氷菓:アニメ全22話の中で描かれた主要な謎と見どころを紹介

米澤穂信の推理小説に「古典部シリーズ」というものがある。それらを原作に2012年、アニメ化されたのが「氷菓」。神山高校の古典部に入部した男女4人が学園に隠された謎を解いていく学園ミステリーシリーズだが、主に探偵役の折木奉太郎が好奇心の塊である千反田えるに振り回される形で物語は進んでいく。彼らが挑む謎はほんの些細なものから、学校中の話題となった大きなものまで大小様々。その謎はどれも納得の面白さを誇る。今回は、原作のシリーズから描かれた主な謎について紹介しようと思う。併せて、その謎についての見どころや見解も述べていく。

■氷菓

アニメ作品の1発目となる謎は、原作でも1作目に据えられた表題作「氷菓」である。

姉に勧められるままに古典部に入部した折木奉太郎。そこには既にもう1人の新入部員の姿が。それが千反田えるであった。えるは一身上の都合で古典部に入部したらしいのだが、あるとき、奉太郎はえるから個人的に呼び出しを受け、とある相談事をされた。
相談の内容は、えるの伯父に当たる人物、元古典部部長から幼少期に聞かされた古典部にまつわる話の内容を思い出したい、というもの。奉太郎は最初こそ、そんな個人的な思い出話、分かるわけがないと判断したが、よくよく話を聞いてみると「古典部」そのものが大きな鍵を握っているのでは、と推測する。それならば何か分かるかもしれないと、えるの切な思いも含めてしぶしぶながら相談を承諾するのであった。
そんな中、古典部が文化祭で販売する文集「氷菓」作りに取り掛かったときのこと。過去の「氷菓」のバックナンバーを手にしたとき、奉太郎は「氷菓」にこそ、大きなヒントが隠されていると思い至る。バックナンバーには神山高校文化祭、通称「カンヤ祭」にまつわる、驚くべき出来事が綴られていたのだ。しかし、全てを繋げるのに不可欠なピースが満たされない。全てを明らかにするバックナンバーのみが見つからなかったのである。
欠けたピースが見つからないまま、古典部一同は集められる限りの情報を元に推論を重ねていった結果、過去の出来事の全容は分かったものの、肝心のえるはいまひとつ腑に落ちない様子であった。というのも、えるは伯父の話を聞いて泣いたのだという。その泣いた理由を真に知りたいと願っていたのだ。
最終的に奉太郎は姉の助言もあり、えるが泣いた理由まで見事に真相を解き明かしたが、そのあまりに寂しい出来事は、正直胸が締め付けられるような印象を各々に残した。える自身も、謎が解けたという晴れた思いはあれど、伯父の身に起こった出来事があまりに悲しすぎると、心を痛めてしまった。
そして最後に奉太郎が気付いたひとつの答え。それは「氷菓」という文集のタイトルに込められた、えるの伯父の思いを代弁した洒落。あまりに切実で、痛烈な、叫びともとれる命名には、深い意味が込められていたのであった。

アニメ全22話、約半年に渡る作品はこの謎をもって幕開けした。本格推理小説を次々に生み出している米澤穂信が原作とだけあって、アニメとは思えない本格的な内容になっていた。アニメという特徴を使って演出にも配慮しており、原作を読むより遥かに臨場感ある謎になっていたと言える。えるの複雑な表情、奉太郎が謎を解いていくときの細かな思考回路を表現した演出、摩耶花や里志の絶妙なアシスト、そして謎が孕む神妙な雰囲気作りなど、細かなところまで再現しきっていた。

驚くべきは、物語は重苦しい雰囲気ではなく、少し楽しそうな雰囲気で進むのに、最後は少し後味の悪い締まり方をしたところにある。これは原作がこうなっているのだから、と言われればそれまでなのだが、アニメである以上、ハッピーエンドとはいかなくても少しは明るい印象で終わるのが一般的だ。しかし表題作「氷菓」の原作のままにラストを描き、本作の持ち味をフルパワーで再現、米澤穂信が作る世界感をしっかり出していたところに好感を抱かずにはいられない。作品の1発目に持ってくるには少し明るさが足りないが、それでも本作の印象付けにはもってこいであった。

