年の「ノルマン・コンクエスト(The Norman Conquest )」以降、フランスからブドウ栽培の技術がもたらされ、各地でワインが盛んにつくられていたが、16世紀頃にほぼ途絶えた。

その原因として、ワイン生産の重要拠点だった修道院が国王ヘンリー8世の命令で解散させられたという出来事がよく挙げられるが、地球規模の気候変動もワイン生産の衰退と関係しているに違いない。

※画像はイメージです

中世後期のヨーロッパの気候は比較的温暖だったが、14世紀から19世紀にかけて「小氷期(Little Ice Age)」と呼ばれる気候の寒冷化が起き、ピークの17〜18世紀にはロンドンにあるテムズ川がしばしば凍結し、歩いて渡れたほどだった。小氷期が500年ほど続いた結果、イングランドの気候はブドウ栽培に適さなくなり、ワインが生産できなくなった。

小氷期という気候変動によって、ヨーロッパでは「ワインベルト」が南下しイングランドが外れた。この地のワイン生産は、もし宗教改革がなかったとしても小氷期の間に消え去る運命だったのだろう。

地球温暖化で「ワインベルト」が移動する

※画像はイメージです

現在の地球は地質学で言えば氷河期の真っただ中だが、「完新世間氷期」という比較的温暖なサイクルに入り、人類は農業を開始し、ブドウの栽培とワインの生産も始まった。

しかし、現在問題視されている世界規模の気温上昇「温暖化」は、人間の関与が疑われている。小氷期末期の18世紀から始まった産業革命や、人口の増加で二酸化炭素の放出量が増加し、その「温室効果」が地球の平均気温を上昇させている。国連の下部組織IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が2007年に発表した「IPCC第4次評価報告書(AR4)」によると、1906年から2005年までの間に地球の平均気温は0.74度上昇していると報告されている。

2006年、英国の経済学者ニコラス・スターン(Nicholas Stern)が発表した「スターン報告書(The Economics of Climate Change)」は、温暖化を放置したら、21世紀末地球の平均気温は5〜6度上昇すると予測し、環境の激変で生態系が深刻なダメージを受けると警告した。

フランス語には「テロワール(terroir)」という言葉があり、ブドウ畑がある地方の土壌、気候、その年の気象条件、日照時間、ワイナリーの醸造技術、熟成条件などが微妙にからんでワインの味や香りが決まることを意味する。そんなデリケートなワインにとって、平均気温の5〜6度上昇は想像を絶する大激変を起こすに違いない。

IPCCなどの研究成果をもとに地球温暖化において2050年の西ヨーロッパのブドウ栽培がどのように変化するのかというシミュレーションが行われ、ワイン関係者に大きなショックを与えた。

その結果というのは驚くべきもので、イタリアのトスカーナ、スペインのラ・マンチャ、フランスのボルドーのような世界的なワインの銘醸地が壊滅してしまうということであった。コロンビア大学は、2050年までに世界のブドウ産地の3分の2の気候が現在の栽培品種に適さなくなると予測している。

なにより銘醸地にとって厳しいのは、ブドウを高温や乾燥に強い品種に植え替えられないことだろう。醸造に使用する品種を指定してフランスの「AOC(原産地呼称統制/Appellation d’Origine Controlee)」のような産地ブランドを確立しているので、もしブドウの品種を変えたらボルドーはボルドーではなくなり、ブランドではなくなってしまう。世界に愛された名品ワインが、過去の栄光と温暖化で枯れゆくブドウ畑とともに滅んでいく道を選ぶこともありうるのである。

2015年、環境ジャーナリストのヴァレリー・ララルメ・ド・タネンベルク(Valery Laramee de Tannenberg)、イヴ・レール(Yves Leers)の両氏は著書『ワインの危機−気候変動への挑戦(Menace sur le vin : Les defis du changement climatique)』をフランスで出版した。レール氏は、19世紀末に比べてフランスの平均気温は1.1度上昇し、ボルドーのあるアキテーヌ地方は1.5度上昇していると報告し、将来「ボルドーワイン」は大きな影響を受け、乾燥化でスペイン南部の砂漠地帯が北上するカスティーリャ・ラ・マンチャ州ではブドウの木が消えてしまう可能性もあると指摘している。

一方、2050年にブドウの栽培、ワインの生産ができる地域は、温暖化によって北へ大きく広がるとされている。シミュレーション予想ではフランスの最北部ブルターニュ、ノルマンジーがワインの主要産地になる可能性があり、ベルギー、オランダも有望であるとの結果だった。ドイツワインも生産が増える予想で、レール氏は「北ドイツは最も恩恵を受ける」と語っている。イングランド南東部、ポーランド、スウェーデンなどは、2050年にワインの新産地として活況を呈しているかもしれない。ヨーロッパのブドウ栽培関係の国際会議には北欧の4ヵ国やバルト三国も参加しており、各国とも中世に行われていたワインの商業生産が復活し、軌道に乗りつつあるという。

コロンビア大学の研究によると北米の主要産地、ナパ・バレーなどカリフォルニア州は山火事を発生させるような乾燥化が懸念され、ブドウ産地は西海岸を北へ移動し、ワシントン州やカナダのブリティッシュ・コロンビア州が有望になるという。オーストラリア大陸では代表的産地のバロッサ・バレーがあるアデレードがスペインと同様に「砂漠の拡大」に脅かされ、産地がより南下したり、ニュージーランドの生産量が増えたりすると予測されている。

復活して伸びる「イングリッシュワイン」

(グレートブリテン島 Google Map )

環境団体のグリーンピースは「70年後、北半球のブドウ栽培の北限は現在より1000キロ北上する」と予測している。南北1000キロには英国のグレートブリテン島が入り、もしその通りになれば、21世紀後半のスコットランドではウイスキーだけでなく、地元産ブドウを使ったワインも生産できるようになるだろう。

英国で中世のようなブドウ栽培、ワイン生産に取り組もうという気運が高まったのは、小氷期を脱した19世紀であった。フランス北部、シャンパーニュ地方から寒さに強い苗木を持ち込んで生産を試みたのはシャンパンのようなスパーリングワインで、現在も国産ブドウを使用した「イングリッシュワイン」の売上の約3分の2はスパークリングタイプで占められている。ブドウ栽培は温暖なウェールズ南部からイングランド各地へ拡大し、ワインの国際コンクールで賞も獲得できるまでのぼりつめた。

英国の統一ワイン団体「Wines of Great Britain (WineGB) 」ではこの生産量の拡大を「地球温暖化 (Climate change) のおかげ」と公言している。

ワイン大国のイタリア、スペイン、フランスと比べると「新興国」英国の生産量は象とネズミぐらいの差があるが、地球温暖化を味方につけて、北欧、東欧諸国やカナダ、ニュージーランドなどと競いあいながら伸びていきそうだ。

2018年夏、ヨーロッパ各地は猛暑に襲われた。秋に収穫したブドウは早熟で、ワインの糖度やアルコール度数が増した。「おいしいワインができた」と喜ぶ人もいるが、地球温暖化による気温上昇、乾燥化でブドウにもワインにも大きな危機が忍び寄っていることを知った上で、飲むべきだろう。

2018年9月、フランスの環境ジャーナリストのタネンベルク氏とレール氏が2050年の地球環境を想定し、専門家の助言を得て試作した「2050年のボルドーワイン」がパリの試飲会で提供された。主催者の思惑通り参加した愛飲家の間では不評で、地球環境の将来、フランスワインの将来への不安をかき立てるような味がしたという。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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