ドメニコ・ギルランダイオ:ルネサンスの巨匠を育てた画家

ドメニコ・ギルランダイオは1449年にフィレンツェで生まれた画家です。その優美な表現からメディチ家の庇護を得て画家として名を広め、またミケランジェロをはじめとしたのちのルネサンスの巨匠といわれる芸術家を育てたことでも知られています。そんなギルランダイオの生涯と作品とはどのようなものだったのでしょうか。

■ドメニコ・ギルランダイオとは

ドメニコ・ギルランダイオは1449年フィレンツェに生まれました。父親は金細工師であり、当時フィレンツェで流行していた金の輪の髪飾りを作っては生計を立てていました。この髪飾りのことをギルランダイオといい、いつしか苗字でもギルランダイオと呼ぶようになっていきました。

そんな父親の影響を受けたためかギルランダイオの芸術の素養は早くから磨かれていきました。ギルランダイオ自身は父と同じ金細工師の道を選ぶことはありませんでしたが、作品によく金箔を用いており、その点が父親の技術を受け継いでいることを表していると考えられています。

その後ギルランダイオはアンドレア・ヴェロッキオのもとで修業することになります。ヴェロッキオはもともと彫刻を専門としていたものの、絵画や版画、鋳造、数学や音楽に至るまでさまざまな分野で活躍したルネサンスの先駆けともいえる人物でした。ヴェロッキオは教育者としてもすぐれており、レオナルド・ダ・ヴィンチやサンドロ・ボッティチェリといった盛期ルネサンスを代表する芸術家たちを育て上げたことでも知られています。特にレオナルド・ダ・ヴィンチとギルランダイオは同世代だったこともあり、互いに切磋琢磨する関係にあったと考えられます。

ギルランダイオの芸術家としての才能は徐々に広まることとなり、有力者や教会をはじめとして数々の依頼を受けるようになっていきました。そのなかでも有名なのが1476年と1480年に制作された《最後の晩餐》であり、フィレンツェにある二つの教会に設置されました。最後の晩餐というとレオナルド・ダ・ヴィンチの作品を思い浮かべる方が多いと思いますが、ダ・ヴィンチの作品はギルランダイオよりも後の作品であり、ギルランダイオの作品を念頭に制作されたものと考えられています。

またその後もギルランダイオは名誉ある仕事を任せられるようになっていき、教皇シクトゥス4世のころシスティーナ礼拝堂の壁画制作の仕事に携わっていたことが分かっています。ギルランダイオが担当したのは、使途をはじめて召命する場面とイエスの復活の場面であり、前者のみが今も現存しています。

こうして芸術家としての地位を確立していったギルランダイオはフィレンツェを統治していたロレンツィオ・デ・メディチに重用されていたサセッティにパトロンになってもらうことに成功します。サセッティが自宅に礼拝堂を作る際ギルランダイオは壁画を依頼され、その時に制作された作品はギルランダイオの代表作として今も研究の対象となっています。

その後1488年にはミケランジェロが弟子になったものの、ミケランジェロの才能は師匠を凌駕するものであり、本来3年契約であったところを1年でギルランダイオのもとを去ることになってしまいます。ギルランダイオがミケランジェロにどれほどの影響を与えたのかは定かではないものの、このころからミケランジェロは絵画よりも彫刻に意欲を持つようになったといわれています。

■ドメニコ・ギルランダイオの作品

ドメニコ・ギルランダイオはフィレンツェのルネサンスにおける第三世代と呼ばれる者たちのひとりであり、すでに国際ゴシック様式の傾向はみられないものの、盛期ルネサンスの作品に比べるとどこか固さが残っているのが特長です。ただそれを上回るほどに人間の感情的な表現や解剖学を取り入れた人体表現がなされており、間違いなくイタリア・ルネサンスを代表する画家といえるでしょう。またギルランダイオのもとからミケランジェロをはじめとしたルネサンスを代表する画家たちが育ったことも忘れてはなりません。そんなギルランダイオの生涯と作品とはどのようなものだったのでしょうか。

・《エリザベト訪問》 1491年
(Public Domain /‘Visitation’ by Domenico Ghirlandaio. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

本作品は1491年に制作された作品で、現在はルーブル美術館に所蔵されています。サンタマリア・マッデレーナ・デ・パッツィ教会に設置するために依頼されたもので、新約聖書の一説「エリザベト訪問」が主題となっています。

聖母マリアと聖エリザベスの出会いの背景には古典的なアーチが描かれており、中央には豊かな風景も描かれています。黄色いベストを着たエリザベスは、マリアに敬意を表してひざまずいています。

真珠と貝殻で装飾されたマリアの純粋さを暗示する帯状装飾、マリアの光とベール、マリアのマントを留めているイエスの受難を暗示する真珠とルビーで装飾された金色のブローチには、ギルランダイオがフィレンツェのフランドル絵画から学んだ光の屈折効果が見られます。

・《最後の晩餐》 1480年

本作品は1480年に制作された作品で、現在はトスカーナ地方のオンニサンティ教会に所蔵されています。ギルランダイオは3点の最後の晩餐を描いたことで知られており、オンニサンティ教会に所蔵されているもの以外は1476年バディア・パッシャニャーノ教会に、1486年にはサン・マルコ教会に所蔵されています。

使徒たちは浅いU字型のテーブルに沿って座っており、中央に座っているキリストには、使徒ヨハネが悲しそうに寄りかかっています。キリストの右隣には首座使徒のペテロが座っており、裏切り者ユダだけが、他の人たちと離れ、テーブルの前に座っています。

・《サンセッティ礼拝堂の祭壇壁画》 1479年-1485年
(Public Domain /‘Confirmation of the Franciscan Rule’ by Domenico Ghirlandaio. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

本作品は1479年から1485年にかけて制作された作品で、現在もサンセッティ礼拝堂に所蔵されています。描かれているのは、聖フランチェスコと11人の信者が1209年にローマでインノケンティウス3世から修道会の設立を承認されている場面です。ギルランダイオはこの重要な出来事の舞台を、12世紀のローマから15世紀のフィレンツェに移して描きました。

右端には、ギルランダイオにこの作品を依頼したイタリアの銀行家フランチェスコ・サセッティという短髪の男性が描かれています。当時彼はフィレンツェで一番の権力者であり、ルネサンス期の芸術のほとんどが、彼の支援によって成り立っていました。左端には、サッセッティの息子であるガレアッツォ、テオドーロ、コジモが描かれており、フレスコ画のバランスを取っています。

■おわりに

ドメニコ・ギルランダイオはフィレンツェ・ルネサンスにおいて第三世代として活躍した人物であり、ミケランジェロをはじめとした次世代の芸術家たちも育て上げた人物でもあります。そんなギルランダイオの作品はやや硬さが残るものの、ルネサンスの特長である感情表現や解剖学に則った人体表現が重視されており、盛期ルネサンスの足音を感じさせるものとなっています。

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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