アンソニー・ヴァン・ダイク:17世紀フランドルを代表する画家

アンソニー・ヴァン・ダイクは1599年、ネーデルランドのアントウェルペンに生まれた画家です。チャールズ1世をはじめとしたイングランドの王侯貴族の肖像画を描いたことでよく知られていますが、肖像画の他にも宗教画や歴史画など、様々なジャンルの作品を残しており、バロック時代を代表する画家と言えます。そんなヴァン・ダイクの生涯と作品とはどのようなものだったのでしょうか。

■アンソニー・ヴァン・ダイクとは

(Public Domain /‘Self-portrait of Van Dyck’ by Anthony van Dyck. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

アンソニー・ヴァン・ダイクは1599年、ネーデルラントのアントウェルペンに生まれました。幼いころから芸術の才能を発揮していたヴァン・ダイクは、1609年にヘンドリック・ファン・バーレンに弟子入りし、1615年には画家として独り立ちしていたことが分かっています。
1618年にはアントウェルペンの画家ギルドであった聖ルカ組合への入会を許されるとともに、当時ヨーロッパで巨匠と名高かったピーテル・パウル・ルーベンスの筆頭助手となります。その頃ルーベンスは、大規模な工房の経営から他の工房を補助する仕事まで多数の仕事を引き受けており、当時19歳であったヴァン・ダイクはその若さにもかかわらず、ルーベンスの助手として質、量ともに大変な仕事をこなさなければなりませんでした。しかし、その仕事ぶりはルーベンスが「もっともすぐれた弟子である」と認めるほどで、ヴァン・ダイク自身も画家として多くの物を学び取ることになります。

その後1620年にはバッキンガム公ジョージ・ヴィリアーズの勧めでイングランドに渡ることになり、イングランド王ジェームズ1世のために作品を制作することになります。このイングランド滞在中にイタリア・ルネサンスの巨匠ティッツァーノの作品を目にしており、ティッツァーノ作品の色彩と立体表現がその後のヴァン・ダイク作品に多大な影響を与えたといわれています。

イングランド滞在後、1621年の終わりにはイタリアに居を移し、そこに6年間滞在。ジェノヴァを活動の拠点を置きつつも、イタリア中を旅する生活を送っていました。1627年にアントウェルペンに戻り、イタリア滞在中の学びを活かしつつ、フランドルの人々の肖像画を描く日々を過ごすことになります。

(Public Domain /‘Self-portrait’ by Anthony van Dyck. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

その頃イングランド王はチャールズ1世に代わっていましたが、チャールズ1世は大変芸術に関心のある人物で、美術コレクションを収集したり、アルテミジア・ジェンティレスキやルーベンスなど当時のヨーロッパを代表する画家たちを招き入れたりしていました。ヴァン・ダイクはチャールズ1世の代理人として絵画収集を行うことがあり、その功績が認められて1632年にはナイト爵と主席宮廷画家の地位を授けられています。もちろん、こうした代理人としての活動の他に、画家として王族への貢献もしており、チャールズ1世や王妃ヘンリエッタ、そして王子王女たちの肖像画を描いています。その作品は王によって高く買い上げられました。

1638年に、スコットランド貴族でルースヴェン卿でもあるパトリック・ルースヴェンの娘メアリと結婚し、外国人でありながらイングランドを主として活動する画家となっていきました。
そうして画家としての地位を確立していったヴァン・ダイクでしたが、1641年にパリを訪れた際に重病を患い、ロンドンに戻って療養生活を送っていたものの回復することはなく、同年に亡くなりました。その亡骸はロンドン大火で焼失する前のセント・ポール大聖堂に埋葬され、チャールズ1世が墓碑銘を設置したといわれています。

■ヴァン・ダイクの作品

アンソニー・ヴァン・ダイクはイギリスをはじめとした西欧各国の肖像画を制作しました。その表現は明るく、バロック特有の流動感のあるもので、各地の王侯貴族に好まれました。肖像画の他にも神話画や宗教画、歴史画、銅版画でも高い評価を受けており、イギリス画壇は18世紀にウィリアム・ホガースが登場するまでの長い間、ヴァン・ダイクの影響を受けていたといわれています。そんなヴァン・ダイクの作品とはどのようなものだったのでしょうか。主要な作品をご紹介します。

・《馬上のチャールズ1世とサン・アントワープの領主の肖像》 1633年

(Public Domain /‘Charles I with M. de St Antoine’ by Anthony van Dyck. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

本作品は1633年に描かれた作品で、現在はバッキンガム宮王室コレクションに属しています。描かれているのは、イングランド王チャールズ1世と馬丁長ピエール・アントワーヌ・ブールダンの姿で、王権神授説を信奉していたチャールズ1世の思想を示すかのように王冠や盾、そして古代建築が描かれ、その正当性を示しています。

チャールズ1世は1642年に議会派と対立して1649年には斬首刑に処せられる人物ですが、ラファエロやティッツァーノ、ルーベンスといった巨匠たちの作品を収集し、王室の一大コレクションを作り上げたことでも知られています。ヴァン・ダイクはそんなチャールズ1世の肖像画を何度も描き、英国の肖像画の原点を作り上げることになりました。

・《狩猟場の王》 1635年頃

(Public Domain /‘Charles I at the Hunt’ by Anthony van Dyck. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

本作品は1635年頃に制作された作品で、現在はルーブル美術館に所蔵されています。描かれているのは、ヴァン・ダイクが宮廷画家として仕えたイングランド王チャールズ1世が狩猟を楽しんでいる姿で、ヴァン・ダイクの代表的な作品となっています。

これまで王族の肖像画というと、形式を重んじた威厳ある姿を描くのが当たり前でしたが、本作品では狩猟を楽しむどこかリラックスした王の姿が描かれています。また画面右の木の葉を見ると、風の流れる様子も描いていることがわかります。
こうしたこれまでにない新しい表現が評価され、本作品は英国の肖像画の基礎となり、アカデミズムにも多大な影響を与えたといわれています。またこのような、権威を表す描写を控えめにして、自然の中にいながらも優雅さを漂わせるような肖像画をヴァン・ダイクは多く描いています。

■おわりに

アンソニー・ヴァン・ダイクはネーデルラントのアントウェルペンに生まれ、ルーベンスの助手として画業を積んだのち、イギリスで宮廷画家として活躍した画家です。形式にとらわれない新しいスタイルの肖像画は王侯貴族に絶賛され、ヴァン・ダイクの肖像画は150年以上にわたって英国絵画に影響を及ぼすことになりました。そんなヴァン・ダイクの作品はイギリスを中心とした美術館に所蔵されており、世界中から訪れる人々を魅了し続けています。

参考サイト:Wikipedia アンソニー・ヴァン・ダイク 閲覧2021年1月28日

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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