カンボジア:ストリートアートで地域活性化を

Develop Boeung Kak Art(DBK Art)は、カンボジア・プノンペンのBoeung Kak地区をストリートアートの力で活性化するプロジェクトです。かつて観光客で賑わっていたBoeung Kak地区は、2008年以降大規模開発の影響を受けて、衰退の一途を辿っていましたが、DBK Artが外壁のペイントやアートフェスティバルの開催等を主導してきたことで、色彩と活力を取り戻しつつあります。

今やストリートアートは世界各地で目にするようになりました。
人知れずゲリラ的に描かれるものを想像する方が多いかもしれませんが、カンボジアには、近隣のコミュニティの賛同を得つつ、ストリートアートによって地域活性化を目指す人達がいます。

プノンペンの観光名所である寺院「Wat Phnom」から北西へ2km弱進んだ所、「Phnom Penh Hotel」の裏手にある、昔ながらの民家が立ち並ぶ路地がStreet 93(以下、St.93)です。

一見、何の変哲もないこの一帯の壁をストリートアートで彩り、フェスティバルやイベントを通じて人を集め、地域活性化に取り組んでいるプロジェクトが「Develop Boeung Kak Art(以下、DBK Art)」です。
カンボジアでは、“ストリートアート”という概念すらほとんどなかった2014年から活動を続けています。

なぜSt.93という場所で、地域活性化をテーマに活動するようになったのでしょうか?また、プロジェクトのゴールとはどのような所にあるのでしょうか?

プロジェクト創設者のMs. LudivineLabille(以下、Ludivine)に、活動の歴史と熱いビジョンを語って頂くことが出来ました。

活気を失った地域にアートで色を取り戻したい

写真:筆者提供

2019年3月のある日、昼下がりにSt.93を歩いていると、目立った観光スポットらしき物もない一帯に、人だかりが出来ていました。

そこには、外壁にペイントをするアーティスト達とそこに群がる人々、フラフープで遊んだり、フェイスペインティングをしたりして喜ぶ小さな子供達がいました。

気がつけば、周辺の至る壁にペイントが施されています。圧倒的な存在感を放つ人物画から、色彩豊かで近隣を明るくするような作品まで、実に様々あります。

ふと見上げてみると、「Street 93 Festival」という横断幕が見えました。

写真:筆者提供

当日は、Ludivine率いる「DBKArt」が9日間に及んで開催していたフェスティバルの最終日だったのです。

Ludivineはフランス出身です。以前からSt.93のあるBoeung Kak地区のことは知っていましたが、2014年カンボジアへ移住するにあたり、改めてこの場所を訪れたそうです。

「2014年にこの場所を見た時は、閑散としていて死んだように静まり返っていました。周りの人達は皆『この地区は消えてしまったのよ。』と言っていました。当時、何が起こっているのか、はっきりとは分かりませんでしたが、周辺を盛り上げるために自分達が出来ることはないのか?と考えたのです。」

その後、St.93で1軒の古い建物を見つけたLudivineは、フランス時代からの親友であるMs. Marjolaine Arnaud(以下、Marjolaine)と共にBarをオープンしました。さらに、近隣の人々の賛同を得て、海外からストリートアーティストを呼び、周囲の壁にペイントを施しはじめました。

「最初は、私達の単なる思いつきから始めたものでした。」

そのように語るLudivineですが、プノンペンの中でもBoeung Kak地区に目をつけたのには訳がありました。この一帯には、一言で語りつくせないほどのストーリーがあったからです。

大規模開発の影に取り残されたBoeung Kak地区

写真:筆者提供

かつてBoeung Kak地区は、湖を中心に据えたプノンペン有数の観光地でした。1990年代〜2000年代前半、至る所にホテルやゲストハウスがあり、バックパッカーをはじめとする観光客で賑わいを見せていました。

「昔は湖や夕日を観るために、ここへ訪れる人々がたくさん居たのです。リラックス出来る、とても素晴らしい場所でした。」

状況が一変したのは2007年のことです。
カンボジア政府は、99年に渡ってBoeung Kak地区の土地を長期リースすることに合意しました。
Boeung Kak地区の土地は、商業施設や住居を建設する大規模な開発構想を描いていた企業の手に渡り、湖は埋め立てられ、4000近くもの世帯が立ち退きを余儀なくさせられました。

賑わっていたゲストハウスなども軒並み無くなり、観光客もめったに近寄らない場所になってしまったのです。

St.93がある一帯は、住人であった女性達の度重なる抗議運動の末に開発を免れたものの、残された人々の暮らしは決して以前と同じようにはなりませんでした。

写真:筆者提供

湖を失ったことによる洪水等の環境被害のほか、観光客の足が遠のいたことによる経済的な損失も計り知れなかったのです。

「2014年に私達が来た時には、ひっそりと静まりかえっていて何もありませんでした。おまけに、“危険な地域”という事実と異なるイメージも付き纏うようになってしまったのです。」

いつしか描きたいアーティストからの連絡が絶えない状況に

写真:筆者提供

Boeung Kak地区の歴史とストーリーを知り、LudivineとMarjolaineは感化されました。観光客をコミュニティへ呼び戻し、かつてのような活気を取り戻すため、アートの力を借りることを思いつきます。

自身もアート全般に造詣の深いLudivineは、フランス時代からアートカフェの運営やイベント開催などを行なっていました。その関係で、フランスのアーティスト、ミュージシャン、写真家といった人々とのネットワークには事欠きませんでした。

活動は、フランスから知人のストリートアーティストを呼んで小さなペイントセッションを行うことから開始し、2015年3月には初のストリートアートフェスティバルも開催しました。瞬く間に、St.93の壁がカラフルなアートで彩られるようになりました。

地元の新聞等にも取り上げられ、少しずつ活動が知られるようになり、多くのアーティストからメッセージを貰うようになったと言います。

写真:筆者提供

「『今度、カンボジアへ行くので描きに行っても良いですか?』といったメッセージが届くようになりました。1〜2年の間に50人ものアーティストが来たこともあったのです。」

一方、近隣の人々の反応はどのようなものだったのでしょうか?