この謎をきっかけに古典部が結成され、奉太郎とえるの関係が生まれたことも忘れてはならない。全ては古典部のこの謎が始まりなのだ。そして、えるの「わたし気になります」に火が着くきっかけになったのも、奉太郎がえるに振り回されるようになったのも。全ての歯車が回りだしたルーツである。

■愚者のエンドロール

お次は原作でも2作目に当たる「愚者のエンドロール」が謎として描かれた。
本作は、古典部の面々が2年生の自主制作したミステリー映画の試写会に招かれることから始まる。その映画はとある事情から結末が描かれずして終わりを迎えていたのだが、そこで2年生の入須から「映画内の犯人を探し出してほしい」と依頼された。えるは物語の結末が気になると奉太郎に迫り、かくして奉太郎は推理を始めるのであった。
色々な情報を元に、撮影に参加していた2年生の生徒3人は各々の推理を展開。その3つの推理を聞いた奉太郎は、いずれもトリックに欠如があると気付き、その抜け穴も保管した1つの推理を提唱した。後日、奉太郎は関係者に自身が導き出した答えを伝えるが、えるはそれを認めようとしなかった。本人も上手く言えないと言っていたように、何故か腑に落ちないような感覚を抱いていたらしい。そのえるの違和感、また、新たに浮上してきた疑問や矛盾点を前に、奉太郎は自身の推理が間違っていると認識。
改めて、新しい仮説を胸に入須と対峙する奉太郎、そこで彼女と真実の擦り合わせを行うことに。そこで入須から告げられたのは、ひとつの真実と、彼女の思惑であった。入須が考えていたことに対し、奉太郎は少なからずのショックを受けたようだったが、最後はそんな思いも吹っ切れ、犯人当ては終了した。
全ての真実が明らかになった後、奉太郎はえるにひとつの質問をした。何故これまでに展開された推理に賛成しなかったのか、と。えるは静かに答えを言い、映し出されなかった結末を作り上げた人物と心象を重ねたのであった。

今回は古典部が他の生徒から依頼される形で謎解きをすることになった、という展開だ。
この物語の特徴は、いくつもの推理が展開されるという点。よくあるミステリー作品では、登場人物みんなで知恵を出し合ってひとつの推理に到達するような構成が多い。対して、本作ではいくつもの推理があらかじめ提示されるのだ。そして、それを元に更なる推理を重ねる。つまり、推理自体が伏線、あるいは解決の糸口として活用されるという手法で真実が明かされていく。
この手法は決して珍しいものではないが、いくつもの推理が展開されることから、視聴者はどの推理が正しいのか、あるいは全部正しいのではないか、といつもとは違った視点で謎解きができるという面白さがある。アニメの中でもそれぞれの主張を真とするべく、細かな配慮がされており、完成度は高かったと言えるだろう。
しかし、その答えを一旦棄却して、新たな謎をまた登場させた、という二段構えもまた面白い。実はそうでなかったのか、というのも珍しくはないが、謎の奥深さ、見落とした伏線はどれかと考えを巡らせることになり、まだまだ物語を楽しめる要素があるのだ、という点でさらに物語にのめり込んでしまうことになる。

そして何より面白いのが、この謎解きには単純に「謎を解き明かしてほしい」というだけでなく、ある人物の思惑、あるいは目論見が混ぜ込まれていたことにある。こうすることで、探偵役となる奉太郎の自尊心や謎に対する向き合い方にも焦点を当てることに成功し、これまで常にやる気のなかった奉太郎の胸の内も少し明かされることとなった。

表題作「氷菓」と違い、細かなギミックを幾重にも積み重ねた「愚者のエンドロール」。人の思惑すらも謎の中に取り入れ、より生々しく、より深く作り上げた物語である。入り乱れた謎が好みなら、気に入るはずであろう。

■クドリャフカの順番

原作で第3作目にあたる表題作がアニメでは6話に渡り映像化された。この物語においては、これまでの2つの謎とは少し違ったテイストに仕上がっており、また、舞台が文化祭ということもあり、古典部たちの普段とは違う一面が見られる。文化祭というお祭りで少し浮足立つ古典部の面々、けれどもそこに潜む謎を多角的に描く手法、そして苦悩する姿など、様々な要素が詰まっており、ファンの間でも評価の高い一作になっている。

