レオナルド・ダ・ヴィンチ:万能の天才

レオナルド・ダ・ヴィンチは1452年フィレンツェのヴィンチ村に生まれた芸術家で、音楽や建築、数学、幾何学、生理学など芸術にとどまらず多種多様な分野で活躍したことから「万能の天才」と呼ばれています。そんなレオナルド・ダ・ヴィンチの生涯と作品とはどのようなものだったのでしょうか。

■レオナルド・ダ・ヴィンチとは

レオナルド・ダ・ヴィンチは1452年4月15日、トスカーナ地方のヴィンチに生まれました。ヴィンチはアルノ川下流に位置する村で、「ダ・ヴィンチ」とは「ヴィンチ村出身の」という意味を指しています。

父親はフィレンツェの裕福な公証人であったセル・ピエロ・フルオジーノ・ディ・アントーニオ・ダ・ヴィンチ、母親は農夫の娘であったカテリーナであったといわれています。レオナルドの出生名は「レオナルド・ディ・セル・ピエロ・ダ・ヴィンチ」といい、「セル」は敬称であり、レオナルドの父親が公証人の地位にあったことを示しています。

レオナルドの幼少期については資料が乏しく、ほとんど分かっていることはないものの、1457年からは父親や祖父母、叔父とともに過ごしていたことが分かっています。また正式ではないもののラテン語や幾何学、数学の教育を受けており、こうした幼少期の学問が万能の天才の基盤になったと考えられます。

1466年になると14歳でアンドレア・デル・ヴェロッキオの工房に弟子入りします。ヴェロッキオはフィレンツェでもっともすぐれた画家であると称賛されていたとともに、教育者としてもすぐれた人物で、ヴェロッキオの工房からはドメニコ・ギルランダイオやペルジーノ、ボッティチェリなど初期ルネサンスから盛期ルネサンスにかけて活躍することになる芸術家たちが多数輩出されました。

そうした弟子や協力関係にあった芸術家と共にドローイングや絵画、彫刻などに取り組みますが、レオナルドの才能はそれにとどまらず、科学や冶金学、機械工学にも及ぶようになっていました。

(Public Domain /‘The Baptism of Christ’ by Leonardo da Vinci. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

ヴァザーリが著書「芸術家列伝」で著しているところによると、《キリストの洗礼》はヴェロッキオとレオナルドの合作であり、レオナルドは右下の天使を描くことになっていました。レオナルドが描いたその天使はあまりに優美だったため、ヴェロッキオはその後絵画を描くことはなかったといわれており、レオナルドがいかに若いころから画家として優れていたのかを示すエピソードとなっています。

その後20歳になると聖ルカ組合において親方の資格を得て、ヴェロッキオの工房から独立することになります。

1481年5月にはサン・ドナート・スコペート修道院の修道僧から依頼された《東方三博士の礼拝》、1482年から1486年においてはミラノにおいて《岩窟の聖母》を制作し、1498年には聖母無原罪の御宿り信心会からの依頼で、サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院の壁画《最後の晩餐》などを制作するなど、西洋美術史上傑作と呼ばれることになる作品を制作していきます。

しかしレオナルドは基本的に遅筆であったため、依頼者との諍いはよく起きていたようです。

1502年にはローマ教皇アレクサンデル6世の息子、チュザーレ・ボルジアの軍事技術者として活躍するなど、画家以外の分野でも活躍を見せていたレオナルドでしたが、1516年になるとフランス王国の国王であったフランソワ1世に招かれ、その後はフランソワ1世の居城であるアンボワーズ城の近くのクルーの館で過ごすようになります。

レオナルドは最晩年をこの住まいで弟子であったフランチェスコ・メルツィや友人たちと共に過ごし、1519年5月2日には67歳の生涯を閉じています。ヴァザーリは著書の中でレオナルドはフランソワ1世の腕の中で息を引き取ったといわれており、このエピソードはレオナルドの伝説的な芸術家像を強調するもので、のちの画家たちがその場面を描くほどでした。

■レオナルド・ダ・ヴィンチの作品

レオナルドの作品の特長はスフマートと呼ばれる技法であり、色彩の透明な層を上塗りすることで、色彩の移り変わりが認識できないほどのわずかな色の混合を実現し、これまでにないあたらしい表現を実現しました。

レオナルドはスフマートを《モナリザ》をはじめとした数々の傑作に用いており、微妙な陰影を表現することによって幻想的な表現を作り出すことに成功しています。こうした表現はレオナルドならではのものであり、まさにルネサンスの巨匠たるゆえんといえるでしょう。そんなレオナルドの作品とはどのようなものだったのでしょうか。主要な作品を中心にご紹介します。

・《受胎告知》1472年
(Public Domain /‘The Annunciation’ by Leonardo da Vinci. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

本作品は1472年に制作された作品で、現在はウフィツィ美術館に所蔵されています。神によって遣わされた天使ガブリエルが、処女のマリアが奇跡的に息子を妊娠・出産し、イエスと名づけられ、「神の子」と呼ばれるようになることを告げている様子が描かれています。この主題は当時非常に人気があり、フィレンツェの芸術家によって何度も描かれていました。

天使はマリアの純潔とフィレンツェの街の象徴であるユリを手にしています。翼は飛んでいる鳥の翼を模写したものとされていますが、後の画家によってより長い翼が描かれていくこととなりました。聖母の前に置かれた大理石の机は、おそらくフィレンツェのサン・ロレンツォ大聖堂にある同時代の画家ヴェロッキオによるピエロ及びジョヴァンニ・デ・メディチの墓碑から引用したものです。

・《岩窟の聖母》1483年-1486年
(Public Domain /‘Virgin of the Rocks’ by Leonardo da Vinci. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

本作品は1483年から1486年にかけて制作された作品で、現在はルーブル美術館に所蔵されています。同様の主題を扱った作品がもう一点現存しており、そちらはロンドンのナショナル・ギャラリーに所蔵されています。両作品とも、幼い洗礼者ヨハネ、天使ウリエル、聖母マリア、幼子イエスが岩場の中に描かれています。

この絵の中でレオナルドは、人間の作ったものには見えないほど素晴らしい洞窟を描いており、まるで自然の産物のようです。水の絶え間ない動きによって滑らかになった岩が、曲がりくねった川の中に存在しています。奥に見える高い水位は、植物に水分を与えているようで、描かれている植物はそれぞれが植物学的に正確に記録されています。

・《モナリザ》 1503年-1506年

(Public Domain /‘Portrait of Mona Lisa del Giocondo’ by Leonardo da Vinci. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

本作品は1503年から1506年にかけて制作された作品で、現在はルーブル美術館に所蔵されています。モデルの不思議な微笑みと人物の身元が特定されていないことから、現在も調査が続けられており、人々を魅了し続けています。

モデルの柔らかく彫刻的な顔は、レオナルドの巧みなスフマートの腕を示しています。繊細に描かれたヴェール、細かく書き込まれた髪の毛、折り重なった布地の丁寧な描写から、レオナルドの優れた観察力と強い忍耐力がよく伝わってきます。人物と風景が絶妙に融合した本作品は、以降多くの肖像画の基準となりました。

■おわりに

レオナルド・ダ・ヴィンチは万能の天才として盛期ルネサンスに活躍した人物であり、画家にとどまらず、軍事顧問や建築家などその活動は多岐にわたりました。レオナルドの作品は現在ヨーロッパを中心とした各地の美術館に所蔵されており、世界中から訪れる人々を魅了し続けています。

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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