ギレルモ・デル・トロ:アカデミー受賞監督の多彩な仕事

ギレルモ・デル・トロは、メキシコ出身の映画監督、脚本家。「ミミック」「パンズ・ラビリンス」「シェイプ・オブ・ウォーター」などで高い評価を受け、アカデミー賞ほか多数のプライズに輝いた。ホラーからファンタジー、アメコミヒーローや巨大ロボットアクション、さらには子供から大人までもが楽しめるアニメーションまで、その得意ジャンルは驚くほど幅広い。

・監督デビュー。その作風は始まりから衝撃的だった

1964年10月9日、ギレルモ・デル・トロはメキシコで生まれた。若い頃から映画製作に興味を持っていたが、初めは特殊メイクの巨匠ディック・スミスに師事している。ほどなくして特殊メイクの会社を立ち上げ、やがて本格的に監督業に取り組み才能を開花させていった。一見、穏やかな存在感とは裏腹に、初めての長編作品は1993年に公開されたメキシコ発のホラー「Cronos」であり、脚本も手がけている。続く長編2作目は1997年公開の「Mimic」。こちらも脚本を担当した。主役は人間よりもひとまわり大きい、巨大で凶暴で狡猾な昆虫。ニューヨークの地下に潜み、次々に人を襲う。
「Mimic」では、情け容赦のない凶暴な作品性があらわになった。老いも若きも性別も関係なく、非情に殺されてしまう。子供だからといって、見逃してはくれない。

以来、ギレルモ・デル・トロはグロテスクで生々しく残酷で美しい異世界物語を次々に生み出していく。デビューから20数年が経った今も、斬新で意外性に富んだ作風は変わらない。しかも、彼が手がけるジャンルは驚くほど多彩だ。

ゴシック・ホラー、アメリカンコミック、ダークファンタジー、ジャパンカルチャーそしてアニメーション。「ギレルモ・デル・トロ」のクレジットはどんなジャンルの作品でも、恐ろしいけれどたまらなく魅惑的な未知の異世界へと誘う。

・ゴシック・ホラー系、本当に怖いのはどれだ?

古城や寺院、古びた屋敷や寄宿学校といった、長い歴史を背景にいわくありげな建物を舞台に超常現象を描いた作品を「ゴシック」と呼ぶ。ギレルモ・デル・トロは、そうしたゴシック・テイストのホラー作品を、好んで手がけてきた。
2001年にスペインで制作された「The Devil’s Backbone」は、親を無くした子供たちが集められた孤児院が舞台。そこに集められた子供たちが、失踪した少年の幽霊に遭遇、彼の死の謎を解こうとする物語だ。全編を通じて色あせたような映像が、不気味な雰囲気を漂わせている。

2007年、やはり歴史を感じさせる孤児院を舞台にした「The Orphanage」では、「母性」が強いメッセージを発している。それは、ギレルモ・デル・トロが後に好んで使うようになるテーマの先駆けともいえるかもしれない。

ヒロインを演じるベレン・ルエダはスペイン出身の実力派。怪現象に翻弄され姿を消した子供のことを想い、やつれ果てていく姿がとても艶っぽく魅力的だ。

ギレルモ・デル・トロのゴシック・ホラー系作品として、ユニークだったのが2011年の「Don’t Be Afraid of the Dark」だ。

「主役」は、幽霊ではない。古い屋敷に潜む邪悪な妖精たちが、少女を襲う。小さくて動きが素早く、しつこい上に冷酷なフェアリーたちは、下手な幽霊よりよほど手強く不気味だ。
クリーチャーのデザインには賛否両論があるが、VFXは素晴らしい。暗がりで蠢く姿には、ゴキブリと同レベルの嫌悪感すら覚える。だからこそ、ラストシーンがより怖い。