物語の舞台は文化祭。神山高校文化祭、通称「カンヤ祭」は、学内で年間に催されるどのイベントより規模が大きく、学生たちの士気も高まるお祭りだ。けれども、そんな文化祭を前に、古典部の面々は浮かない顔をしていた。というもの、古典部が「カンヤ祭」で販売する文集「氷菓」を大量誤発注してしまったためだった。なんとか在庫を捌こうと、各々努力を重ねつつも文化祭を謳歌し、時間は流れていく。
そのとき、校内では奇妙な事件が発生していた。「十文字」と名乗る何者かが、各部活から物品を盗んでいくという連続盗難事件。その事件を逆手にとり、古典部員は文集完売を目指して動こうと目論むが、奉太郎は事件に関連するとある手がかりを偶然手にする。かくして「十文字事件」の謎に迫っていく奉太郎と古典部員なのであった。
まず文化祭初日、奉太郎は信条に基づき部室内で店番、えると里志はそれぞれの方法で文集を売ろうと奔走していた。2人は向かった先で、ある奇妙な話を耳にする。それは、色々な部活から何かが盗まれている、という情報だった。一方で誤発注をしてしまった摩耶花は漫画研究会から抜け出すことができずに悶々としている最中、漫研のとある派閥のリーダーと敵対することになってしまう。そこで摩耶花は一冊の同人誌を持ってくると宣言をし、1日目は終了。

続く2日目。また各々は文集販売に奔走するが、古典部のアピールの一貫としてお料理研究会が主催した料理バトルに参戦することに。里志の簡単な料理からえるの華麗な料理さばき、摩耶花の機転を利かせたひと品と、趣向を凝らした料理を披露し、無事に料理バトルは終了したと思われた。しかし、その会場からは「十文字」の名の元、おたまが盗まれていた。水面下で静かに進行する「十文字事件」、これを上手く活用し古典部をさらにアピールしようと奉太郎たちは犯人を見つけることに。奉太郎はターゲットになっている部活と「十文字」という2つのヒントから、最後のターゲットは我らが古典部になると推測。それを元に再び皆が動き出すが、新たな盗みが発覚し、文集は上手く捌けずに状況は停滞。そして摩耶花は、先日の対立もあり漫研部内には居づらくなり、また、持ってくると宣言した同人誌を持ってくることができず、その同人誌にまつわる疑問を抱えることとなる。
そして迎えた最終日、3日目。各々問題を抱えたままで迎えることとなったが、えるはまだ文集の販売のため東奔西走。里志はというと、「十文字事件」の犯人は自分では見つけられないと奉太郎に期待を託した。そんな奉太郎は、文化祭に訪れていた姉から一冊の同人誌を差し入れられる。それは、摩耶花が持ってくると宣言したものの持ってこられなかった同人誌であり、摩耶花の中でひとつの謎を生んだものだった。奉太郎はその同人誌、「十文字」、そしてこれまでの手口を参考に、推理を始める。そして奉太郎は、この事件に終止符を打つため、「十文字」に挑戦状を叩きつけたのだった。

結果は「十文字」の勝利、という形で終了。けれども、その勝負の場を古典部の部室に設定したことから、文集は飛ぶように売れた。さらに、奉太郎は実は勝負の前に「十文字」と直に会い、推理を展開、正体を秘密にする変わりに文集をいくらか買い取ってくれ、と取引までしていた。合わせて「勝負をすること」、「場所は古典部の部室にすること」という要求までサラリと言ってのけて、「十文字」を釣っていた。そんな裏事情もあり、「カンヤ祭」終了時には文集は5部まで減り、最後は古典部メンバー+奉太郎の姉が1冊ずつ買い、見事完売。こうして文化祭は幕を閉じた。

高校生にとっての一大イベント、文化祭。今回の謎はそんな大イベントの中で起きた。これだけでも謎につぎ込めるトリックやギミックはいくらでもあり、実際、文化祭という場面を存分に活用した謎であったが、さらに個人的な心情にもしっかりと焦点を当てているところが面白さの秘訣だ。謎と重なるそれぞれの思い、それがここでの謎をより複雑に、より怪奇なものへと押し上げた。

