Bor Hak:カンボジアの注目アーティスト

Bor Hakは、1990年生まれのカンボジア・コンポントム州出身のアーティスト。人間の本質を捉えた表情豊かな木彫刻作品の制作に打ち込む傍ら、アニメーション制作にも従事しています。「第19回DigiCon 6 ASIA」カンボジア地区優勝者。カンボジア北西部のバッタンバンにあるギャラリー「Romcheik5 Art Space」の共同創設者でもあり、バッタンバンを代表する現代アーティストの1人です。

写真:筆者提供

カンボジア北西部の都市バッタンバンを代表するアーティストBor Hak(以下、Hak)。

以前はペインティング作品も数多く制作していましたが、最近では彫刻作品にフォーカスしている傍ら、アニメーション制作の仕事にも取り組んでいます。

遺跡や寺院、パゴダが至るところに存在し、伝統的な宗教彫刻が数多く見られるカンボジアですが、現代アーティストとしてメッセージ性の強い彫刻を生み出すHakは、稀有な存在です。

また、アジアを舞台に活躍するコンテンツクリエーターが実力を競うコンテスト「DigiCon 6 ASIA(第19回)」に出場し、カンボジア最優秀賞を受賞した注目のアニメーションクリエイターでもあります。

さらに、バッタンバン最大のギャラリー「Romchiek5 Art Space」を立ち上げた4人のアーティストのうちの1人でもあるHak。

バラエティに富んだ表情の彫刻に込められたメッセージとは?
アーティストとして大切にしている姿勢とは?

自宅・スタジオを併設するギャラリー「Romcheik5 Art Space」を訪ね、話を伺うことができました。

人間の本質を映すような意表を突く表情で社会問題に言及

写真:筆者提供

シワを露わに渋い顔をする人、手で顔を覆う人、ただならぬ事に直面しているかのような表情で何かを訴える人。

Hakの彫刻作品は、とにかく表情豊か。
木材が持つ自然な質感を生かした直彫りの表現も特徴的です。

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「Living from hand to mouth」

遺跡や寺院などに石像彫刻が溢れているカンボジアでは、木彫刻というだけで珍しいもの。
そんな中、全身から溢れる表情で多くのことを語るHakの作品は、あまりにも斬新であり、目が釘付けになってしまう人も多いでしょう。

「彫刻に関して誰かから影響を受けたということはありません。携帯電話もインターネットもなく、海外の情報を知ることができなかった頃から、このスタイルで制作しています。完全に、私自身の中から湧き上がったオリジナルのアイディアに基づいた作品です。」

「ノイローゼ(Neurosis)」、「好色(Lustful)」といった、時にドキッとするようなタイトルがつけられたものも多いHakの作品。
背後にはいつも強いメッセージが込められています。

「カンボジアでは森林伐採が深刻な問題になっており、環境や地域経済に与える影響が危惧されています。私の作品の多くは、そうした問題を孕んだ社会の構造について言及したものになっています。」

さらに、作品で用いる木材の入手方法にもこだわりがあるそうです。

「作品のために、高い金額を払って上質な木を入手することはありません。あえて建築現場やパゴダなどに打ち捨てられているような木を、自分で見つけてきて使っています。それもまた、森林を愛する私からのメッセージなのです。」

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「Lustful」

ただ単に権威に対して物申すのではなく、作品を通じて問題提起するHak。

「カンボジアの一般の人々にも、問題を自分ごととして考えてもらい、変化を促したいのです。」

直感的な手仕事から生まれる偶発的な表現の面白さ

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以前はペインティング作品も多数制作していたHakですが、近年では彫刻作品に特化して制作を行なっています。

「バッタンバンには、彫刻を制作している現代アーティストが他にいなかったからです。誰も取り組んでいないような、新しい表現形式を見つけたいと思いました。それから、カンボジア人が彫刻に対して抱く、一般的なイメージを変えたいという想いもありました。仏像のような伝統的な宗教彫刻だけでなく、コンセプトを含んだ作品もあるということを知ってもらいたかったのです。」

「Romcheik5 Art Space」には、彼の石の彫刻作品も展示されていますが、最近では専ら木を選択。
その理由については、こう語ります。

「木と石でどちらが扱いやすいか、試してみたことがあります。意識的に石で彫ろうとしていた時期もありましたが、自分にとっては木の方がしっくりくることが分かったので、今は木を使うことがほとんどですね。時にはスチールなどの素材を部分的に組み合わせることもあります。」

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「The living god」

バッタンバンにある、カンボジア有数のアートスクール「Phare Ponleu Selpak」でペインティングを学んだHakですが、彫刻については完全に独学で習得したといいます。

その斬新なアイディアはどのように浮かんでくるのでしょうか。

「最初に完成イメージがあって制作に取り掛かるわけではありません。手を動かしながら思い浮かんだイメージを紙に書き、インスピレーションが湧いてきたら直彫りしていきます。手元にある木材の形状や質感からアイディアを得ることもありますね。」

インスピレーションの赴くままに彫っていくため、出来上がりは彼自身想定できないもの。
不意に浮かび上がる産物だからこそ、観る者に一層、面白味を感じさせるのでしょう。

創造を通じ、カンボジアが誇るべきアイデンティティを見つけたい

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「Neurosis」

カンボジア・コンポントム州生まれのHak。
現在、活動拠点となっているバッタンバンは、もともと所縁のある場所ではありませんでした。

バッタンバンに住むようになった背景には、複雑な事情があります。

家庭が抱える問題により、12歳の頃にタイに送られ、児童労働を余儀なくされていたHak。
1年以上重労働に従事したものの、違法就労によりタイを追放され、NGOの保護の下カンボジアに送り返されてしまいます。
3年間程NGOに身を寄せた後、元来アートに関心を持っていたこともあり、バッタンバンのアートスクール「Phare Ponleu Selpak」に通うようになったのです。

