ロレンツォ・ギベルティ:15世紀最大の彫刻家

ロレンツィオ・ギベルティは1381年に生まれたフィレンツェで活躍した彫刻家です。初期ルネサンスの彫刻家として活躍し、特に鋳造においては並ぶ者のいない腕前を示し、数々の傑作を残しました。また教育者としても知られており、ドナテッロやパオロ・ウッチェロ、ミケロッツォ・ディ・バルトロメオといったルネサンスを率いることになる優れた芸術家を育て上げたことでも知られています。そんなギルベルティの生涯と作品とはどのようなものだったのでしょうか。

■ロレンツィオ・ギルベルティとは

ギルベルティは1381年フィレンツェに生まれました。父親のバルトロ・ディ・ミケーレは優れた金細工師として知られており、ギルベルティもまた父親から金細工の指導を受けていました。しかし徐々にフィレンツェに政情不安が広がり、また伝染病が流行したこともあって、一時ペザーロに滞在していたことが分かっています。

そんなギルベルティが帰国するきっかけとなったのはサン・ジョヴァンニ洗礼堂の門扉見本の制作協議が行われると知ったためでした。題材となったのは旧約聖書の一説「イサクの犠牲」であり、フィリッポ・ブルネレスキ、シモーネ・ダ・コッレ、ニッコロ・ダレッツォ、ヤコポ・デッラ・クエルチャ、フランチェスコ・ディ・ヴァルダンブリーナ、ニッコロ・ランベルティらが参加したことが分かっています。ギルベルティも参加し、1402年あるいは1403年に門扉競技委員会はギルベルティを全員一致で優勝としました。ただ一説によればギルベルティとブルネレスキが優勝したとも言われており、両者が門扉の制作を行うことになったものの、ブルネレスキが辞退したとも言われています。

1403年にはギルベルティは父バルトロと共に門扉制作の契約を交わしたものの、制作は難航し、1407年6月にはギルベルティ1人での契約となり、制作が進められることになります。ギルベルティは1409年には金細工師組合に登録し、1414年にはオル・サン・ミケーレ聖堂の外壁に洗礼者ヨハネの像を制作する依頼が出され、1416年に完成したことが分かっています。また1425年には羊毛組合から聖ステファノ像の依頼を受け、1420年後半には当時のフィレンツェにおける最高権力者であったメディチ家のコジモ・ディ・メディチやロレンツィオ・デ・メディチによってサンタ・マリア・デッリ・アンジェリ聖堂の3人の殉教者のブロンズ製の棺の制作依頼を受けます。こうしてメディチ家をはじめとしたフィレンツェの有力者たちから信頼されるようになったギルベルティに舞い込む依頼は徐々に増えていくようになっていきました。

またギルベルティはサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂のクーポラ建設にも参加しており、ブルネレスキやバッティスタ・ダントニオとともに仕事に励むこととなります。この際ギルベルティはドームの下部構造であるカテーナの建設に失敗したため、1432年には工事監督から降ろされたものの、大聖堂の造営には関わり続けました。晩年には「コメンターリ」を執筆するなど、制作活動以外の仕事にも取り掛かったものの、1455年には亡くなり、サンタ・クローチェ聖堂に埋葬されました。

■ギルベルティの作品

ギルベルティの父親はもともと金細工師であったことから、ギルベルティ自身も幼いころから芸術に関する素養を持ち合わせていましたが、その後門扉制作依頼の際にギルベルティひとりでの契約に移行するなど、その実力は父親をしのぎ、イタリア・ルネサンスを代表する彫刻家となるほどでした。その背景には国際ゴシック様式からイタリア・ルネサンスに移行するにあたって、写実的な表現が非常に重視されるようになっており、ギルベルティがそうした表現に秀でていたということがあるでしょう。そんなギルベルティの作品は、どのようなものだったのでしょうか。主要な作品を中心にご紹介します。

・《キリストの生涯》 1403-1424年 

本作品は1403年から1424年にかけて制作された作品で、フィレンツェのサン・ジョヴァンニ洗礼堂の北扉に設置されています。北扉は、当時21歳だったギベルティが、フィリッポ・ブルネレスキ、ドナテッロ、ヤコポ・デッラ・クエルチャとのデザインコンペで優勝し、28枚のパネルを21年の歳月をかけて完成させました。うち20枚に新約聖書に登場するキリストの生涯が描かれています。

キリストの生涯において重要であった瞬間を時系列順に並べて描いた作品で、ミケランジェロはこの扉を「楽園の門(Porte del Paradiso)」と呼びました。1世紀後に芸術家の評伝を書いたジョルジョ・ヴァザーリは、この扉を「あらゆる面で紛れもなく完璧であり、これまでに作られた最高傑作としてランク付けされている」と評しています。ジベルティ自身も「私がこれまでに作った中で最も特異な作品」とするほど、美しく仕上げられています。

・《天国の門》 1425-1452年

本作品は1425年から1452年にかけて制作された作品で、大聖堂裏のドゥオモ博物館に設置されています。旧約聖書の場面を描いた10枚の大きな長方形のレリーフが、彫像と胸像の細長い仕切りの間に配置されています。

レリーフの中にある古典的に表現された人物たちは、風景や建築物を背景に配置されており、実際よりも奥行きを感じる作品となっています。ルネサンス初期の彫刻の中で、最も偉大な作品の一つと言われています。これら表現からは、フィレンツェの芸術家たちが15世紀初頭までに遠近法と古典的な表現形式を身につけていたことがわかります。

■おわりに

ロレンツィオ・ギベルティは15世紀ルネサンス初頭に活躍した人物で、その精巧な表現からフィレンツェ各地の教会や大聖堂の装飾に寄与した芸術家です。《天国の門》をはじめとしてギベルティの作品は同時代の彫刻家をはるかに凌駕しており、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂のクーポラ建設にも関わるなど、イタリア・ルネサンスにもたらした影響ははるかに大きいといえるでしょう。

またギベルティの功績は自身の作品にのみならず、教育者としてもすぐれた芸術家を輩出したことにもあります。ギベルティの工房からはドナテッロやパオロ・ウッチェロ、ミケロッツォ・ディ・バルトロメオといった次世代を担う優れた芸術家が育っており、その後のルネサンス文化の基盤を作り上げたといっても過言ではないかもしれません。

ギベルティの作品はフィレンツェのサンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂やサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂、またバルジェッロ国立美術館などフィレンツェ各地に所蔵されており、いまなお世界中から訪れる人々を魅了し続けています。

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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