それだけでなく、ここではひとつのキーワードが用いられている点にも注目したい。それが「期待」。文化祭の3日間の中で、古典部の面々は「期待」という感情に振り回されてきた。
えるは文集を売るために、色々な人に頭を下げてお願いをした。ときには交渉もしたが、えるは「期待」で人を動かすことが向いていないと自覚する。そしてそれに対して疲れたような表情も見せた。人を動かすには、えるはあまりに純粋すぎたのだ。
里志はというと、奉太郎に「期待」を寄せていた。中学からの同級生だったため、彼の頭のキレは知っていたものの、奉太郎の推理能力は高校に入ってから一気に開花した。それを常に目の当たりにしながら、自分の力では到底及ばない、解決できないという事実を突きつけられ、一種の諦めのような感情も抱く。その諦めも含めて、奉太郎に「期待」した、と悔しさややりきれなさを吐露していた。
そして摩耶花は部内で対立をし、その対立の理由に大好きな一冊の同人誌が関わっていたことを知る。自分が大好きな同人誌だったからこそ、打ち明けられた制作秘話や対立していた相手の心情にも、ただひたすら苦い思いしか残せなかった。それは全部、摩耶花が一方的にその同人誌に対して「期待」を寄せていたからで、そこに秘められた苦い記憶や関わった人たちの思いなど、まるで考えていなかったから。自分の一方的な「期待」がこんな対立を生んでいたこと、そして当人たちの古傷を抉ることになってしまったこと、そして自分の描く漫画と照らし合わせ、ただひたすら複雑な心境を抱いていたのだ。
奉太郎に関しては、特別誰かに期待を寄せていたということはなさそうだが、それでも里志の「期待」を背負ったり、えるの「期待」を目の当たりにしたり、摩耶花の秘められた「期待」を感じ取ったりして動き方を変えていたように思える。あの省エネ男子が本作においてやたらと行動していたように思えたのは、それが要因かもしれない。

いずれにしても、「クドリャフカの順番」は、登場人物たちの心情に迫るように構築された謎であり、そこがこの謎に深みをもたらしたと言える。文化祭ということで、少しだけミステリー寄りの雰囲気から学生ものの雰囲気に変化していたのも、差異として楽しめることだろう。個人的にはお料理バトルの場面が特にイチオシである。古典部の面々がなんだかんだ力を合わせていたり、えるの可愛らしさが際立っていたり、クスっとするようなシーンが全部詰められているからだ。謎解きがあまり得意でない人は、お料理バトルの場面だけ見ても楽しめるかもしれない。

■遠まわりする雛

最後はシリーズ第4作目となる「遠回りする雛」。
この作品は短編集になっており、表題作がアニメの最終話となって描かれている。その他の作品については、時系列に則るようにアニメの至るところに1話完結方式で挟まれ、小さな謎や古典部の面々の距離感や思いの丈を描写していた。

本作は「やるべきことなら手短に」「大罪を犯す」「正体見たり」「心あたりのある者は」「あきましておめでとう」「手作りチョコレート事件」そして「遠まわりする雛」の全7作品が収録されている。この中から、いくつか物語の中でも重要な作品をご紹介しよう。

・あきましておめでとう

まずはアニメ第20話で放送された「あきましておめでとう」。
月日は正月、えるに初詣に誘われた奉太郎は荒楠神社に初詣にきていた。えるは神社を運営する十文字家に新年の挨拶を兼ねて訪れたのだが、そこで挨拶を交わした娘の十文字かほからひとつ、手伝い事を頼まれる。その頼み事は蔵にあるものをとってくることだったため、えると奉太郎は蔵に赴くが、手違いで納屋に入り込む。そして不運なことに、閉じ込められてしまった。助けを呼ぼうにも、えるは千反田家の名代で来ている以上は大事にできないという事情があり、2人は窮地に立たされる。そこで脱出策として奉太郎はひとつの案を思いつくが、それには同じく初詣に来ていた里志の助力が必要であり、彼が奉太郎のヒントに気付くかが、全ての鍵を握っていた。これは2人の大脱出劇、里志の閃き、ちょっとした日常のひとコマを上手く活用した謎解き、少しコミカルに描かれた新年早々に起こった出来事のお話である。