「Phare Ponleu Selpak」で、付属の高校に通いながらビジュアルアートクラスを受講したHakは、ペインティングの技術を習得。

卒業後の2012年には、自身と同じくタイでの労働経験を持つ3名の同級生らとともに、ワークショップ兼、スタジオを開設しました。
それが現在のHakの活動拠点であり、ギャラリー・住居も併設する「Romcheik5 Art Space」です。

Hakにとって、少年時代の過酷な体験は確実に作品制作のベースになっていますが、最近の作品においては、トラウマを直接的に描く作品は少ないように見えます。

「私にとってアートとは、自分の想像力から湧き出る新しいアイディアです。新しいものを生み出すことで、自国のアイデンティティを見出したいと思っています。他国と比べるとアートシーンが未発達と言われるカンボジアを、変えていきたい。もっと多くの方々に、カンボジアのアートを知ってもらいたいのです。」

という彼は、物静かに語るものの、変化を志す強い信念と情熱に溢れ、常に新しい表現形式を模索し続けています。

表現の幅を広げるアニメーションという新たな武器

「Hair Zero」

彫刻作品の制作を手掛ける傍ら、平日はアニメーション制作の仕事に従事しているHak。

2017年には、日本の大手テレビ局であるTBSが主催するコンテスト「DigiCon 6 ASIA」で、カンボジア最優秀賞に輝き、全国決勝にまで進出しました。
「DigiCon 6 ASIA」は、アジアの優秀なコンテンツクリエイターの発掘を目的として開催されるもの。

Hakは、バッタンバンの風景を背景に、バイクでデートを楽しんでいるような男女を描いた2Dアニメーション作品「Hair Zero」を出品しました。

微笑ましいやりとりの後、ヘルメットを後部座席の女性に被らせた男性が、自分はヘルメットなしでバイクを急発進させ、動物や車と衝突してしまうというストーリー。

「ヘルメット不着用の危険性について、啓発する映像を作りました。カンボジアの多くの若者は、可愛い子にモテることばかりを考えています。ヘアスタイルが崩れるのを気にしてヘルメットをしないばかりか、格好をつけて猛スピードでバイクを飛ばすので、致命的な事故に繋がりかねません。すべてが一瞬にしてゼロになってしまうのです。」

交通事故が絶えないにも関わらず、ヘルメットを着用しない人々が多くみられるカンボジアにおいて、Hakが取り扱ったテーマは深刻な社会問題の一つといえます。

ペインティングや彫刻の制作を通じ、すでにアーティスト活動を軌道に乗せ始めていた2014年。
Hakは「Phare Ponleu Selpak」に戻り、それから3年にわたってアニメーション制作のクラスを受講しました。

「アーティストとしての幅を広げるため、新しいスキルを身に付けたいと思ったのです。」

現在は、アーティスト活動をする傍ら、「Phare Ponleu Selpak」に併設されている制作スタジオ「Phare Creative Studio」でフルタイム勤務をしています。

NGOから請け負った啓発ビデオの制作のほか、海外企業からの発注案件もあるということです。

変化し続け、新しいものを見せ続けるアーティストでありたい

写真:筆者提供

当面は、慣れ親しんだバッタンバンを拠点とし、活動を継続していく意向のHakですが、今後については様々な可能性を考えているといいます。

「『Phare Ponleu Selpak』では非常に多くのことを学んできました。ペインティング、アニメーションの技能を習得しただけでなく、学校での教授資格も取得し、実際に後輩達に教えていたこともあります。人より長く学んだ分、これから様々なキャリア展開ができると思っています。」

さらに、アーティストとしては、新しい表現形式を模索することにも余念がありません。

「今関心を持っているのはビデオマッピングです。彫刻とビデオマッピングを組み合わせて何か面白いことができないかと研究中です。アーティストは1点に留まらず、常に変化し、進化していくべきだと思っています。世界に目を向けることも必要ですね。」

外国人には好評な作品も、カンボジアの人々にはなかなか理解されないこともあるというHak。
それでもブレることなく、自分の世界観を追求していく姿が印象的です。

「カンボジアでは、写実的な絵画のような、分かりやすいものが受け入れられやすい状況が未だにあります。いつの時代にも、新しい表現が受け入れられるまでには時間がかかります。それでも私は、常に新しいアイディアを示し続けていきたいのです。」

彫刻・アニメーションを起点とした展開が楽しみなアーティスト

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淡々と、しかし大胆に新しい表現を切り開いていくHakは、間違いなく、カンボジアの現代彫刻・アニメーションの分野をリードする存在です。

貪欲に新たな表現形式を取り入れ、模索し続けている彼が、これからさらにどんな風に進化していくのか、目が離せません。

バッタンバンに訪れたらぜひ、彼の活動拠点である「Romcheik5 Art Space」に足を運んでみてください。
入口の庭園では、彼の作った彫刻たちが温かく迎えてくれるでしょう。

そしてギャラリーでは、歴代の作品を順に鑑賞しながら、静かに熱く語られる彼のアートへの想いに耳を傾けてみてください。

■Bor Hak WEBサイト:BOR HAK
■Romcheik5 Art Space:(Facebook) Romcheik5 Art Space

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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