ティッツァーノ・ヴェチェッリオ:ヴェネツィア派でもっとも重要な画家

ティッツァーノ・ヴェッチェリオは1488年にヴェネツィア共和国のピエ―ヴェ・ディ・カドーレに生まれた画家です。肖像画や風景画、宗教画などありとあらゆる分野の絵画作品に優れていたことから、当時の人々から「星々を従える太陽」と呼ばれるほどでした。そんなティッツァーノの生涯と作品とはどのようなものだったのでしょうか。

■ティツィアーノ・ヴェチェッリオとは

ティツィアーノ・ヴェッチェリオは1488年あるいは1490年ごろにヴェネツィア共和国のピエ―ヴェ・ヴェ・ディ・カドーレに生まれた画家です。父親グレゴリオ・ヴィッチェリオはピエーヴェ・ディ・カドーレ城の管理者で、地方鉱山の管理者でもありました。また祖父は公証人であり、ヴェネツィアにおいては名家の家系として知られていました。

ティツィアーノは10歳から12歳のころ、弟のフランチェスコとともにジョヴァンニ・ベリーニに弟子入りしたことが分かっています。当時のベリーニはヴェネツィアでは名を馳せた画家であり、この修業時代ティツィアーノはジョヴァンニ・パルマやロレンツィオ・オット、セバスティアーノ・デル・ピオンボ、ジョルジョーネといった画家たちと交流し、めきめきと頭角を現していきました。

その後ティツィアーノはジョルジョーネの助手をつとめ、フォンダコ・ディ・テデスキの外装を飾るフレスコ画制作の仕事を請け負うものの、この時すでにティツィアーノの力量は非常に高いものとなっていました。こうした作品を通してティツィアーノの名前はヴェネツィア中に知られ、多数の依頼を受けるようになっていきました。その中には1515年ごろに制作された《洗礼者ヨハネの首を持つサロメ》や《聖母被昇天》といった西洋美術史に残る傑作も含まれています。

1530年から1550年にかけては《聖ペテロの殉教》をはじめとした物語性のある作品を制作し、ドゥカーレ宮殿の壁画《カドーレの戦い》を制作するなど、壮大なスケールの作品にも取り組むようになっていました。しかし1577年にはドゥカーレ宮殿は大火にあっており、《カドーレの戦い》は現存していません。また肖像画においても数々の作品を制作しており、特に1550年にスペイン王フェリペ2世を描いた肖像画はイングランドに贈られることとなり、フェリペ2世とイングランド女王メアリー1世との結婚に大きな役割を果たしたといわれています。

そうした貢献もあってか1550年から亡くなる1576年までの16年間は肖像画家としてフェリペ2世のもとで過ごすことが多く、もともと内省的で完璧主義者の傾向があった性格に拍車がかかり、1点の作品に10年近くの歳月をかけることもありました。そうして亡くなる直前まで新しい表現に挑戦し続けたティツィアーノでしたが、1576年8月27日にはペストで死去。その遺体は遺言通りサンタ・マリア・グロリオーザ・ディ・フラーリ聖堂に埋葬されています。

■ティツィアーノ・ヴェチェッリオの作品

ティツィアーノの作品の特長は、生涯にわたってその作風が変化し続けたことにあります。全体的にヴェネツィア派の特長である鮮やかな色彩を用いているという共通点はあるものの、初期の作品に自ら手を加えることもあり、常に新しい表現を目指し続けた画家でした。しかしそれがのちに作者特定や制作順序を明らかにするうえで大きな問題となっており、模写や贋作が広く出回る原因となってしまっています。

また生涯にわたって数多くの作品を制作したことでも知られており、真作数で約300点、工房作品も含めると500点を超える作品を残していることで有名です。そんなティツィアーノの作品とはどのようなものだったのでしょうか。主要な作品を中心にご紹介します。

・《田園の奏楽》 1509年頃

(Public Domain /‘Pastoral Concert’ by Tiziano Vecellio and/or Giorgione. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

本作品は1509年頃に制作された作品で、現在はルーブル美術館に所蔵されています。広大な田園風景を背景に、芝生の上に座っている二人の男性と、ふっくらとしたニンフの女性が描かれています。

左の男性は当時の貴族が身につけていた赤い服を着てリュートを演奏しており、右の男性はとてもシンプルな茶色の衣装を着ています。少し奥からは、もう一人の男性がこちらにやってきています。一方で、男たちはお互いの方を向いて会話をしていますが、目の前にいる女性たちは見えていないようです。このことから、彼女たちが普通の女性ではなく、自然の美しさを表現したニンフであることがわかります。左の女性はガラスの水差しから井戸に水を注いでおり、右の女性は男たちの目の前に座りながら笛を吹いている姿が描かれています。

・《聖母被昇天》 1516年-1518年

(Public Domain /‘Assumption of Mary’ by Tiziano Vecellio. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

本作品は1516年から1518年にかけて制作された作品で、現在はサンタ・マリア・グローリア・ディ・フラーリに所蔵されています。描かれているのは、マリアが天に召され、天の栄光に身も心も委ねられようとしている場面です。

この作品は大きく分けて三段階構成で制作されています。最下段は、弟子たちが地上で受胎を目撃する様子を表し、中段では、智天使の群れに囲まれた聖母マリアが、彼女を待つ神がいる天に向かって上へと舞い上がっています。主役はもちろん中心のマリアであり、しっかりとした雲の上でカーテンの渦を巻き、上昇する姿が描かれています。

・《聖母の神殿奉献》 1534年-1538年

(Public Domain /‘Presentation of the Virgin’ by Tiziano Vecellio. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

本作品は1534年から1538年にかけて制作された作品で、現在はアカデミア美術館に所蔵されています。描かれているのは、3歳の聖母マリアがエルサレムの神殿に入っていく様子です。その輝かしい色彩と、自然主義的な細部の丁寧な描写で注目されている作品です。

この作品は、16世紀に描かれたヴィットーレ・カルパッチョの物語作品を模したものと思われます。白く長い階段の上に、神父とその補佐に会おうとする小さなマリアの姿が描かれています。左側では、伝統的な山の風景を背にして、見物人の群衆が立っています。中でも特に注目したいのは、トガを着た4人の男性です。記念碑的な厳粛さと個人のエネルギーに満ちた彼らの描写は、16世紀の肖像画家としてのティツィアーノの価値を示す作品の典型的な例であると言えます。

■おわりに

ティッツァーノ・ヴェッチェリオは盛期ルネサンス期に活躍した画家であり、ヴェネツィア派の巨匠として数々の名作を残した画家です。神聖ローマ帝国皇帝のカール5世、そしてその息子であるフェリペ2世から寵愛を受け、宗教画や歴史画の他にも王族や貴族たちの肖像画を描いて外交的に貢献したということもあり、西洋美術史はもちろんヨーロッパ史にも多大な影響を与えた人物であるといえるでしょう。

ティッツァーノの作品はヴェネツィアをはじめとした教会や聖堂、美術館に所蔵されており、世界中から訪れる人々を魅了し続けています。

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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