怖さという意味では2013年の「MAMA」も紹介したい。

ギレルモ・デル・トロは制作総指揮として参加、監督はアルゼンチン出身のアンディ・ムスキエティが務めている。彼は2017年にヒットしたホラー「IT」も手がけた人物。非凡な才能の持ち主であることは、間違いない。物語は、ふたりの幼い姉妹を襲った悲劇から始まる。叔父にあたる青年とその恋人が両親を失った少女たちを引き取り育て始める。だが、彼女たちのもとを不気味な影が訪れる。姉妹はその影を「ママ」と呼んで慕っているが、その「ママ」が、恐ろしく怖い。舞台は古いお屋敷でも孤児院でもなく、厳密には一般的なゴシック・ホラーの要件を満たしていないかもしれない。けれど、幽霊、怨念、母性といった、ギレルモ・デル・トロ作品共通の「ゴシック」な世界観の、集大成ともいえる作品に仕上がっている。
なにしろ「ママ」は、幽霊になる前から顔が恐ろしく怖い。
さらに姉妹の人間離れした動きが、恐怖に輪をかける。ジャパニーズ・ホラーの傑作「Ju-on」のような怖さだ。

ジェシカ・チャステインが演じるヒロインが、はすっぱであっけらかんとしたキャラなので、怖さがうまく中和されている。彼女の母性が開花し始める姿に、しっかり感情移入してしまうことだろう。姉妹とヒロインが追い詰められて行くラストに、心拍数が跳ね上がる。

後にギレルモ・デル・トロが監督・脚本を務めた2015年の「Crimson Peak」にも、暴走気味の幽霊が登場する。VFX技術の進化で幽霊の表現はいっそう生々しくリアルになった。けれどそのためか逆に「ママ」ほど怖さを感じることができないのが不思議だ。

・アメリカンコミックのヒーローたちも、ダークに。魅力的に。

ギレルモ・デル・トロが、趣味としてアメリカンコミックや日本の漫画、アニメの世界にのめりこんでいることは、広く知られている。その思い入れの深さが、そのまま作品世界に反映されているケースも少なくない。

マーベル・コミックのダークヒーローの活躍を実写映像化した「Blade」は、1998年にスティーヴン・ノリントン監督によって制作された。人間とヴァンパイアの間に生まれた青年と、世界征服を企むヴァンパイア軍団との死闘を描いている。

ギレルモ・デル・トロはその2作目「Blade II」の監督を担当。美術設定や道具類、殺陣に至るまで豊富な日本のOtakuカルチャーを総動員して、1作目とはまったく違ったBladeの世界を作り上げた。

見所はギレルモ・デル・トロお得意の不気味なクリーチャー軍団だ。主役のブレイドを演じたウェズリー・スナイプスのクールなカッコ良さが、ひときわ際立っている。興行的にも、大ヒットを記録した。

・後の傑作たちを彷彿とさせる、面白さのエッセンスを凝縮

2004年に第1作が公開された「Hellboy」もまた、ギレルモ・デル・トロならではのアメコミ映像化作品と言えるだろう。

偶然、地上に取り残されてしまった悪魔の子供が、彼を保護した科学者に育てられ、超常現象の影響を阻止するために設立されたFBI傘下の秘密組織でエージェントとして活躍する。荒唐無稽なダークヒーローの物語を、コミカルなテイストを交えながらアクションシーン満載で描いた。

ギレルモ・デル・トロは、2008年公開の続編「Hellboy II: The Golden Army」でも監督・脚本を務めた。邪悪な妖精の大群が襲ってきたり、巨大怪獣や人型ロボットが登場したりとギレルモ・デル・トロならではのビターなヒロイック・ファンタジーが展開される。

・「KAIJU」と凛々しい青メッシュ入りヒロインの壮絶バトル

「KAIJU」と呼ばれる巨大モンスターたちと、巨大人型ロボットとの壮絶な戦いを描いた「Pacific Rim」は、2013年に公開され全世界で大ヒットとなった。日本の特撮番組やアニメーションに造詣の深いギレルモ・デル・トロが、監督・脚本として本領を発揮した作品だ。

そのこだわりがもっとも強く感じられるのは、KAIJUの造形美だ。生理的な嫌悪感を煽る独特の存在感など、ギレルモ・デル・トロ好みのさまざまなクリーチャーたちが登場。グロテスクな表現という魅力もしっかりついてくる。

