ジャン・レオン・ジェローム:フランスを代表するアカデミズムの画家

(Public Domain /‘portrait of Jean-Léon Gérôme ’ by Aime morot .Image via WIKIMEDIA COMMONS)

ジャン・レオン・ジェロームは、1824年フランスのヴズールに生まれた画家です。エコール・デ・ボザールで学び、歴史画やオリエンタリズム、肖像画など幅広いジャンルの作品を制作し、アカデミズム絵画を支える画家のひとりとなりました。写実主義や印象派が勢いを増す中、アカデミズムの伝統を守ろうとしたジェロームの生涯と作品をみていきましょう。

■ジャン・レオン・ジェロームとは

ジャン・レオン・ジェロームは1824年、フランスのヴズールで生まれた画家です。17歳でパリに渡ると、ポール・ドロラーシュのもとに弟子入りし、画家としての一歩を踏み出します。1844年から1845年にはドロラーシュのイタリア旅行に同伴して、フィレンツェやローマ、ヴァチカンなどを訪れています。しかし、熱病に罹ったため一人フランスへの帰国を余儀なくされます。

ジェロームは帰国後、ドロラーシュの画塾を引き継いだシャルル・グレイルのもとで学び、エコール・デ・ボザールに入学します。しかし1846年ローマ賞に挑戦するも、最終試験のヌードデッサンで落第。
落第したことにショックを受けたジェロームは、技術向上を目指して描いた《闘鶏》で1847年にサロンで銅賞の受賞を果たします。
《闘鶏》はアカデミズムの規範に則った作品であり、批評家のテオフィル・ゴーティエに支持され、ジェロームは一躍有名となりました。これを機にジェロームは、宗教画や歴史画を中心とした制作に方向転換し、新しい作品を発表していくようになります。

そんなジェロームにとって大きな転機となったのは、1853年に俳優エドモン・ゴーと共に赴いたコンスタンティノープルでした。ジェロームはロシア軍に強制徴募された占領地域の住民たちが、鞭を持ったロシア兵のもとで音楽を演奏させられている姿を目にします。この光景に衝撃を受けたジェロームは、オリエンタリズムを意識した主題を扱うようになっていきました。1856年にはエジプトを訪問し、それ以降アラブの宗教や風俗、北アフリカの風景も手掛けるようになっていきます。

1865年にフランス学士院に選出され、1869年には英国の王立芸術院の名誉会員になるなど、ジェロームは画家としてだけではなく画壇の重鎮としても活躍しました。
その後ジェロームは、1904年79歳の時にアトリエで亡くなります。
本人の希望で葬儀は簡単に済まされましたが、彼の死を悼んで行われたミサには前大統領や著名な政治家が訪れ、芸術家として偉大な功績を残してきたことが伺えました。
ジェロームはモンマルトル墓地に埋葬されており、今なお人々が花を手向けています。

■ジェロームの作品

ジェロームはフランスを代表する画家で、その作品の多くはアカデミズムの規範に則ったものでした。しかし、その主題は東方や北アフリカなどの異文化圏に置かれており、その斬新さから画家たちに大きな影響を与えました。またジェロームはオディロン・ルドンやメアリー・カサットなどの次世代を担う画家たちを育てたことにより、教育者としてもその有能さを示しました。そんなジェロームの作品をいくつか紹介していきたいと思います。

(Public Domain / ‘ Young Greeks Attending a Cock Fight.’ by Jean-Léon Gérôme.Image via WIKIMEDIA COMMONS)

《闘鶏》1846年

本作品は1846年に制作され、現在はオルセー美術館に所蔵されています。
描かれているのは、ナポリ湾を背景に闘鶏を楽しむ古代ギリシア人の若いカップルであり、ジェロームの画壇へのデビュー作となりました。

ジェロームはローマ賞に落選してしまったことで、大きなショックを受けます。師であるポール・ドロラーシュはジェロームを慰め、1847年のサロンへの出品を薦めます。そうして制作されたのが、この作品です。
《闘鶏》は高い評価を受け、これをきっかけにジェロームは画家として有名になっていきます。

ジェロームはサロンで入賞した翌年に、所属していた画塾の門下生と新ギリシア派という画家グループを作りました。新ギリシア派は「芸術の目的は魅了すること」をモットーとしており、古代ギリシアの生活や日常の些細なことを優雅に表現しようとしていました。
《闘鶏》はそうしたジェロームの考えを感じさせる作品であり、描かれた人物の姿からは彼の熱意が伝わってきます。

(Public Domain / ‘ The Snake Charmer’ by Jean-Léon Gérôme.Image via WIKIMEDIA COMMONS)

《蛇使いの少年》 1879年

本作品は1879年に制作され、現在はクラーク・アート・インスティテュートに所蔵されています。
描かれているのは、青いタイル張りの壁に囲まれた部屋の中で、裸の少年が体にニシキヘビを巻き付け、パフォーマンスをしている光景です。

壁の青いタイルは、ジェロームが訪れたことのあるコンスタンティノープルで見られるものであり、そこから着想を得たと考えられます。しかし、蛇遣いの文化は古代エジプト発祥です。また、壁の碑文はアラビア文字によるカリグラフィーの一部で、コーランの一説「宗教には強制があってはならない」が書かれていると考えられています。よって、この作品はエジプトやトルコ、インドなどの様々な非西欧圏の文化が混在していると言えます。当時の西洋の人々にとってそれは、非常に刺激的かつ新鮮に映ったことでしょう。

(Public Domain / ‘ La Vérité sortant du puits’ by Jean-Léon Gérôme.Image via WIKIMEDIA COMMONS)

《人類に恥を知らせるため井戸から出てくる〈真実〉》 1896年

本作品は1896年に制作され、現在はアン・デ・ボージュ美術館に所蔵されています。
主題となっているのは、デモクリトスが言ったとされる「真実は井戸の底に横たわっている」という寓意で、真実を女性の姿に隠喩しています。
ジェロームは本作以外にも1890年代半ばから、井戸の中にいる女性や、井戸から出てくる女性の絵をいくつか描いており、なぜこのような絵を製作したのか様々な解釈が生まれています。

■おわりに

ジャン・レオン・ジェロームはフランス・パリに生まれ、アカデミズムの画家として名作を数多く残しました。宗教画や歴史画を多く制作する傍ら、日常や東洋、アフリカといった主題を扱い、当時の人々を驚かせました。また、ジェロームはオディロン・ルドンやメアリー・カサットをはじめとした若手画家たちを育て上げ、後の美術の発展にも大きな貢献を果たしました。
ジェロームの作品は現在、パリを中心とした多数の美術館に所蔵されており、世界中から訪れる人々を今なお魅了し続けています。

参考サイト:Wikipedia 2021年1月15日
ジャン=レオン・ジェローム
Jean-Léon_Gérôme

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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