ハンス・メムリンク:北方絵画を代表する画家

ハンス・メムリンクは1430年ごろにマインツ大司教領ゼーリゲンシュタットに生まれた画家です。キリスト教を題材とする主題を北方絵画の特長である徹底的な写実性と華麗な色彩で描いたことで知られ、ロヒール・ファン・デル・ウェイデンやヒューホ・ヴァン・デル・フ―スの次世代を担う画家として多数の傑作を制作しました。そんなメムリンクの生涯と作品とはどのようなものだったのでしょうか。

■ハンス・メムリンクとは

ハンス・メムリンクは1430年ごろドイツのフランクフルト近郊にあるゼーリゲンシュタットに生まれました。幼いころについての資料はほとんど残っていないものの、ブリュッセルのファン・デル・ウェイデンの工房で修業したと考えられており、1465年にはブルッヘの市民権を獲得したことが分かっています。

その後ロヒール・ファン・デル・ウェイデンや兄弟子であるヒューホ・ヴァン・デル・フースの影響を受けながら作品を制作し続け、初期ネーデルラントを代表する画家となりました。当時から高い評価を受けていたのはもちろん、19世紀のロマン主義者やヴィクトリア朝の画家たちにも注目されるほどでした。

■ハンス・メムリンクの作品

ハンス・メムリンクの作品には、顔料の柔らかさや色彩の透明感、細身の優美さを強調するなどといった新しい表現が見られます。そんなメムリンクの作品とはどのようなものだったのでしょうか。主要な作品を中心にご紹介します。

・《最後の審判》 1467年-1471年
(Public Domain /‘The Last Judgment’ by Hans Memling. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

本作品は1467年から1471年にかけて制作されたと考えられている作品で、現在はグダニスク国立博物館に所蔵されています。左から順に、天国への入り口、最後の審判、地獄への降下を描いた三枚組の作品で、聖書の物語を一つの枠組みにはめ込むことで、大変神話的な威厳のある表現がなされています。

中央のパネルに描かれた本作品の主役「最後の審判」の場面では、キリストが地球儀の上に足を置き、虹の上に鎮座する陛下のように描かれています。彼の口からはユリ(慈悲の象徴)と剣(正義の象徴)が出ており、右手は手のひらを上に向けて祝福を、左手は手のひらを下に向けて非難していることを意味しています。彼の周りには使徒たちと人間の魂のために執り成している聖母マリアと洗礼者ヨハネの祈りの姿、そして受難の道具を持った何人もの天使たちが描かれています。

・《聖カタリナの神秘の結婚の祭壇画》 1474年-1479年
(Public Domain /‘St John Altarpiece’ by Hans Memling. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

本作品は1474年から1479年にかけて制作された作品で、現在はブルッヘの聖ヨハネ病院に所蔵されています。中央に描かれているのは聖カタリナで、幻想の中で天国へ運ばれ、そこで聖母マリアによってキリストと婚約させられたという人物です。

中央のパネルでは、聖母の周りに聖人が集う「聖会話」に焦点が当てられています。しかし、柱と柱の間の狭い隙間からは、二人の聖ヨハネが経験したとされる人生のエピソードにまつわる廃墟や建物風景が描かれています。また、左翼には洗礼者聖ヨハネの斬首、右翼にはパトモス島での伝道者聖ヨハネが描かれています。写実的な描写がなされており、両パネルの上部に描かれている塔には、それぞれの聖人の重要な人生の出来事が表現されています。

・《バテシバの水浴》 1485年ごろ
(Public Domain /‘Bathsheba’ by Hans Memling. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

本作品は1485年ごろに制作されたと考えられている作品で、現在はシュトゥットガルト国立美術館に所蔵されています。この絵は、この時代に宗教的な文脈以外で裸体を描いたものとして珍しいだけでなく、15世紀の絵画におけるメムリングの存在意義を定義するのに役立った多くの特徴を明らかにしている作品です。

メムリングはこの作品で、北欧絵画の模範となる物語空間を構築しました。浴室の奥の壁には窓が開いており、屋上テラスが見えるようなかたちで描かれています。宮殿の下には教会に通じる門があり、その上にはダビデが戦死させたバテシバの夫であるウリアの死を描いた壁画が描かれています。扉の横には、法の代表者としてのモーセとアブラハムの彫刻が壁に描かれています。

・《聖ウルスラ伝の聖遺物箱》 1489年
(Public Domain /‘Shrine of St. Ursula’ by Hans Memling. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

本作品は1489年に制作された作品で、現在はブルッヘの聖ヨハネ病院に所蔵されています。6つの弓形のパネルで、聖ウルスラの人生を語っている作品で、2枚の正面パネルには、少女たちを守る聖ウルスラと、2人の修道女の前にいる聖母子が描かれています。

メムリンクは優美なポーズの人物表現、細部の写実的な観察に専念し、細密画の最高傑作とも言えるこの作品を制作しました。ただし、殉教の場面にもかかわらず劇的で落ち着きのない表現や、大量の人物の管理が難しいものであったようにも見られ、彼の限界も垣間見えている作品です。

箱といえ、この作品は家や礼拝堂の形をしており、屋根にはだまし絵が施された円形の絵画が描かれています。また、尖塔、切妻屋根、クロケット装飾、フィニアル装飾、くぼみに彫られた豆像など、ゴシック様式の中でも最も派手なものが用いられています。

■おわりに

ハンス・メムリンクは15世紀後半の初期ネーデルラントの画家として活躍した画家です。ヘラルト・ダヴィトとともに、フランドル地方の伝統を受け継ぎ、古典的な表現を再現するグループに属していました。彼の作風は柔らかく繊細で、美しい人物像と壮大な色彩が特徴です。官能的な人間の美の表現と、卓越した風景を得意としていました。

メムリンクの作品はブルッヘのメムリンク美術館やアメリカのメトロポリタン美術館などに所蔵されており、世界中から訪れる人々を魅了し続けています。

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

関連記事一覧