アックスヘッド、ナイフヘッド、レザーバックなど身体の特徴に合わせた名前がつけられているものもいれば、オニババ、ヤマアラシなど日本へのオマージュを強く感じさせるネーミングも多い。

2018年には続編「Pacific Rim Uprising」にも制作として参加。変わらぬ「愛」を、さまざまな形で注ぎ込んでいる。

・ダーク・ファンタジーとクリーチャー、そして魅力的な女性とのコラボレーション

ギレルモ・デル・トロの出世作として知られているのが、2006年に公開された「Pan’s Labyrinth」だ。孤独な少女が空想の世界に迷い込み、異形の生き物たちと不思議で不気味でこの上なく大切な時を過ごす。

イバナ・バケロが演じたオフェリアの幸薄い可憐さと、クリーチャーたちのグロテスクな存在感との間には、恐ろしいほどのギャップがある。ハッピーエンドとは言い難い、ほろ苦い結末も好き嫌いが分かれるだろう。

それでもこの作品が観る者の心をとらえて離さない理由は、おそらく生々しすぎるほどの違和感が生む圧倒的な異世界観にある。そこには、思わず没頭してしまう悪夢にも似た魅力が溢れている。

ギレルモ・デル・トロらしい悪夢のようなダーク・ファンタジーの傑作を、もう一本ご紹介しよう。制作総指揮を担当した「Splice」(2009年)は、異形のクリーチャーと魅力的な女性という、ギレルモ・デル・トロ作品の多くに共通する要素を、そのままミックスしてしまった。

クリーチャーが美女であり美女がクリーチャー。彼女は常に、得体の知れない不気味さをまとう。科学者が遺伝子操作で作り上げた生命体が、成長するにつれて凶暴さを増し、やがて生みの親まで襲う。知性や理性、情感が高まるのかと思いきや然にあらず。描かれるのは、遺伝子を残す、という生物としてもっともシンプルな本能に従うモンスターの姿だった。

・種族を超えた愛。壁があるから、燃え上がる恋がある。

そしてもうひとつ、ダーク・ファンタジーの傑作が、2017年に生まれた。アカデミー賞作品賞をはじめとする数々の映画賞を受賞した「The Shape of Water」は、新たなギレルモ・デル・トロファンを生むきっかけになった。

テーマは、「種族を超えた愛」。政府の施設に勤める地味な中年女性の清掃員が、深い情感と高い知性を備えた半魚人の男性と恋に落ちる。

ヒロイン、イライザを演じるのは、ロンドン出身の女優、サリー・ホーキンス。初めは冴えない印象でしかなかったが、時間が経つにつれてどんどん美しく可憐に見えてくる。ダグ・ジョーンズが演じる半魚人も目つきが不気味すぎると思っていたのだが、いつの間にか魅力的な「男性」に見えてくる。

作品そのものがまるでマジックのように現実の時間を忘れさせてくれる。ロマンスを描いたファンタジーとしてこれほどピュアな作品は、稀有だろう。

・ドリームワークス・アニメーションとの蜜月は終わらない

ギレルモ・デル・トロは、2011年に公開された「Kung Fu Panda 2」から、ドリームワークス・アニメーションとのタッグで作品を手がけてきた。同じ年には「Puss in Boots」を手がけ、さらに翌年は制作総指揮として「Rise of the Guardians」を生み出している。

さらにギレルモ・デル・トロが情熱を注いでいると思えるアニメーション作品は、Netflixオリジナル作品としてWeb配信されている「Tales of Arcadia」だろう。なにしろ自らが執筆した、小説が原作なのだから。

魔王の復活を企む者たちと戦うことを運命付けられた、少年と仲間たちの冒険と友情の物語。ここでもさまざまな魅力的なクリーチャーたちが登場する。ちょっとダークでグロテスクな雰囲気はギレルモ・デル・トロらしい魅力に溢れている。

まずはアニメから、ギレルモ・デル・トロ作品に馴染んでいく子供たちも多いが、やがて成長し、今度は彼のダーク・ファンタジーへとのめりこんでいく人は少なくないだろう。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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