さて、新年明けて周囲はめでたい雰囲気に包まれているというのに、奉太郎とえるは終始大変な状況下に置かれていた本作。普段とは違う晴れ着姿のえるが登場したり、摩耶花が巫女さんの格好をしていたりと、ファンにとっても嬉しいポイントが目白押しだったが、初詣にもちょっとした謎を仕掛けるというのが憎いところだ。また、それを解決するのが里志というのもこの謎ならでは。
これまでは奉太郎が探偵役であり、里志はあくまで助手のような、助力を添えるような立場にいた。本人も奉太郎には及ばないと自覚しているので、敢えて前に出ようとすることも避けていた。さらには、「データベースに結論はだせないんだ」という口癖からも分かるように、里志は表舞台には立たない主義を貫いている。そんな里志が今回は大活躍。奉太郎が里志しか頼れなかったという点、里志ならば導き出せると踏んだという点を考慮しても、里志が探偵役になるのはこれ限り。その勇姿を是非目に納めて欲しい。
いつもとは解決する人物が違うところ、えると摩耶花のいつもと違う姿、新年という浮き足立つときを舞台にした小さな謎を楽しめる。よく見ていると、古典部員たちの距離感が変わっていることにも気付けるだろう。そんな些細な出来事も面白みを足している。

・手作りチョコレート事件

これはアニメ第21話で描かれた、ただひたすらに、ほろ苦い恋模様と謎を描いた物語だ。
ときは2月。女子も男子も「チョコレート」という言葉に気をとられる恋の季節。摩耶花はもちろん、大好きな里志に手作りチョコレートを渡そうと考えており、えると一緒にチョコレートを作ることにした。昨年は受け取って貰えなかったということもあり、今年こそはと燃える摩耶花。
そして当日、出来上がったチョコレートを里志に渡そうとするが、ちょっとした隙にチョコレートが盗まれてしまった。この事実が摩耶花に知られたら、彼女はきっとショックを隠せない、と予想した古典部員3人は、摩耶花に知られる前にチョコレートを探すことに。けれども結局は見つからず、なくなった事実が摩耶花に知られてしまう。摩耶花は気丈に振舞うが、えるは納得ができず、涙まで見せる。そのあまりに悲痛な表情を目の当たりにした奉太郎は、チョコレート探しの中で見つけた犯人に話をつけてくるとしてえるを落ち着かせるのだった。
そして対峙する奉太郎と犯人。摩耶花の思い、えるの表情を胸に、盗んだ真意を問いつめるが、その答えは奉太郎が想像していたものとは全然違っていた。いや、奉太郎が犯人を真に理解しきれていなかったのかもしれない。本音を吐露する犯人は、これまで誰にも明かさなかった胸の内を曝す。そのあまりに純粋で、器用なのに不器用な思いは自分の本当の思いすらも混乱させてしまっていたのだった。奉太郎は犯人の言い分を一旦は認め、自分も過信しすぎていたと結論づける。
そして後日、摩耶花はえるとの下校中に、実は全部知っていたと話した。犯人も、その動機も。全てを分かった上で、彼女は待ち続ける。里志からの答えを。

一大イベントであるバレンタイン。そこに焦点を当て、今回は里志と摩耶花の恋模様を描いた。その中に組み込まれた謎は摩耶花の作ったチョコレートが盗まれるというもの。せっかく好きな人のために心を込めて作ったのに、それがなくなったらショックは大きいだろう。頑張って作る姿を隣で見ていたえるも、ついつい涙を流すほどにショックを受けていた。

本作の謎自体は比較的簡単なもので、証拠などなくとも恋愛に敏感な人は犯人を捜し当てられたかと思う。けれども、その犯行に及んだ理由が本作の最大の見所だ。
犯人も悩みに悩んだ結果としてチョコレートを盗んでおり、奉太郎に思いの全てを曝している最中でさえも本当にコレで良かったのかと自問自答を繰り返していた。犯人が摩耶花に抱く思いはあまりに真っ直ぐすぎて、摩耶花を大切にしたいからこその葛藤であった。
摩耶花も摩耶花でそんな犯人の気持ちを理解していたからこそ、誰が盗んだか分かっていても追求しなかった。ただひと言「きついかな」と漏らすに留めていたのだ。

