ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ:バロックを代表する芸術家

ジャン・ロレンツォ・ベルニーニは1598年にナポリ王国のナポリに生まれた画家です。「ベルニーニはローマのために生まれ、ローマはベルニーニのためにつくられた」という言葉にもあるように、ベルニーニはバロック美術の巨匠として《聖テレジアの法悦》をはじめ、多数の傑作を制作したことで知られています。そんなベルニーニの生涯と作品とはどのようなものだったのでしょうか。

■ジャン・ロレンツォ・ベルニーニとは

(Public Domain /‘Self Portrait of Gianlorenzo Bernini’ by Gian Lorenzo Bernini. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

ジャン・ロレンツォ・ベルニーニは1598年にナポリ王国のナポリに生まれました。父親はフィレンツェの彫刻家ピエトロ・ベルニーニで、もともとはフィレンツェ郊外に生まれたトスカーナ人であったものの、サン・マルティーノのカルトゥジオ会修道院で仕事をするためにナポリに移り住んでいました。ベルニーニは著名な彫刻家であった父に影響を受け、芸術家としての一歩を踏み始めることになります。

1605年になるとベルニーニの一家はナポリからローマにもどることとなり、父ピエトロは枢機卿シピオーネ・ボルゲーゼの庇護を受けることに成功します。そこで父親が請け負った仕事や、それに関わった他の芸術家たちとの交流によって、ベルニーニは徐々に才能を開花させていきました。

20代になると《ダヴィデ》や《プロセルピナの略奪》といった数多くの傑作を制作。こうした作品はミケランジェロに大きな影響を受けたと考えられていますが、その一方でベルニーニ独自の表現も取り入れられており、古典美術を賛美しながらも独自の様式を確立していったようです。

しかしインノケンティウス10世の時代になると、若くして厚遇されていたベルニーニに対する不満が美術界において爆発し、彼へ批判が集中します。彼の請け負っていた仕事が他の芸術家に変更されるなどの不運に見舞われますが、その状況下でバロック彫刻の最高傑作とされる《聖テレジアの法悦》を完成させたことにより、徐々に活躍の機会を取り戻していきました。

■ベルニーニの作品

ベルニーニは、17歳あるいはそれ以前に制作したゼウスの彫像が最初の作品で、最後の作品は81歳の時に制作したキリスト像です。彼は60年近い芸術家人生において、質の高い作品を制作し続けました。また彫刻以外にも建築家としても活躍しており、サン・ピエトロ大聖堂祭壇の天蓋やバルベリーニ宮、サン・ピエトロ広場といったローマを代表する建築を残すなど、ローマの芸術文化の推進に一役買ったことは言うまでもありません。そんなベルニーニの作品とはどのようなものだったのでしょうか。

・《ダヴィデ像》 1623年-1624年

本作品は1623年から1624年に制作された作品で、現在はボルゲーゼ美術館に所蔵されています。題材となったのは旧約聖書に登場する若き羊飼いダヴィデであり、本作品においてもダヴィデは羊飼いの服装をまとっています。

旧約聖書においてダヴィデは巨人ゴリアテを石投げ器で倒したとされており、本作品はダヴィデが体をひねり、石を投げようとしている場面が彫られています。また、その足元にはイスラエルの王サウルがゴリアテと戦うために与えた鎧と、ハープがおかれています。鎧は屈強な戦士であったダヴィデの力強さを表現するとともに、ハープは才能ある詩人であることも示しています。

・《聖テレジアの法悦》 1647年頃

本作品は1647年頃に制作された作品で、サンタ・マリア・デッラ・ヴィットーリア聖堂コルナーロ礼拝堂に設置されています。ベルニーニの代表作であるとともに、バロック美術の最高傑作であるといわれており、17世紀の対抗宗教改革の際によく用いられた主題である、聖テレジアの奇蹟的な法悦体験が表現されています。

