
カンボジア:バッタンバンのアートギャラリー
バッタンバンは、カンボジア北西部に位置し、国内第3位の人口規模(2012年)を誇る地方都市である。アンコール王朝時代の遺跡や寺院、バンブートレインなどが有名であるほか、国内有数のアーティスト輩出地でもある。カンボジアのアートシーンを語る上で見逃すことのできないアートギャラリーも点在しており、現代アートを満喫できる場所となっている。本記事では、バッタンバンで必見のアートギャラリー4選を紹介する。
カンボジア北西部に位置し、首都プノンペンに次ぐ勢いの人口規模を誇る地方都市バッタンバン。
プノンペンからは車で約5時間、観光地シェムリアップからは約3時間のところに位置します。
大学や商業地などの都市機能を程よく持つ一方で、国内有数の稲作地帯でもあり、雄大でのどかな田園風景を楽しむことができる場所となっています。
観光名所はアンコール王朝時代の遺跡や、市民の移動手段としても使われてきた竹製のトロッコ列車「バンブートレイン」。
フランス領時代のコロニアル様式建築が残る中心街の様子も惹きつけるものがあります。
しかし、バッタンバンの見どころはそれだけではありません。
カンボジア有数のアートスクールが存在することもあり、非常に多くのアーティストを輩出している都市でもあるのです。また、そうした環境に相応しく、カンボジアの才能が結集するアートギャラリーも充実しています。
今回は、バッタンバンを訪れたらぜひのぞいてみたい、アートギャラリー4選をご紹介します。
メッセージ性の強い現代アートに触れるなら:「ROMCHEIK5 ART SPACE」

最初にご紹介するのは、カンボジア最大規模のギャラリー兼スタジオ「ROMCHEIK5 ART SPACE」です。
グランドフロアのGallery 1では、4名のカンボジア人アーティスト達による作品を一挙に観ることができます。
激しいポーズやゆがんだ表情の人物画に、自身の体験・トラウマや、社会に対する疑問をぶつけるMil Chankrim。

打ち捨てられた木材から、人間の本質を突く豊かな表情を彫り出し、権威に対して物申すBor Hak。

ドラッグ中毒を脱却した経験を持ち、描くことで自身の内面の葛藤や孤独と向き合うNget Chanpenh。

色彩豊かで一見ファンタジックな世界の中で、社会の闇に一石を投じるような作品が印象的なHour Seyha。

強いメッセージ性を感じる作品ばかりです。
バッタンバンのアートスクール「Phare Ponleu Selpak」の卒業生であるとともに、過酷な少年時代を送ってきたという共通点を持つ4名です。
様々な家庭問題を背景に、幼少期からタイでの児童労働を余儀なくさせられていた彼らは、違法就労によってタイから追放され、NGOの保護によってアートの道へと入っていったのです。
扱うテーマや表現方法はそれぞれで異なりますが、いずれも自分の内面と深く向き合ってきたことが伝わるような作品です。
筆者が彼らの作品から受け取ったのは、「孤独」「葛藤」「希望」「癒し」といったキーワードでした。

2012年にこれらの4名のアーティスト達が寄付を受けてオープンした「ROMCHEIK5 ART SPACE」は、当初はワークショップ兼スタジオでした。
その後拡張を重ね、現在では約500㎡の敷地内に約200点の作品が展示されています。
1階には、4名の作品を制作時期別に展示した常設展があり、彼らの作風の変遷を辿ることが可能です。
グランドフロアと屋上には、その他のアーティスト達の作品を含む企画展示があり、購入も可能な作品を鑑賞することができます。

さらに、ギャラリー裏手には、4名の所属アーティスト達の住居と制作スタジオも併設されています。
ぜひ、アーティスト達に直接制作秘話を聞き、作品に対する理解を深めてみてください。
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・ROMCHEIK5 ART SPACEFacebookページ:
https://www.facebook.com/countrysideartmuseum.org/
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バッタンバンのアートシーンを捉えるなら:「SANGKER GALLERY」

市内中心部を貫くSanger川と並行に走るストリートNo.2を歩いていると、真っ先に目に入るのが「SANGKER GALLERY」です。
コーディネーターのMs. Pheak Keovが案内してくれました。
「当ギャラリーは2014年にオープンしました。カンボジアのあらゆるアーティストに展示機会を提供しています。国内外のアーティストに研究・作品制作中の滞在先を提供するアーティスト・イン・レジデンス(AIR)も実施しています。」

現在、2フロアに渡る展示スペースには、バッタンバンを中心に活躍する12名のアーティストの作品を展示しています。
「展示作品はコーディネーターが厳選していますが、基本的にはアーティストが描きたいものを尊重しています。子供、お年寄り、クメールルージュ後の記憶など、様々な題材を扱うアーティストがいますね。」
ギャラリー創設者は、フランスとカンボジアの2拠点を行き来するMr. Rotha MoengとMr. Christophe Saltzmann。
2人のアートへの愛と「バッタンバンのアーティストを支援したい」という想いが重なり、ギャラリーオープンに至ったそう。

ギャラリーでは、通常展示のほか、バッタンバンを挙げて開催するアートフェスティバルの主催等もしているといいます。
「企画展のほか、ストリートアートのワークショップ等も企画しています。地域のレストランやギャラリー等を巻き込んだイベントになる予定です。」
さらに、Pheak氏は語ります。
「将来的にはコーヒーを片手に、アートについて語ることができるようなスペース等も作れたらよいですね。それから、カンボジア人アーティスト達を世界に向けてプロモートしていく方法については常に考えています。」

