フラ・アンジェリコ:初期ルネサンスを代表する画家

フラ・アンジェリコは1390年、あるいは1395年ごろイタリアのヴィッキオに生まれた画家です。本名はグイード・ディ・ピエトロといい、フラ・アンジェリコは「修道士アンジェリコ」を意味するあだ名でした。その通り修道士として活動しつつ、宗教画の傑作を描き続けた人物で、その作品の完成度の高さは、同時代はもとより、後世の画家たちにも多大な影響を与えました。そんなフラ・アンジェリコの生涯と作品とはどのようなものだったのでしょうか。

■フラ・アンジェリコとは

フラ・アンジェリコは1390年、あるいは1395年ごろ、トスカーナ州のフィレンツェ北部のヴィッキオに生まれました。フラ・アンジェリコの両親については一切知られておらず、修業時代などについても資料はほとんど残されていません。

そんなフラ・アンジェリコの最初の記録は1417年10月17日にカルメル修道会が主催する信心会に入会したというもので、そこではグイード・ディ・ピエトロという本名が記されていることが分かっています。またこのころにはすでに画家として生計を立てていたことも合わせて記されています。

フラ・アンジェリコの画家としてのキャリアは、兄ベネデットがドミニコ派修道士であり、かつ装飾写本作家であったことから、同じく装飾写本画家として始まったのではないかと考えられています。また作品にシエナ派の影響がみられるため、ロレンツィオ・モナコが師であったのではないかとも考えられています。

その後フラ・アンジェリコは教会のフレスコ画の作品を手掛けるようになり、1408年から1418年にかけてはコルトーナのドミニコ会修道院で、また1418年から1436年にかけてはフィエゾーレの修道院で作品を制作しています。こうした作品のほとんどは保存状態も悪く、失われたものも多かったものの、奇跡的に修復されたものもあり、ロンドンのナショナル・ギャラリーにはフラ・アンジェリコによるキリストの栄光を描いた祭壇画が収蔵されています。

1436年になるとフラ・アンジェリコは、フィエゾーレの修道院からフィレンツェのサン・マルコ修道院に移ることとなります。当時のフィレンツェは最先端の芸術の都であり、またフラ・アンジェリコ自身がフィレンツェでもっとも裕福な有力者であったコジモ・デ・メディチの庇護を受けることに成功したため、フィレンツェに移ったことはフラ・アンジェリコにとって大きなターニングポイントとなりました。またサン・マルコ修道院内に大きな個室を有していたことから、作品制作に没頭しやすかったという点も指摘されています。

フラ・アンジェリコは受胎告知や聖会話といった主題をもとに修道会のための作品を制作し、徐々にその名声はバチカンにまで届くようになっていました。

1445年には教皇エウゲニウス4世の命令で、サン・ピエトロ大聖堂の秘蹟の礼拝堂のフレスコ画を描くことになります。またその後もニコラウス5世の依頼を受けて1447年から1449年にかけてバチカン宮殿のニッコリーネ礼拝堂のフレスコ画を描くなど、教皇庁のための作品を手掛ける日々が続きましたが、1455年にはローマのドミニコ会修道院で死去。現在はローマのサンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ教会に埋葬されています。

■フラ・アンジェリコの作品

フラ・アンジェリコはゴシック様式からルネサンス様式の移行期に活躍した画家であり、作品もゴシック様式とルネサンス様式が混在しています。非常に精緻な描写で描かれた祭壇画もあれば、静謐で写実的な表現を重視したフレスコ画もあり、フラ・アンジェリコ自身教会が求めるものを模索しながら、表現を変化させていったと考えられます。そんなフラ・アンジェリコの作品とはどのようなものだったのでしょうか。主要な作品を中心にご紹介します。

・《受胎告知》 1430年ごろ
(Public Domain /‘Annunciation’ by Fra Angelico. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

本作品は1430年ごろに制作された作品で、現在はディオチェザーノ美術館に設置されています。描かれているのは大天使ガブリエルが神の子イエスを身ごもったことを聖母マリアに伝える《受胎告知》で、典型的なゴシック様式であるものの、空間と照明の使い方から、ゴシック期からルネサンス期への移行も見られます。

この場面の構成要素は最小限に抑えられていますが、アンジェリコの装飾写本師としての修行がうかがえる作品です。衣服や草むらの花の繊細な描写は、この作品の優美さを際立たせています。大理石の床は大天使ガブリエルの衣服のフリルと相まって滑らかに見え、翼の質感は、シンプルな後光の表現とは対照的です。

・《聖母戴冠》 1430年-1432年
(Public Domain /‘The Coronation of the Virgin’ by Fra Angelico. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

本作品は1430年から1432年にかけて制作された作品で、現在はルーブル美術館に所蔵されています。描かれているのは天に召されたのち、キリストによって冠を授けられる聖母マリアの姿で、研究された遠近法と人体の表現から、フラ・アンジェリコがマサッチオに影響を受けたことがわかる作品です。

小さな雲が連なる空に浮かぶイエスと聖母マリアが描かれており、イエスは聖母マリアを天の女王として戴冠しています。聖母マリアは胸の上で腕を組んでわずかに前かがみになり、謙虚な表情をしています。

イエスと聖母マリアを取り囲んでいるのは、天使や神の祝福を受けた人々、聖人たちの群衆です。天使たちの聖歌隊が音楽を奏で、踊っているのがわかります。三人の天使が聖母マリアの左側で踊っていますが、イエスの右側にも三人の天使がいます。右上と左上にはトランペットがいくつか見え、中央にも楽器を演奏している二人の天使が見えます。

・《サン・マルコ祭壇画》 1438年-1440年ごろ
(Public Domain /‘San Marco Altarpiece’ by Fra Angelico. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

本作品は1438年から1440年ごろに制作されたと考えられている作品で、現在はサン・マルコ美術館に所蔵されています。時の権力者コジモ・デ・メディチの依頼で描かれた作品で、天使と聖人に囲まれた聖母子を描いたメインパネルに加え、それに付随する9枚のパネルがあり、守護聖人である聖人コスマスとダミアンの伝説が描かれています。

聖母子のメインパネルは、登場人物の配置が当時の聖母子が主題になった祭壇画にしては斬新な作品です。聖母子の背後にあるザクロの刺繍が施されたカーテンは、手前の神聖な出来事と奥の風景とをはっきりと分断しています。また、人物をまとまりのある絵画空間の中で表現することは、アンジェリコが採用した新しい技法でした。聖人と天使の体によって隠れている部分もありますが、手前のカーペットがゆったりとした空間を表し、絵に深みを与えています。アンジェリコは、聖母子の周りにほぼ等しく空間を作って描いたため、閉塞感を感じることなく鑑賞できるでしょう。

■おわりに

フラ・アンジェリコは修道士として務める傍ら、画家として数々の傑作を手掛け、初期ルネサンスを代表する画家となった人物です。当初は国際ゴシック様式にならって豪奢な金をもちいた作品を手掛けていたものの、徐々に現実味のある風景や感情がにじみでる人体表現を取り入れるようになり、そうした表現がのちのルネサンスを導くこととなりました。

「画家・彫刻家・建築家列伝」においてジョルジョ・ヴァザーリはフラ・アンジェリコについて「この修道士をいくら褒め称えても褒めすぎるということはない。あらゆる言動において謙虚で温和な人物であり、描く絵画は才能にあふれており信心深い敬虔な作品ばかりだった」と語っています。そのたぐいまれなる精神性でもって描かれた作品はイタリア各地で受け継がれており、世界中から訪れる人々を魅了し続けています。

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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