Chhum Limhay:カンボジアの注目アーティスト

緻密なペン画で所狭しと描かれた建物。
建物を彩るように配置された幾何学模様や文字、記号、マークは、何か重要な暗示をしているかのようにも見えます。
SFの世界のような未来都市から、どこか懐かしさを感じさせる古都まで。
時空を自在に行き来するような作品を描き出す、アーティストChhum Limhay。  
2017年には、優れたカンボジア人アーティストに贈られるCreative Generation Awardを受賞。
シンガポール、日本といった海外でのグループ展にも出展経験のある、注目の若手アーティストです。
類い稀な想像力によって描き出される世界は、私たちにどのようなメッセージを発信しているのでしょうか?
作品を前にしたLimhay本人が、未だ誰一人として訪れたことのないミステリアスな街々を案内してくれました。

善とは何か、悪とは何かを問う:「The Good In The Bad Spirit」(2017年)

写真:アーティスト提供

橋を中心に広がる街。
一見したところ、実在の高層ビル群のようにも見えますが、細部にまで目を配ってみると、橋を挟んで前方と後方とで、様子が少し異なることに気がつきます。

前方には先端が尖った建物が多く、ピラミッド型をした建物の姿も。
また、歪んだ表情や真っ赤な顔をした人物の顔が目を引きます。

一方、後方の街は前方に比べると色鮮やかで、曲線を用いた建物や、どこか笑みをたたえたような人物の顔が見られます。こうした対比は、一体何を表しているのでしょうか?

「後方は善の領域、前方は悪の領域です。ここでいう“善”とは、自分自身の利益だけでなく、社会全体の利益を考える人々を指します。“悪”はその逆です。悪の領域に描かれたデーモンは、独自のイデオロギーやコンセプトに従わせるために人々を煽動します。」

Limhayは、善悪両方を内包した世界のコントラストを描きたかったといいます。

「ただし、善と悪の領域を明確に分けるのは難しいのです。悪いイメージを持った看板が善い街の方に入り込んでいるのが見えますよね?善悪は互いに影響を及ぼし合うものですし、悪は善いものをコントロールしてしまうほどにパワフルなものです。」

それでも、Limhayは悲観していません。
街の中には、そんな世界に救いの手を差し伸べる橋が設置されています。

「橋は善悪の領域を繋ぐものです。悪が善の社会に影響を及ぼすことを防ぐ役割を持っていて、長期的に見れば、悪いものは善によって破壊されるのです。」

海外の映画が大好きなLimhayは、作品のインスピレーションも映画から得ることが多いそう。

「SF・Sci-Fi、自然災害、国家機密情報などを題材とした映画が好きでよく観ます。この作品は2~3本の映画から得たアイディアを結合して制作しました。星のようなマークは、アメリカンコミックのヒーロー『キャプテン・アメリカ』をオマージュしたものです。」

もしも自由に未来を描けるのなら:「X City」(2017年)

写真:アーティスト提供

街中に高架橋や筒状の通路のようなものが張り巡らされ、一際先進的に見える街。

緻密に計算されて設計された街並みには、三角形が多用されており、ところどころに電波塔のような尖った建物が見えます。

人物の姿はなく、無機質な凄みを感じさせる「X City」とは、どのような街なのでしょうか?

「『X City』は、100~200年先に見られるハイテクな街です。最先端の技術を次々と開発するだけでなく、惑星の近くにある大きなソーラーシステムを探知するために、多くのエネルギーを生産しています。」

作中には描かれていませんが、「X City」には生物も住んでいるそう。

「通路のように見える建物の中には、居住スペースとワークスペースがあります。道路がないこの街ではテレポーテーションシステムが張り巡らされており、行きたい場所に瞬間移動することができます。

未来都市「X City」が出来上がるまでには、地球の生態系が大きく変わり、一部の生物のみが生き残ります。
それらは、もはや人間と呼ぶことはできない、新しいライフスタイルを持つ生き物。

「彼らは社会のためにクリエイティビティを発揮し、新たなツールや装置を次々と開発していきますが、仕事のストレスを感じることはありません。環境破壊で食物が生産できなくなっても、栄養は錠剤で簡単に摂れるようになり、年をとることなく生き続けることができるようになります。武器を生産せず、戦争も犯罪もありません。」

「X City」はまったく新しい秩序が導入された社会ですが、現存の特定の政治的思想に基づくものではありません。
情報はセンサーによって政府が全面的に管理しますが、住民には言論の自由もあります。

「歴史に残る秘密結社の存在や映画から着想を得て、将来あるべき社会像を自分なりに考えました。これは私が描く未来予想図です。」

秩序を極めた景観美の世界:「The City by the River」(2015年)

写真:アーティスト提供

教会や宮殿のような建物が規則正しく整然と並ぶ作品「The City by the River」は、未来都市的な世界とは打って変わり、古きよき西洋の街並みを映し出しています。