作品を展示・販売するギャラリーの枠を超え、アーティストやアート愛好家のHUBとしての役割を強める「SANGKER GALLERY」。
「私達の共通の想いは、バッタンバンが優れたアーティストの輩出都市であるということを多くの人に知ってもらい、ここを訪れてもらいたいということです。そのために、ギャラリーとしてできることは何か?様々なアイディアを検討しているのです。」

作品を鑑賞しながら、コーディネーターの皆さんのお話に耳を傾けると、バッタンバンを起点としたアートシーンの潮流を読み取ることができるでしょう。
・SANGKER GALLERY
Facebookページ
1人のアーティストが生み出す両極の世界観に浸るなら:「TEP KAO SOL/LOEUM LORN GALLERY」

ANGKER GALLERYからストリートNo.2を北に歩くこと40m。ここに、カンボジア人アーティストLoeum Lornが運営するギャラリーがあります。
グランドフロアの「TEP KAO SOL」には、カンボジアの美しい風景を描いた水彩画を展示するスペースがあり、Lornともう1名のアーティストの作品が並んでいます。

風景画や僧侶・子供・踊り子などを題材とした人物画が中心です。
優しいタッチで写実的に描かれた作品は、急速な経済成長の最中にも変わらない、古きよきカンボジアの田園風景や人々の穏やかな眼差しを伝えてくれます。
1人のカンボジア人アーティストとしてLornはいいます。
「経済的・社会的変化の只中にありながら、自分が見てきたカンボジアの歴史を記録し、カンボジア文化の価値やエッセンスを伝えていくことは、私の義務なのです。」
1階の「LOEUM LORN GALLERY」には、水彩画とはうって変わり、氷を被写体にした写真作品が展示されています。

幼少期から生死や仏教哲学に興味を持っていたLornならではの氷をモチーフとした作品。
作品の制作は、氷の塊に様々な色の絵具を垂らすところから始まります。
氷がだんだんと溶けて形状を変えていき、絵の具が浸透し、光を反射していく中で、二度とは再現できない模様が生まれては消えていきます。
それはまるで、諸行無常といった仏教の概念や生物の本質を表しているよう。

氷が体現する真理に気づいたLornは観察者に徹し、氷と色彩が織りなす一瞬一瞬の状態をカメラに収めていくようになりました。まさに瞬間芸術といえるでしょう。
自らの呼吸や感覚の観察を通じて自然法則を理解し、内的平和に到達しようとする「Vipassana瞑想」にも魅了されたLornでした。
彼にとって、氷の深部に着目し続けることは内面世界を旅することでもあるのです。また、彼によって切り取られた瞬間の美の世界は、いずれ作品を観ている私達自身の内面へと通じていきます。

刻一刻と表情を変える氷の内部を想像しながら、同じように変化し続ける自身の細胞や感情に耳を傾けてみてください。
・LOEUM LORN GALLERY
ホームページ:loeumlorn.wixsite.com/loeumlorn
Facebookページ:https://www.facebook.com/loeumlorngallery/
見知らぬ世界で生きる人々の息吹を感じるなら:「HUMAN GALLERY」

最後にご紹介するのは、人道写真家Joseba Etxebarriaのギャラリーです。
スペイン出身で、これまでに全97カ国を訪れたことがあるというJosebaの作品です。ギャラリーに展示されている写真は、2010年〜2014年の間に訪れたヨーロッパ、アジア、アフリカの29カ国で撮影されたものです。
「人権保護を訴えるプロジェクトのため、4年にわたって自転車で世界を周遊していました。総走行距離は37,000kmです。ここに写っているのは、1〜23日間私が共に暮らした人々です。」

被写体となっているのは、この世に誕生したばかりの赤ちゃんから、顔に叡智すら感じさせるような年配の人々まで。
世界の至るところで、今日も命が生まれ、受け継がれていっていることを感じさせてくれます。

彼らがふとした瞬間に見せる自然な表情は、Josebaが共有した時間の分だけ育まれた信頼によって映し出されるものでしょう。
「写真によってストーリーを紡ぎ、世界各地で生きる人々を繋ぎたいのです。そして変化を起こすきっかけになればと思います。」
私達が目にすることができるのは、写真の中に切り取られたほんの1シーンです。それでも、一人ひとりの表情の裏にどんな暮らしや人生があるのか、想像することから始まることもあるはずです。
写真やポストカードなどの売上の20%は、ギャラリーがサポートするバッタンバン近郊の子供達の教育支援に充てられるそう。

貧困や複雑な家庭の事情により親に捨てられ、祖父母や別の家庭に育てられる子供達が多いカンボジアの地方の村です。さらに、教育インフラが整っていないことにより、十分な教育を受けられない子供たちも多いのです。
「HUMAN GALLERY」では、そんな子供達のために数学・英語・クメール語・コンピューターといった補習クラスを開講し、授業料、教科書・ノート、通学に必要な自転車等を提供しています。
Josebaが紡ぎ出すストーリーをじっくりと堪能しながら、1枚の写真を通じて人と人が繋がっていく感覚を味わってみませんか?
・HUMAN GALLERYホームページ:
https://www.josebaetxebarria.com
※HUMAN GALLERYは閉業しました。
カンボジアアートの今を知るなら押さえておきたいバッタンバン
カンボジアで出会うアーティストに出身地を尋ねてみると、「バッタンバン」と答える人がいかに多いかということに気づくでしょう。
ガイドブックで紹介される観光名所は、遺跡や寺院、バンブートレインなどが中心となりますが、アート好きの方であれば、今回ご紹介したアートギャラリーは必見です。カンボジアでアートに触れたくなったら、バッタンバンを訪れることを強くおすすめします。
アーティスト主導で運営されるギャラリーなら、制作秘話をアーティストから直接聞けるのも楽しいところ。
ぜひ、カンボジアアート巡りの旅程にバッタンバンを組み込んでみてください。
※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。