彫刻作品の中央には修道女テレジアと槍を持つ天使が配されており、テレジアは今にも気絶しそうによろめいています。本作品は実際に存在したカルメル会の修道女聖テレジアの自伝「イエズスの聖テレジア自叙伝」に描かれたエピソードを再現したものであり、次の一説を彫刻化したものと考えられています。

「私は黄金の槍を手にする天使の姿を見た。穂先が燃えているように見えるその槍は私の胸元を狙っており、次の瞬間槍が私の身体を貫き通したかのようだった。天使が槍を引き抜いた、あるいは引き抜いたかのように感じられたときに、私は神の大いなる愛による激しい炎に包まれた。私の苦痛はこの上もなく、その場にうずくまってうめき声を上げるほどだった。この苦痛は耐えがたかったが、それ以上に甘美感のほうが勝っており、止めて欲しいとは思わなかった。」

引用:Wikipedia 聖テレジアの法悦

本作品の解釈にあたっては宗教的エクスタシーと解する説、あるいは性的絶頂を表したものであると考える研究者もおり、その表現の解釈は現代においても別れています。

・《福者ルドヴィカ・アルベルトー二》 1674年

(Public Domain /‘Blessed Ludovica Albertoni’ by Gian Lorenzo Bernini. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

本作品は1674年に制作された作品で、現在はサン・フランチェスコ・ア・リーパ聖堂に設置されています。パルッツォ・アルベルトー二枢機卿の依頼によって制作され、作品に取り掛かったときベルニーニは71歳位だったと言います。
彫られているのはルドヴィカ・アルベルトー二という女性で、裕福な家庭に生まれたことに甘えず、その財産を献身的に貧者の施しに用いたといわれている人物であり、最後は健康を害して亡くなったといわれています。彼女は前述の聖テレジア同様に法悦体験を度々していたことでも知られており、本作品にあらわれている彼女の表情は、その恍惚とも死の苦しみとも取れるでしょう。
ベルニーニは本作品が置かれている聖堂の建築にも携わっており、この彫刻が最も映えるよう、構造・内部装飾に工夫を凝らしています。そのため、ぜひ現地で鑑賞していただきたい作品です。

・《聖ペテロの司教座》 1666年

本作品は1666年に制作された作品で、サン・ピエトロ大聖堂に設置されています。もともとは教皇アレクサンデル7世によって注文されたものであり、875年に西フランク王シャルル2世からローマ教皇ヨハネ8世に贈られた粗末な木の椅子を原型としています。その木の椅子は「ペテロの司教座」と呼ばれ、聖ペテロがローマの司教であったときに用いられたといわれているものです。
ベルニーニはこの「聖ペテロの椅子」をブロンズ彫刻で覆い、荘厳な作品に仕立て上げました。
サン・ピエトロ大聖堂にはこの司教座以外に、青銅製の大天蓋、祭壇や人物像、鐘塔、聖堂前の楕円形広場など、ベルニーニが建築・制作したものが多数あり、そのどれもが現在サン・ピエトロ大聖堂を訪れる人々を惹きつけています。

■おわりに

ジャン・ロレンツォ・ベルニーニは一流の彫刻家、また建築家として活躍した人物です。そのほかにも絵画や劇の台本、舞台美術などを手掛けたことでも知られており、まさに総合芸術家として名を馳せた人物でした。その作品は対抗宗教改革の影響もあって、神秘性や宗教的エクスタシーが多分に表現されていることで有名です。《聖テレジアの法悦》や《福者ルドヴィカ・アルベルトーニ》などはそうした表現がなされた作品の一つであり、のちの芸術家たちにも多大な影響を及ぼしました。

10代のころから制作に励み、81歳まで質の高い芸術作品を制作し続けた彼の作品は、現代の彫刻家や建築家にも大きな影響を与え続けています。

参考サイト:Wikipedia 閲覧2021年2月2日
ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ
サン・ピエトロ大聖堂

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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