ヤン・ステーン:農民とことわざを描いた画家

ヤン・ステーンは1626年、ネーデルランドのライデンに生まれた画家です。17世紀のバロック時代を代表する画家であり、農民を主題とした風俗画が代表作として知られています。また、ステーンは作中に寓話やことわざを表現したことでも知られており、そのユーモラスな表現は現代においても高い評価を受けています。そんなヤン・ステーンの生涯と作品とはどのようなものだったのでしょうか。

■ヤン・ステーンとは

(Public Domain /‘Self-portrait’ by Jan Steen. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

ヤン・ステーンは1626年にネーデルラントのライデンに生まれました。ステーンの生家は醸造業と宿屋を経営していました。ステーンはラテン語学校に通った後、ドイツ人画家のニコラス・クヌファーのもとで絵画を学びます。また、実際に交流があったかどうか定かではないものの、田舎の風景画で有名なハーレムのアドリアーン・ファン・オスターデや、イサーク・ファン・オスターデの影響を受けたといわれています。

1648年になると、ステーンは画家たちのギルドとなる聖ルカ組合をライデンに創設します。また風景画家であったヤン・ファン・ホイエンの助手として制作にあたったのち、ハーグに居を移しています。私生活ではホイエンの娘マグリットと結婚し、1654年まで義理の父親であるホイエンの下で働くことになります。その後ステーンはデルフトに移り醸造所を経営していますが、あまり成功しなかったといわれています。

ステーンは1656年から1660年まではワルモントに、1660年から1670年まではハールレムに住みながら多くの作品を制作していますが、妻と自身の父親が亡くなるとライデンに居を移します。引き続き制作活動を行っていたステーンでしたが、仏蘭戦争によりネーデルラントの内政が混乱すると美術市場も冷え込み、なかなか依頼を受けることができなくなります。その後1673年に再婚し、1674年には聖ルカ組合の代表に就任したものの、1679年にライデンで亡くなっています。

■ヤン・ステーンの作品

ヤン・ステーンが活躍した17世紀のネーデルラントはプロテスタントが主流の国であり、市民階級が国を主導する国でもありました。そのため教会や上流階級から宗教画や神話画、歴史画といった絵画ヒエラルキーの上部に属するジャンルの絵画を依頼されることは少なく、その代わりに肖像画や風景画、風俗画といった日常に極めて近い画題が求められた時期でもあります。

ステーンはそうした時代において歴史画や神話画、宗教画に加え風俗画から静物画、肖像画などさまざまなジャンルの作品を手掛け、生涯で800点ほどの作品を手掛けた作家でもありました。特に風俗画を得意としており、画業の傍ら宿屋を経営していたことから、そこで人々を観察しては作品に活かしていたようです。

ステーンの作品は現存しているもので350点ほどあり、オランダを中心としたヨーロッパ各地の美術館に所蔵されています。そんなステーンの作品とはどのようなものだったのでしょうか。主要な作品を中心にご紹介します。

・《牡蠣を食べる娘》 1658年-1660年

(Public Domain /‘Girl Eating Oysters’ by Jan Steen. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

本作品は1658年から1660年にかけて制作された作品で、現在はマウリッツハイス美術館に所蔵されています。本作品は20.5cm×14.5cmと小さなサイズの作品であるものの、その写実的な表現からステーンの代表作とされています。
濃い赤の上着をまとった女性が牡蠣を片手にこちらに挑発的な視線を向けており、その背景にはベッドが描かれています。この時代牡蠣は精力剤として好まれたことで知られており、本作品にはそうしたエロティックなイメージが付与されていることが伺えます。

・《聖ニコラウスのお祭り》 1665年-1668年ごろ

(Public Domain /‘The feast of St. Nicholas’ by Jan Steen. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

本作品は1665年から1668年にかけて制作された作品で、現在はアムステルダム国立美術館に所蔵されています。聖ニコラウスというのは現在のサンタクロースの起源とされる人物で、本作品には今もクリスマスに見ることができそうな、ある家族の一場面が描かれています。

子どもたちはそれぞれ聖ニコラウスからの贈り物を手にしており、喜びの表情を浮かべています。左端の少年だけは日頃の行いが良くなかったのか貰えなかったようです。右側ではえんとつに向かって何か言っている子供が描かれています。お礼の言葉か歌でしょうか。
そのほかにもよく見てみると、ワッフルやダイフェカーターと呼ばれるダイアモンド形の甘いパンなどが描かれており、当時の特別な日のごちそうや風俗を研究するうえでも非常に貴重な作品となっています。

・《出産の祝い》 1664年

(Public Domain /‘Celebrating the Birth’ by Jan Steen. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

本作品は1664年に制作された作品で、現在はウォレス・コレクションに所蔵されています。描かれているのは若い女性が出産を終えた後のにぎやかな風景です。中央に描かれた男性は生まれたばかりの子どもを誇らしげに抱えており、出産を終えたばかりの母親は左奥のベッドでスープを飲ませてもらっています。
一見幸せな場面ですが、よく見てみるとそうでないことがわかります。床に散らばる卵やベッドを温めるのに使っていた金属製のフライパンに似た道具、右側の女性がつかんでいるソーセージなどは性交渉を意味するモチーフで、そっと部屋から出て行こうとしている男の様子と合わせると、生まれた子供はその子を抱えている中央の男と血縁がない、つまり出産を終えた女性は不倫をしていたと解釈することができます。
ステーンは、細かい部分の描写によって絵画に様々な意味を持たせること画家です。もしかすると他にも、この絵がより面白く見える要素があるかもしれません。ぜひ隅々まで鑑賞してみてください。

■おわりに

ヤン・ステーンは17世紀のネーデルラントで宗教画から神話画、静物画など多様なジャンルにおいて作品を制作した画家で、800点以上の作品を制作するなど多作の画家としても有名です。そんなステーンの作品の中でも有名なのが風俗画であり、画業と並行して経営していた宿屋で人々を観察した経験を活かし、人々の表情は豊かに、それでいて滑稽に描いています。

またこの時代のネーデルラントの作品らしく、不倫やいたずらへの罰といった教訓めいたイメージを付与しているのもステーン作品の特徴であり、そうした表現が作品をより魅力的なものにしています。ステーンの作品は時代を経ることに徐々に失われ、現在は350点ほどとなっていますが、世界中の人々を魅了し続けています。

参考サイト:Wikipedia ヤン・ステーン 閲覧2021年2月3日

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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