ハンス・ホルバイン:ヘンリー8世の宮廷で活躍した国際的な画家

ハンス・ホルバインは1497年、神聖ローマ帝国のアウクスブルクに生まれた画家です。生まれこそ大陸であるものの、ヘンリー8世の宮廷で活躍したことで知られており、当時の王侯貴族の肖像画を多数制作しました。そんなホルバインの生涯と作品とはどのようなものだったのでしょうか。

■ハンス・ホルバインとは

ハンス・ホルバインは1497年あるいは1498年の初頭に神聖ローマ帝国のアウクスブルクに生まれました。この時代の画家たちは修業として各地に旅に出ることを常としており、ホルバインもまたその慣例に倣って修行の旅にでていたことがわかっています。

旅の後、1515年ごろからはスイスのバーゼルやルツェルンなどで画家として活動しており、1516年にはバーゼル市長夫妻の肖像画である《バーゼル市長ヤーコプ・マイヤー夫妻の肖像》を描いています。このころホルバインは弱冠18歳であり、年幼いころから才能の片鱗を表していたことが分かっています。

また当時のバーゼルはエラスムスなどの人文主義者が集まり、文化が花開いた土地でもありました。そのためホルバインはバーゼルの市長や裕福な市民たちをパトロンとして、肖像画を多く手掛けており、徐々に優れた才能を有する画家としてホルバインの名前は知られるようになっていきました。

その後1526年になるとホルバインはエラスムスの紹介でロンドンへ渡ります。いったん帰国するものの、1532年には再びロンドンに渡り、1536年にはイングランド王ヘンリー8世の宮廷画家となり、王族や貴族たちの肖像画を多数制作しました。

当時の宮廷画家の仕事は主に王侯貴族の肖像画を描くことでしたが、肖像画は写真のなかった当時外交上非常に重要な道具であり、一種のお見合い写真としても機能していました。

ホルバインはヘンリー8世の妃の候補者の肖像画も描いており、《アンナ・フォン・クレーフェの肖像》や《デンマーク王女クリスティーナの肖像》が現存しています。

王は4度目の結婚でアンナ・フォン・クレーフェと結婚するものの、この結婚は6カ月ほどしか続きませんでした。その理由としてはホルバインの描いたアンナの肖像画と実際のアンナのイメージが異なっていたからだといわれています。これが王の不評を買い、ホルバインは宮廷画家の身分を剥奪されることとなってしまいます。

その後ホルバインが作品制作に励むことはなかったようで、1543年にはペストが原因でロンドンにて亡くなっています。

■ハンス・ホルバインの作品

ホルバインの作品はイングランド宮廷における王族や貴族、またバーゼルの有力者たちを描いた肖像画がそのほとんどをしめており、そのほかには宗教画を何点か残しています。

ホルバインの肖像画はモデルの表情を非常に写実的に描いているのが特徴で、まわりにおかれた小道具などから描かれた人物の人となりや身分、職業などを鑑賞者が察せられるように技巧を凝らす表現となっています。そんなホルバインの作品とはどのようなものだったのでしょうか。主要な作品を中心にご紹介します。

・《デンマーク王女クリスティーナの肖像》 1538年
(Public Domain /‘Portrait of Christina of Denmark’ by Hans Holbein. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

本作品は1538年に制作された作品で、現在はロンドン・ナショナル・ギャラリーに所蔵されています。描かれているのはデンマーク王の末娘として生まれたクリスティーナ王女です。彼女は、1535年に亡くなった夫ミラノ公爵に敬意を表して、喪服を着て描かれています。

クリスティーナ王女は黒いドレスの上に黒い毛皮の裏地付きサテンのガウンを羽織り、黒い帽子で髪を覆っています。彼女の顔と手は、体の他の部分を覆う深い黒と比べて、青白く際立って見えます。現実離れした静謐な雰囲気をまとっている一方、ホルバインはクリスティーナ王女の周りに空間をほとんど残さず描きました。このことにより、鑑賞者と彼女の距離を近づけ、イメージの親密さを高めています。

・《大使たち》 1533年
(Public Domain /‘ . Image via WIKIMEDIA COMMONS)

本作品は1533年に制作された作品で、現在はロンドンのナショナル・ギャラリーに所蔵されています。左側には廷臣のジャン・ド・ダントヴィル、右側には、ダントヴィルの親友であるラヴァールの司教ジョルジュ・ド・セルヴが描かれており、二人の友情とイギリス滞在を記念して描かれたものです。

当時、フランス外交使節団員だったダントヴィルは、ヘンリー8世の妻の戴冠と娘の誕生のため、長い間イギリスに滞在することになっていました。この期間にすっかり疲れ切ってしまった彼でしたが、親友のド・セルヴがイギリスに到着したと知り、元気づけられることとなったそうです。ホルベインは二人の間にテーブルを置くことで、両者を隔てると同時に、二人が寄りかかる小道具も用意したため、自然なポーズをとっているように描くことを可能にしました。

・《ヘンリー8世の肖像》 1537-1547年
(Public Domain /‘Portrait of Henry VIII’ by Hans Holbein. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

本作品は1537年から1547年にかけて制作された作品で、現在はウォーカー・アート・ギャラリーに所蔵されています。描かれているのはイングランド国王ヘンリー8世であり、ホワイトホール宮殿の内務室を飾るための壁画の一部として描かれました。

イタリア・ルネッサンスとドイツ・ゴシック美術の要素を組み合わせたホルバインの典型的なスタイルで描かれており、平たい顔や小さな口などの特徴を踏まえ、理想的な容姿がバランスよく描かれています。ルネサンス期の色調、灰色と金色の色彩は、王の威厳を完璧に捉えていると言えるでしょう。チュニックと帽子の精巧で複雑なディテールは、北部ルネッサンスの伝統と完全に調和しています。

■おわりに

ハンス・ホルバインは神聖ローマ帝国のアウクスブルクに生まれ、バーゼルで活躍したのち、イングランド宮廷で王族や貴族たちの肖像画を描いた画家です。その写実的な人物表現と静物などでモデルの身分や職業を表す技巧的な表現からヘンリー8世に気に入られたものの、王妃の候補者の肖像画を描く際に実際の女性とは異なるイメージで描いたとして、宮廷から追放、その後は失意の中ペストが原因で亡くなることになります。

ホルバインはこうした王侯貴族たちの他にもバーゼルに残した妻と子供の肖像画を描いていますが、その肖像画に描かれた妻と子供は悲しげな表情を浮かべており、家族を顧みずイングランドで制作活動を続けた自責の念が表されているともいわれています。そんなホルバインの作品はロンドンやバーゼルを中心とした美術館に所蔵されており、世界中から訪れる人々を魅了し続けています。

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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