ジャン・シメオン・シャルダン:静謐なイメージを描いた画家

ジャン・シメオン・シャルダンは1699年フランス、パリに生まれた画家です。その理知的で詩情にあふれた描き方は絶大な人気を誇りました。ポール・セザンヌやアンリ・マティス、そしてキュビスムなどにも影響を与えたといわれており、19世紀、20世紀の西洋絵画に多大な影響を与えた画家としても知られています。そんなシャルダンの生涯と作品とはどのようなものだったのでしょうか。

■ジャン・シメオン・シャルダンとは

(Public Domain /‘Self-portrait wearing Glasses’ by Jean-Baptiste-Siméon Chardin. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

ジャン・シメオン・シャルダンは、1699年にフランスのパリで生まれました。父親ジャン・シャルダンは家具職人であったといわれています。幼いころから芸術に関心を抱いていたシャルダンは、歴史画家であるピエール・ジャック・カーズに師事、またノエル=ニコラ・コワペルにも学び、静物画を得意とする画家となっていきました。

1728年には代表作である《赤エイ》で注目を浴び、王立絵画彫刻アカデミーの会員となったものの、シャルダンの生活は経済的に余裕のあるものではありませんでした。そのため、フォンテーヌブロー宮殿の修復作業などに参加しながら生計を立てていたといわれています。

もともとシャルダンは修業中静物画を学んでいたということもあり、1730年ごろからは台所の食器や食材などを題材とする作品が制作されるようになっていきます。こうした静物画は、静謐な空気が流れるシャルダンならではの作品であり、徐々に名声は高まっていきます。1731年からは、サロンに出品を開始。私生活でもマルグリット・サンタールと結婚し、11月には息子であるジャン=ピエールが生まれるなど、シャルダンの人生の中でも非常に恵まれた時期でした。

1733年からは風俗画を描くようになり、食卓の風景やカード遊びなどが主題となっていきます。1735年には妻マルグリットが亡くなりますが、シャルダンが制作の手を緩めることはなく、1740年にはヴェルサイユ宮殿に《働き者の母》と《食前の祈り》を献上。この2作品はシャルダンの代表作となっていきます。

1752年からは国王からの年金を受給し、1755年からはアカデミーの会計官とサロンの陳列委員を務め、シャルダンのフランス画壇での地位は確固としたものとなっていきました。1757年にはルーブル宮殿にアトリエ兼住居を得て、よりいっそう制作活動に励むようになります。

当時の画壇においては歴史画がもっとも高い地位にあり、風俗画を描く画家がアトリエを得ることなど考えられない時代でした。シャルダンがルーブル宮殿でアトリエを授かった背景には、国内外の王侯貴族から多数の依頼を受けていたことが関係しているのではないかと言われています。特に、ロシアのエカチェリーナ2世はサンクト・ペテルブルグにあるアカデミーの建物に設置する装飾画を注文するなど、シャルダンの作品の愛好家として知られていました。

こうして国内外から風俗画家として認められたシャルダンでしたが、1772年には息子が溺死、1774年には会計官を解任されることになってしまい、不遇の中1779年に80年の生涯を閉じることになります。

■シャルダンの作品

(Public Domain /‘A Game of Billiards, c.1720-26’ by Jean Siméon Chardin. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

シャルダンの生きた18世紀フランスはロココ美術全盛期であり、甘美で享楽的な描き方が好まれた時代でした。しかし、その中でもシャルダンは中産階級のつつましい生活を画題とし、穏やかな画風で静物画を描き続けました。ルーブル宮殿にアトリエを授かったことから、ロココ全盛期においてもシャルダンが高い評価を受けていたことは明白です。またロココに批判的であったディドロも、1769年のサロンにおいて「シャルダンは歴史画家ではないが、偉大な画家である」と記していました。そんなシャルダンの作品とはどのようなものだったのでしょうか。主要な作品を中心にご紹介します。

・《赤えい》 1725年-1726年

(Public Domain /‘The ray’ by Jean Siméon Chardin. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

本作品は1725年から1726年にかけて制作された作品で、現在はルーブル美術館に所蔵されています。1728年にセーヌ川の近くのドーフィーヌ広場で開催された青年絵画展に出品され、その後、王立絵画彫刻アカデミーの入会選考作品として提出された作品でもあります。本作は、当時あまり地位の高くなかった静物画というジャンルの作品でありながら、異例のスピードで彼をアカデミーの正会員として認めさるものでした。批評家や画家からの賞賛も多かったといいます。

中央に赤エイ、その左下あたりに牡蠣、右側にはナイフや食器が並ぶ台所で、一匹の猫が毛を逆立てて威嚇の姿勢をとっているような様子が描かれています。特に、切り裂かれた腹から血が流れている赤エイが笑っているように見えることが印象的で、残酷さを感じる人も少なからずいるでしょう。本作を発表したことで、シャルダンは静物画家としての評価と地位を確立し、フランスを代表する画家として歩みを進めていくことになります。

・《食前の祈り》 1740年

(Public Domain /‘Saying Grace’ by Jean-Baptiste-Siméon Chardin. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

本作品は1740年に制作された作品で、現在はルーヴル美術館に所蔵されています。本作品はシャルダンの代表作となった作品で、1740年11月27日にルイ15世に謁見した際に献上した、二つの作品のうちの一つです。

作中では若い母親がスープをすくい、二人の娘に祈りの言葉を唱えるように求めています。穏やかな空気が流れる中で、母親の視線や娘たちの表情は、静かでありながらも慈愛に満ちており、非常に魅力的です。家族の理想や思いやりの姿勢が描かれている本作品は、当時の人々はもちろん、長く現代においても共感を集めています。

■おわりに

ジャン・シオメル・シャルダンは、ロココ美術全盛期であった18世紀フランスにおいて静物画を描き、高い評価を受けた画家です。その日常的な題材や写実的な表現は、17世紀オランダ絵画の影響を受けたものと考えられており、存命中からフランドル絵画と比較されていたといわれています。

シャルダンの作品は、のちに19世紀、20世紀の代表的な画家となるポール・セザンヌや、アンリ・マティスといった画家たちも模写をするほど画家たちをひきつけ、現代にまで受け継がれてきました。現在はルーブル美術館やストックホルム国立美術館をはじめとした世界中の美術館に所蔵されており、多くの人々がその静謐な表現に魅了され続けています。

参考サイト:Wikipedia ジャン・シメオン・シャルダン 閲覧2021年1月25日

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

関連記事一覧