この2人の微妙な間柄がとにかくほろ苦く、胸に突き刺さるようなエピソードだった。
恋愛はいいものだが、いつでも楽しいものではない。ときにはこのような苦しい思いもしなければならない。けれどもこの2人の場合、少々じれったさというか、遠回りをしている感が否めない。そこが高校生らしい等身大の恋愛模様を描いていて、つい応援したくなるような感情に見舞われてしまう。そんな彼らの恋路の行方が、幸せなものであるようにと、願わずにいられないラストであった。

また、いつも笑顔で飄々としている里志の笑顔に隠された真情が明かされるという点も興味深いところだ。これまでまるで胸の内を悟らせないように振舞っていた「データベース」の心の内が、実はとっても不器用で、真っ直ぐすぎるというところに意外性を突かれた。このエピソードにより、里志の印象が良くなったというのも頷ける。これまでの作り固まった笑顔は、どこかロボットさを彷彿とさせ、親近感を持てないという人も多くいたという。けれども真情は実に人らしい思いそのもので、あぁ同じだったんだな、と安心したような心地がしたものであった。

・遠まわりする雛

最後はこのお話を紹介して終わろうと思う。
本作はアニメの最終話に添えられたものであり、これまでのように謎解きをメインにしたものではない。これまでに募った奉太郎の思いと、えるの将来への思いを記したものである。

物語は春休み、えるは生き雛祭りでお雛様役をやることになっていた。その傘持ち役を奉太郎にお願いし、2人は揃って生き雛祭りへと参加することとなった。準備する会場に着くと、生き雛が通るルートが工事で通れないという問題が発生するものの、えるのひと声で問題は沈静化。新たなルートで生き雛が歩くことに。
多少の問題はあったが祭りは無事に執り行われる。奉太郎はえるの背後に立ち、傘を持つ役であったが、えるの十二単姿に目を奪われる。どうにかしてその顔を見たい、と願う奉太郎。ここで自身の気持ちに気付くことに。
祭りが終わるとえると奉太郎は連れ立って帰路に着くが、そこでえるは進路について話を始めた。この生まれた地が好きなこと、地域の中で大きな役割を持つ千反田家に生まれた者としてどうするべきかを考えたこと、その結論として理系を選択したということ。この思いを聞いて奉太郎も自分の本心を語ろうとするものの、上手く言葉にすることができなかった。けれども奉太郎は、えるの傍にいることを1人静かに決心し、2人はこの先の未来に向けて歩みを進めていく。

本作は正に最終回に相応しい物語だと言えるだろう。静かに、淡々と進む物語の中で奉太郎は自分の思いに気付き、えるは千反田家の娘としての立場を自覚して将来を選択した。2人の心情が交わるというラストではなかったものの、それぞれが1年を通して関わってきた、考えてきた結果がここに集約されていた。また、2人がこれから先への展望を語ったことにより、2人の物語はまだまだ続くのだということを示唆した。

最終話はとにかく柔らかい雰囲気で進んでいく。途中、本当に小さな謎が仕掛けられるものの、それはあくまで、えるが千反田家の娘としてある程度の権力を持っているということを示すために用いられたといっても過言ではなく、本作はあくまでえると奉太郎の物語なのだ。
特にラストは強く印象に残るシーンになっている。桜が舞う中でえるはこの土地が好きだと告白し、舞う花びらを見ながら笑顔を漏らす。その心から嬉しそうな顔と、背景の美しさがとにかく素晴らしい。朱色に染まる夕焼けを2人で歩くのも情緒があり、なんとも言い難い心地良さを届けてくれた。
もし奉太郎が、本心をえるに伝えられていたら、と思わなくもないが、ラストのシーンを見ると、これで良かったと思える安心感を与えてくれる。このシーンに大きな感情の起伏は伴わない。それでも、どこかストンと腑に落ちる感覚を与えてくれる、全22話を綺麗に締めくくる幕引きであった。

