リチャード・プリンス:本質的なシミュレーショニズム

リチャード・プリンスは1949年生まれのアメリカのアーティストで、既存の写真や広告にアレンジを加えたヴィジュアル作品が特徴。そのため、しばしばオリジナリティーや著作権に関する議論を呼んでいる。近年では、他人のInstagramの写真を使用した作品が約1,000万円で販売され、大きな話題となった。

美術ムーブメントであるシュミレーショニズムとは?

「シュミレーショニズム」とは、簡単に言うと「誰もが知っているイメージを作品に取り入れ、アーティストが手を加えることによって全く別のものに作り上げる」というものです。オリジナルの価値を再度問うというポスト・モダニズムを代表するムーブメントの1つで、1980年代ニューヨークを中心に流行しました。このころから世界の複製技術・情報化が進み、様々なものが大量生産され、消費されていくようになります。物が次々と作られ、次々と捨てられる社会を、サンプリング、カットアップ、リミックスなどの技法を使うことによって皮肉っぽく非難するような作品も誕生しました。代表的なアーティストとしては、シンディ・シャーマンや、シェリー・レヴィン、リチャード・プリンスなどがあげられます。彼らの作品は常に「アート作品のオリジナリティーとは何か?」という議論を呼び続けています。

リチャード・プリンスの手の上で転がされる世界

リチャード・プリンス(1949~)はアメリカのアーティストで、マールボロのタバコの広告写真をもとに作られた『無題(カウボーイ)』という作品が非常に有名です。資産家としても知られており、その資産は約30億円ともいわれています。音楽好きの方であれば、ソニック・ユースのアルバム、「ソニック・ナース」のジャケットを手掛けたアーティストといえばわかるでしょう。また、ファッション好きの方であれば、ルイ・ヴィトンとのコラボレーション作品をご存知かもしれません。
2015年に話題となった展覧会「New Portraits」で彼を知った方もいるでしょう。この展覧会では、Instagramの画像を使った作品が話題になりました。それは赤の他人のInstagram投稿画像をキャンバスに転写し、リチャード・プリンスがコメント欄に手を加えるというものでした。そして衝撃的なことに、数十点あるこれらの作品の一部は、約1,000万円で落札されました。Instagramという新しいSNSサービスをも自身の作品に取り込むなんて、リチャード・プリンス以外の誰にも発想できなかったことでしょう。一般的にはInstagramに投稿された画像は転用が可能とされています。しかしながら、ほとんど原型のままの「他人が撮影した写真」を、リチャード・プリンスの作品として発表し資産を得るという手法に、「それはあなたのアイデアではあるが、あなたの作品ではない」「ルールを破らなければ何をやってもいいのか」と憤慨する声が多く上がり、「炎上騒ぎ」となりました。
彼は、多くの美術館で個展を成功させてきた有名なアーティストですが、成功する裏側で必ず著作権を巡る物議を醸しています。しかしそれも戦略なのかもしれません。世間が騒げば騒ぐほどプロモーションになり、彼の知名度は増していくのですから。

ビジネスとしての炎上商法

「バズマーケティング」という言葉があります。バズという言葉が少しわかりにくいので、ここでは「噂話」という意味に捉えることにします。口コミやインパクトのある話題を利用して、商品やサービスの認知度を上げることを「バズマーケティング」といいます。その最たるものに「炎上商法」というものがあるでしょう。炎上商法は、言動や作品の不適切さに対する批判的なコメントを集め、宣伝効果を狙う方法です。
炎上商法の有名なものには、2010年のルーマニアのチョコレート「ROM」の事例があります。このチョコレートはルーマニアの国旗のカラーでパッケージデザインされている伝統的なお菓子でしたが、売り上げが低迷していました。そこでメーカーの広報が、「アメリカの星条旗」をモチーフに刷新することを告知しました。これがルーマニア国民の反感を買い、インターネットで抗議が殺到しニュースにもなりました。メーカーはそれに対し、「パッケージは変更しない」とし「ルーマニアの愛国心を再発見した」と対応。この一連の流れや消費者の反応は意図的に起こしたものです。結果、チョコレートは飛ぶように売れ、ルーマニアでのチョコレート市場シェアの2割を獲得するまでとなりました。
2016年のアメリカ総選挙におけるドナルド・トランプや、フィリピン大統領のロドリゴ・ドゥテルテなども、こういった効果を狙ったのではないかと考えられる選挙活動をしています。彼らは権威を持つ層に対して攻撃的な態度を示すことで、注目を集めるとともに低所得者たちの圧倒的な支持を受けることに成功したのだという研究もあるほどです。
リチャード・プリンスは意図的に著作権問題で話題になるよう作品づくりをしているのか、それともアーティストとして社会に訴えたいことや表現したいことがあり、そのために用いるシュミレーショニズムにはどうしてもこの問題がつきまとってしまうのか、本当のことはわかりません。ですが彼の注目の集め方、認知度のあげ方は、「バズマーケティング」「炎上商法」的と言えるのではないでしょうか。

フェア・ユースをも利用するリチャード・プリンス

アメリカでは「フェア・ユース」という考え方があります。フェア・ユースであると認められれば著作権保護されているコンテンツを利用できるのです。フェア・ユースだと主張するためには、「変容的利用」であるかどうかという点が重要です。つまり「オリジナルに新しい要素が加わっているか、ただのコピーになっていないか」ということが大事なのです。

2008年リチャード・プリンスの作品でも有名な、「Canal Zone」というシリーズのアート作品が発表されました。この時、写真家のパトリック・カリウの写真集からイメージを数多く転用したことで、カリウから著作権侵害だとして訴えられました。
2011年の地裁判決では、写真家のカリウに有利な「変容的利用とは言えない」という判決が出ました。しかしながら2013年の控訴再判決では、異なる判決が下されるのです。裁判所は「プリンスの利用はフェア・ユースに適法であり変容的利用である」と判断。この判決には多くの賛否両論があがりました。
この出来事は、「変容的利用をどのような基準を持って判断すべきか」という議論を、法律関係者やアーティストをはじめ、様々な人へ投げかけ考えさせるきっかけになったことでしょう。なお、2014年にカリウとリチャード・プリンスが和解をしたために、最終的な判断は示されないまま現在に至っています。
フェア・ユースの考え方はアメリカでの規定であり、世界的にはまだ流布していません。そのためこの2013年の控訴審は、判決だけでなくフェア・ユースという考え方の存在でも世界に衝撃を与えました。また、このことでアーティストとしてのリチャード・プリンス、写真家としてのパトリック・カリウの名はさらに広く知れ渡るようになりました。

リチャード・プリンスのシミュレーショニズム

Instagramの作品を展示し話題を集めた、リチャード・プリンスの展覧会「New Portraits」の解説では、「(作品中の)コメントは彼こそが原作者であることを宣言している。絵画と写真、イメージとテキスト、著作権と表現の自由といった概念が融合していくうちに、 これらのポートレイトは作家自身の作品へと成り変わって行くのだ」と記されています。様々な話題を常に人々へ投げかけるリチャード・プリンス。彼は、人・物・金・情報といったあらゆる素材を使い、作品を制作・発表しているのかもしれません。シュミレーショニズムとは、複数技術・情報化が加速した高度消費社会をどこか批判的に捉えることを出発点としています。リチャード・プリンスの作品だけではなく、彼自身の行動や発言そのものがシュミレーショニズムであるといえるのではないでしょうか。

公式:Richard Prince

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

関連記事一覧