ジョルジュ・ド・ラ・トゥール:夜の画家

ジョルジュ・ド・ラ・トゥールは1593年にロレーヌ公国のヴィック=シュル=セーユに生まれた画家です。明暗の対比を強調するキアロスクーロという表現で知られており、作品全体に漂う神秘的な表現から「夜の画家」と呼ばれています。そんなジョルジュ・ラ・トゥールの生涯と作品とはどのようなものだったのでしょうか。

■ジョルジュ・ド・ラ・トゥールとは

ジョルジュ・ド・ラ・トゥールは1593年ロレーヌ公国の小さな町ヴィック=シェル=セーユに生まれました。生家はパン屋を営んでいたといわれていますが、少年時代や修行時代のことは史料が少なく、ほとんどわかっていません。ただ、1617年にロレーヌ地方の町リュネヴィルに居を移して画家として活動し、また1620年には弟子を取っていたことが分かっているため、若いころから画家としての地位を確立していたと考えられています。

また、このころの画家たちはイタリアをはじめとした外国で古代や中世の巨匠たちの作品を学ぶ旅に出るのが常でしたが、ラ・トゥールにいたってはその旅に出たかどうかもよく分かっていません。

1639年にはパリに向かい、当時のフランス国王ルイ13世から「国王付き画家」の称号を得ていることが分かっています。その後またリュネヴィルに戻って制作活動を続けるものの、1652年に流行したペストのために妻と子どもを相次いで亡くし、ラ・トゥールも58歳の生涯を閉じています。

■ラ・トゥールの作品

(Public Domain /‘Joseph the Carpenter’ by Georges de La Tour. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

ジョルジュ・ド・ラ・トゥールが活躍したのは17世紀前半であり、バロック美術の全盛期でした。バロック美術の画家としてはルーベンスやレンブラント、ベラスケスなどが活躍しており、流れるような筆致で画面全体に躍動感を与える表現や、劇的な表現が好まれていました。

バロック時代の表現の一つに光と影の対比を用いて劇的に表現する方法がありますが、ラ・トゥールの作品もまたそうした「キアロスクーロ」の表現を用いられているものが多く、現代においても高い評価を受けています。しかしそうした表現の一方で構図や人物表現などはぎりぎりまで切り詰められており、バロック美術とは一線を画した精神性と宗教的感情が感じられる作品となっています。そんなラ・トゥールの作品とはどのようなものだったのでしょうか。主要な作品を中心にご紹介します。

・《豆を食べる人々》 1620年代ごろ

(Public Domain /‘Peasant Couple Eating’ by Georges de La Tour. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

本作品は1620年ごろに制作された作品で、現在はベルリン美術館に所蔵されています。描かれているのは貧しい身なりの二人の男女が豆を食べている光景で、おそらく修道院にて施しを受けたものと考えられます。

老夫婦は、乾燥したエンドウ豆を食べるわずかな食事のひと時を、鑑賞者が邪魔したかのようにこちらと向き合っています。男性は不機嫌そうな顔をして下を向いていて、女性はスプーンを口に近づけ、死んだような目で私たちをじっと見つめています。背景はシンプルな灰色なので、彼らが一体どんな場所にいるのか、はっきりとはわかりません。しかし、この背景は老夫婦の存在を引き立てています。

・《妻に嘲笑されるヨブ》 17世紀前半

(Public Domain /‘Job mocked by his Wife’ by Georges de La Tour. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

本作品は17世紀前半に描かれたと考えられている作品で、現在はヴォージュ県立美術館に所蔵されています。旧約聖書の一場面を描いたもので、かつては裕福で影響力のあったヨブが、短期間で子供や財産、健康を失いながらも信仰心を失わないため、このような試練を与える神を信仰していることを妻から咎められ、神を呪って死ねと迫られている様子が描かれています。
(参考:サルヴァスタイル美術館

ラ・トゥールは、不幸なヨブと気性の荒い妻との対話に焦点を当て、妻に苦しめられる夫という滅多に描かれることのない主題を描きました。ヨブは、さっきまで床に置いてある鍋敷で掻いていたであろう自分の傷を考えながら、無気力に座っています。このように弱々しくヨブを描くことにより、ヨブ対する妻の残酷な嘲笑をより効果的に伝えています。

・《悔悛するマグダラのマリア》 1640年-1645年

(Public Domain /‘The Penitent Magdalene’ by Georges de La Tour. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

本作品は1640年から1645年に制作された作品で、現在はルーブル美術館に所蔵されています。描かれているのはラ・トゥールの作品の中でももっとも多く描かれたことで知られるマグダラのマリアで、画家特有の表現である蝋燭にハイライトを当てるキアロスクーロが用いられており、それをじっと見つめるマグダラのマリアが神秘的な表現で描かれています。

主題であるマグダラのマリアは、薄暗い空間にある椅子に腰をかけ、頬杖をつきながら物思いにふけっています。彼女が右手を置いている頭蓋骨は、天に登ったものだけが永遠であることを示唆し、今生きている私たちの存在について考えさせられる作品になっています。

・《いかさま師》 1635年

(Public Domain /‘The Cheat with the Ace of Diamonds’ by Georges de La Tour. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

本作品は1635年に制作された作品で、現在はルーブル美術館に所蔵されています。描かれているのはトランプに興じるグループで、左端には若い男性、そして中央には高級娼婦、そしてその娼婦に給仕する若い女性が描かれています。左の3人はそれぞれカードを腰に隠したり、目線を不自然な方法に向けたりとあきらかに怪しげなそぶりをしており、右端に描かれた身なりの良い若い男性をだまそうとしていることがわかります。

登場人物たちは、視線の合図や次の一手を指示する仕草などから心理戦を展開しています。詐欺の仕掛け人である手前の若い男性は、自分たちが勝利することを知っていながら、観客にカードを見せびらかしています。

■おわりに

ジョルジュ・ド・ラ・トゥールは少年時代や修行時代のことはよくわかっていないものの、キアロスクーロをもちいた神秘的な表現によって若いころから画家としての地位を確立し、フランス国王ルイ13世にも評価されたことによって同時代を代表する画家となった人物です。

ラ・トゥールが亡くなると、その名声は徐々に忘れ去られることとなり、20世紀初頭になってようやく再発見され、現在に至っています。作品数は少ないものの、その明暗対比をもちいた神秘的な表現は世界中から訪れる人々を魅了し続けています。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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