■おまけ

ここまで描かれた作品をそれぞれご紹介してきたが、本作の見どころをもう少しご紹介しようと思う。謎解きだけではないのだ、この作品は。

まず何と言っても丁寧な作画、背景描写、人物たちの表情描写は欠かさずチェックして欲しい。数あるアニメーション制作会社の中でも、安定の高クオリティ作品を次々作り出す京都アニメーションが制作なのだから。細かな描写も丁寧に描き、舞台となった岐阜県高山市の街並みも実物の雰囲気のまま映し出していた。登場人物たちの可愛らしい動きや、時折見せる憂いある表情などもハッと思わされる。
その中で絶対的におすすめするシーンが、最終回のひとコマである。えるが夕焼けに染まる中、桜吹雪に包まれてほほ笑む、というシーンなのだが、そのなんと幻想的なことか。えるの満面の笑みも可愛らしくて良いのだが、それよりも背景の美しさに目を奪われる。その後の本当のラストのシーンでは夕焼けに向かって奉太郎とえるが歩くのだが、その夕焼けの色合いが絶妙で、淡く、美しく、そしてどこか儚い世界が映し出されていた。この素晴らしさは是非ご覧頂きたい。あまりに幻想的な色合いと美しい描写に、心を掴まれることは間違いない。

次に、作中の随所で盛り込まれた短編たちにも注目してほしい。これらは大抵1話完結でサクッと謎解きまで済ませてしまうが、そんな小さな謎でも思わず心躍るようなトリックが使われていたりする。また、そんな謎に対して奉太郎がえるに振り回されつつ解いていく様相も見ていて微笑ましいものだ。
大きな謎だけでなく、小さな謎も含めて古典部メンバーは互いを知り、距離感を縮めていく。さらに、個々人の抱えている思いや背景についても少しずつ触れているので、作品全体として「氷菓」というアニメを楽しみたいなら軽視してはならない。

作中で登場するメイン人物以外も、魅力を持った者たちばかりで惹かれるものがある。
例えば奉太郎の姉、供恵は、自由人のような振る舞いでいつも奉太郎を振り回す。けれども要所要所でしっかりと重要な発言をしたり、奉太郎に助言をしたりしている。奉太郎の謎解きになんだかんだ欠かせない要素となっている人物なのだ。
奉太郎たちの先輩にあたる入須はクールな美貌と威厳ある風格が印象的な存在で、えるとは家族ぐるみで付き合いがあるらしく、ちょこちょこ登場する。その時々で先輩らしい発言をしたり、何かとえるたちを心配したりする存在であり、登場回数こそ多くはないものの、記憶に残る人物の1人である。
と、いずれの人物も少ない登場回数に関わらず記憶に残りやすいキャラクターが多く、物語に華を添える存在だ。もちろん、物語中の謎に関わることがあり、真相を解き明かすために不可欠な立ち位置にも成り得る。そんな彼ら彼女らも、本作の魅力を底上げするひとつの要因であろう。

■さいごに

日本の推理小説家、米澤穂信の「氷菓」を原作とした、学園ミステリーものの本作。作中では原作で登場した、大から小まで様々な謎が登場する。その謎に毎回興味を持つ好奇心の権化、える。そしてそんなえるに振り回される省エネ男児、奉太郎。この2人を中心に、古典部員の里志と摩耶花を合わせた4人が学園に潜む謎を解いていく。
高校生が謎解きをするのだから、あまり難しいことはないのだろうと思うかもしれないが、そこは米澤穂信、しっかりと緻密なミステリーを用意していた。それをアニメというコンテンツで、アニメならではの演出方法も駆使して上手く再現していたのが本作である。

表題作から始まり、シリーズ第4作目までを盛り込んだ全22話は納得の見ごたえ。ミステリーが好きな人も十分に楽しめる内容になっている。中には高校生らしい彼らの姿も映されているので、単純に学園ものが好きだという人でも入り込みやすい。謎を解く度、徐々に近くなっていく古典部員たちの揺れ動く心情も繊細に描いているので、色んな要素に目を凝らしながら楽しんでみて欲しい。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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