「多くの人々はポジティヴな反応をしてくれましたし、好奇心を持って私達の活動を見ていました。でも実際のところ、なぜ多くの人々が壁にペイントをしに来て、それを観にくるのか、よく理解出来ていないようでした。アートがコミュニティへ与える影響力を本当に理解してもらうまでには、さらに時間を要しました。」

目指すのは、地域コミュニティとアーティストコミュニティの活性化

写真:筆者提供

Ludivineは、地域コミュニティ支援の一環で、近隣の貧困層の子供達のための学校運営も行っていました。
さらに生活支援だけでなく、アートワークショップや英語教育を行なっていたこともありました。

その後、資金面などの諸事情が重なり、アートフェスティバルを含む、全ての活動を一時ストップしていました。

「自分が本当に何をしたいのか考えながら、一旦休憩していたのです。」

すると、近隣の人々から「次はいつパーティをするの?」と口々に聞かれるようになったそうです。

「私が活動をストップしたことによって、皆が活動の影響力をようやく理解し始めたんですね。新しいペイントもフェスティバルも、何もないと始まらない、人も集まって来ないということが本当の意味で理解されたのです。」

そうした周囲の声を受けて再開されたのが、冒頭で紹介した2019年3月の「Street 93 Festival」だったというわけです。

写真:筆者提供

日中はストリートアーティスト達によるライブペインティングや、一般人や子供も参加できるワークショップにミュージックライブ、夜はDJによるミュージックプレイと共に一晩中踊って楽しめるイベントを開催し、朝から晩まで、老若男女誰でも楽しめるフェスティバルとなっていました。

「あらゆる人がハッピーになれるようなフェスティバルを目指しています。全ての人たちがアートにアクセスできる機会を提供したいのです。」

また、「DBK Art」がゴールとして掲げるのは、地域コミュニティの活性化のみではないと言います。

「立ち上げた当初は意識していなかったのですが、私達の活動はアーティストコミュニティーの発展にも繋がると思ったのです。国内外のアーティスト達がお互いの経験・技術を学び合えるような場が生まれ、プノンペンのアートライフにインパクトを与えられたら良いと思っています。」

直近の目標は、質の高いフェスティバルを年1回開催していくこと

写真:筆者提供

「DBKプロジェクト」は、お金儲けのためにやっているものではありません。」とLudivineは語ります。

アートがコミュニティに与える影響力を理解するようになった今も、近隣の人々は彼女に聞いてきます。
「なぜ、あなたはこの活動をしているの?」
「お金を得るためでもなく、ましてや自分のお金を投じてまで何故?」と。

「私も自問自答しているのですが、唯一確実に言えるのは『好きだから。』ただ、それだけです。私自身アートを愛していて、このプロジェクトを楽しんでいます。同時にたくさんのことを学んでいるのです。」

写真:筆者提供

今後、最も注力していきたいのは、年1回のフェスティバルを確実に実施していくことだそうです。

「世界的に有名なビッグアーティストを呼ぶなど、アーティストやその他の質にこだわりながら、年1回着実に開催していきたいですね。」

さらに、プロジェクトを共に先導できる志と行動力を持った人を見つけたいとも。

「現在、『DBK Art』をサポートしてくれる人達はいますが、私が全てを主導して行っています。今後私がいなくなったら、何も起こらないという状況にはしたくありません。このプロジェクトを続けていくことだけを純粋に考えているのです。」

地域コミュニティとアートに対する無償の愛がプロジェクトの原動力

写真:筆者提供

「DBKArt」が足掛け5年に渡って活動を続けてきた結果、Boeung Kak地区は国内外での認知が高まってきています。

中でもSt.93には、ストリートアートを一目見たいという観光客や、自ら外壁を彩りたいと希望するアーティスト達が自然と集まってきます。

また、SNS映えする写真を撮りに訪れるカンボジア人の若者や、映画やミュージックビデオの撮影に訪れるアーティスト、ミュージシャンなども増えているのです。

Ludivineを筆頭とする「DBKArt」が、コミュニティとアートへ傾ける愛と志、そして地域の人々の想いが重なり、一帯はかつての色彩を着実に取り戻しつつあります。

“バックパッカーの聖地”とされた頃とはまた違った形で賑わいを見せ始めているSt.93およびBoeung Kak地区は、アート好きの方にはもちろん、プノンペンの穴場スポットを探している方にもおすすめの場所です。

コミュニティの歩みに思いを馳せながら、バラエティ豊かなストリートアートを、一つ一つじっくりと楽しんでみてください。

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■Develop Boeung Kak Art(DBK Art)

・ホームページ:
https://developbkv.wixsite.com/develop-boeung-kak?fbclid=IwAR3VEyloheGDsTOFKFsvg3V24iF4G7JiKSJe3WwAKTuI6JzTDAly7lSf2Kc

・Facebookページ:

https://www.facebook.com/dbkartludi/
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※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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