ありそうでないロマンチックな街は、まるでおとぎの国に迷い込んでしまったかのような感覚をもたらしてくれます。

「水の都ヴェニスとパリの街並みを融合した架空の街を描きました。時代は1940年前後でしょうか。その頃、西洋諸国では世界大戦が行われていましたが、作品に描かれた街はセーフティゾーンのようなもので、誰も重要な文化財に危害を加えることができません。」

実在の建物を交えて非常に具象的に描くLimhayですが、ヨーロッパを訪れたことは一度もないといいます。

「写真や映画で見て知っているだけですが、数学的な規則に従って整備されたヨーロッパの街並みや豊かな文化が大好きなのです。また、ディズニー映画からも多くのインスピレーションを得ました。アイディアが思い浮かんではすぐに作品に転化するという工程を繰り返して出来上がった作品です。」

作品は建築パースのように緻密なタッチで描かれているものの、建築を学んだ経験もないというLimhay。

「子供の頃、テレビでドローイングショーをよく観ていました。山、車、人間、ビルといったものを描いていく子供向けの番組が大好きで。6~7歳頃からは、ショーの真似をして小さな紙に街のパーツを描いていましたね。」

社会のあり方を提言する現代アートに魅せられて

写真:筆者提供

ドローイングを始めたのは6~7歳頃からだというLimhayですが、アートへの興味はさらに小さい頃から芽生えていました。

「幼少期からカンボジアのテレビで放映されているフランスアニメをよく観ていました。その影響で、お絵描きは早くからしていましたね。砂遊びも好きでした。雨季になると、家の庭に流れ込んでくる土で街を作ったり、電話や牛などを型取ったりして遊んでいました。」

アートスクールに通ったことはなく、完全に独学でスキルを習得していったLimhay。高校卒業後には建築学校に進みたいという気持ちもあったものの、大学で経営学を専攻しました。

「将来お金に困らないようにと、家族が経営学を勧めてくれたのですが、正直あまり楽しくなくて。大学卒業後には、自然とアートの世界に戻りましたね。」

現在は、フリーランスとしてグラフィックデザイン、イラストレーション、アニメーション制作などの仕事を請け負いながらアーティスト活動を続けています。

転機になったのは、友人の勧めにより応募したCreative Generation Awardで受賞したこと。

「審査員の方々に『新しくオリジナリティのある作品だ』と評価していただいたことは自信になりました。」

どんな時代にも、新しすぎる作品はなかなか受容されないもの。
同時に、過去に類似した作品が見られる場合は、世間的に過少評価されることもあります。

それでも、Limhayは言います。

「私にとって現代アートとは、『社会をどのようによくしていけるのか?』といったことを問題提起するものです。
独自の考えやコンセプトが含まれた作品は、アーティストの肉体そのものと言ってもよいでしょう。
そういった意味で、すべての作品は世間的な賛否に関わらず尊重されるべきですし、作品の背後に隠れているどんな問題意識も注目に値すると思うのです。」

リアルとフィクションの間で無限に膨らむインスピレーション

写真:筆者提供
(プノンペン市内の施設「Futures Factory」に展示されている作品:「The Phnom Penh 2088 Telespace Project」)

現在は、ペンによるドローイング作品を中心に制作しているLimhayですが、今後は他の表現形式にも挑戦していきたいそう。

「彫刻、インスタレーション、映像など、常に新しい表現形式を追求し、実験を重ねていきたいと思っています。」

Creative Generation Award受賞にあたり、プノンペン市内のアートスペース「Kon Len Khnhom」にて、1ヶ月間アーティスト・イン・レジデンス・プログラムに参加する権利を得たLimhay。
その際、これまでペン画で描いていた街の様子を立体で表現する実験を行なったといいます。

「紙を使った彫刻作品に挑戦してみました。非常に難しかったのですが、新しい表現の世界が広がった気がします。次は木やスチールといった、紙以外の素材でも実験してみたいと思っています。」

さらに、アーティストとして表現の幅を広げていくために、今Limhayがもっともしたいのは海外周遊。

「数ヶ月時間をとって、様々な国を見て周りたいですね。旅行先で受けたインスピレーションによってアイディアを膨らませていきたいのです。現在は、海外周遊することをモチベーションに日夜働いているところです。」

今でさえ、観る者が旅行をしているような気分になるような、異国情緒溢れる作品を描いているLimhay。
これに世界周遊経験がプラスされたら、どのように作風が進化していくのでしょうか。

具体的にイメージするところから始まる世界がある

固定観念や常識に縛られず、自由な発想と緻密なタッチで描き出されるLimhayの世界観。
「初めから無理だと諦めて思い描くことすらしなければ、どんなビジョンも絶対に実現することはない」ということを伝えてくれているようです。

また、昨今のカンボジアを取り巻く急速な都市開発を目の当たりにしているLimhayは、豊かな想像力とともに、社会の歪みを捉える現実的な視点をも持ち合わせています。

彼の描く世界は、個人の願望が成就する単なる理想郷ではなく、常に全体最適を考慮されたもの。
それは、彼なりの問題提起であり、提言なのです。

Limhayが生み出す未知の世界を自由に旅しながら、あなたにとっての理想の社会を思い描いてみませんか?

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Chhum Limhay WEBサイト

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※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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