ピエロ・デラ・フランチェスカ:初期ルネサンスを代表する画家

(Public Domain /‘Piero della Francesca’ by Giorgio Vasari. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

ピエロ・デラ・フランチェスカは1412年トスカーナ州のアレッツォ近郊の山間の村、ボルゴ・サンセポルクロに生まれた画家です。数学や幾何学にも才能を発揮したことで知られており、その理性的な作風は後世の画家たちに多大な影響を与えました。そんなピエロ・デラ・フランチェスカの生涯と作品とはどのようなものだったのでしょうか。

■ピエロ・デラ・フランチェスカとは

ピエロ・デラ・フランチェスカは1412年トスカーナ州のアレッツォ近郊の山間の村、ボルゴ・サンセポルクロに生まれました。父親は靴職人をしていたといわれています。若いころや修行時代についてはわかっていることが少ないものの、サンセポルクロの地方画家アントーニオ・ダンギアーリのもとで1430年代まで修行していたことが分かっています。

修業期間を終えると、ピエロはしばらくダンギアーリの助手として働き、その後1439年ごろにフィレンツェに赴き、ドメニコ・ヴェネツィアーノに師事したといわれています。ヴェネツィア-ノの作品はローマ芸術を取り入れたもので、色彩豊かな表現や明暗の扱いなど、他の画家とは一線を画した表現で人気を博していました。ピエロ作品にもヴェネツィア―ノの影響を見て取ることができます。

またピエロは画家としての顔のほかに、数学者としての顔も持っていました。晩年には「算術論」や「遠近法論」といった画法を数学的に分析した書物を3冊執筆しており、歴史的にみても数学や幾何学に打ち込み、またその研究の成果を作品に持ち込んだ最初の画家といえるでしょう。

ピエロはその後イタリア各地で制作に打ち込んだものの、その活動範囲は故郷とその周辺にとどまっていました。そうして数々の作品を制作し続けたピエロでしたが、1492年10月12日にサンセポルクロの自宅で76歳、あるいは77歳の生涯を閉じることとなります。

■ピエロ・デラ・フランチェスカの作品

ピエロの作品の特長はなんといっても幾何学的な視点が作品に取り入れられているという点であり、作品全体に非常に理知的で静謐な雰囲気を与えています。そうした幾何学的な視点をもちこんだのは、ピエロがはじめてであり、その後の芸術史に多大な影響を与えることとなります。そんなピエロ・デラ・フランチェスカの作品とはどのようなものだったのでしょうか。主要な作品を中心にご紹介します。

・《キリストの洗礼》 1448年-1450年

(Public Domain /‘The Baptism of Christ ’ by Piero della Francesca. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

本作品は1448年から1450年にかけて制作された作品で、現在はロンドン・ナショナル・ギャラリーに所蔵されています。描かれているのは、ヨルダン川で洗礼を受けるキリストの姿です。

キリストの姿が中心に描かれており、右側には洗礼者ヨハネの姿が描かれています。ヨハネの後ろでは、白いブリーフを着た男が水に浸かり、服を脱ごうと必死になっています。キリストの上には聖霊を象徴する鳩が飛んでおり、翼の形は空の雲に似せて描かれています。左側のクルミの木は、キリストの白い肌に似た淡い色の樹皮を持ち、黄金比に従って絵を分割しています。木の後ろには異なる衣服を着た3人の天使がいますが、この主題で伝統的に描かれてきたようにキリストを支えるのではなく、お互いの手を握りあっています。

・《聖十字架伝説》 1452年-1458年

(Public Domain /‘The Queen of Sheba’ by Piero della Francesca. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

本作品は1452年から1458年にかけて制作された作品で、現在はアレッツオのサン・フランチェスコ聖堂に設置されています。描かれているのは、キリスト教の聖者・殉教者たちの列伝であるヤコブス・デ・ウォラギネ著の『黄金伝説』から、エデンの園の木がイエス・キリストが磔刑を受けた十字架になったという『聖十字架伝説』の伝説です。

全体を見ると、フランチェスカがいかに色彩と遠近法に精通していたかがわかる作品です。幾何学的なディテールにも優れており、知識の多さがうかがえます。

・《キリストの復活》 1465年

(Public Domain /‘The Resurrection of Jesus Christ’ by Piero della Francesca. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

本作品は1465年に制作された作品で、現在はサンセポルクロ市立美術館に所蔵されています。描かれているのは、磔刑を受けて葬られたキリストが、三日目に石棺の中から蘇った奇跡の場面です。

手前では、墓の警備を命じられたローマの兵士たちが全員眠っていますが、彼らの体のつくりは非常に興味深いものになっています。例えば、寝転がっている兵士が描かれていますが、実際には寝ているときに維持できないはずのポーズをとっており、隣で槍を持っている兵士には足がありません。このことから、ピエロが実物に忠実であることよりも、見栄えの良い構図を作ることを重視していたことがわかります。

・《モンテフェルトロ祭壇画》 1472年-1474年

(Public Domain /‘The Brera Madonna’ by Piero della Francesca. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

本作品は1472年から1474年にかけて制作された作品で、現在はミラノのブレラ美術館に所蔵されています。もともとウルビーノ公フェデリコ・ダ・モンテフェルトロが息子グイドバルドの誕生を祝うために制作を依頼したもので、15世紀後半に中央イタリアの芸術家たちが行った、遠近法の研究を用いた模範的な成果が見られる作品です。

中央の聖母マリアは玉座の上に座り、眠っている我が子を抱いています。その周りには左から、洗礼者ヨハネ、聖ベルナルディーノ、石で胸を打つ聖ヒエロニムス、聖フランシスコ、頭に傷を負った殉教者ペテロ、伝道者ヨハネ、大天使たちが描かれています。聖母子の前には、軍の司令官の格好をしたフェデリコ・ダ・モンテフェルトロが跪いています。

・《セニガリアの聖母》 1470年

本作品は1470年に制作された作品で、現在はウルビーノのドゥカーレ宮に所蔵されています。もともとセニガニア郊外の教会で発見されたため、このように呼ばれるようになりました。

フランチェスカの光の扱いのうまさとフランドルの巨匠による影響が、リネンのガーゼを使った籠、珊瑚、聖母の頭を覆う布などの細部に表れています。左側の窓から差し込む光は、聖母の受胎を象徴しています。籠の中の麻布は聖母の純潔を暗示しており、幼子イエスが身につけている珊瑚のペンダントは、聖体の犠牲を暗示しています。

■おわりに

ピエロ・デラ・フランチェスカは初期ルネサンス時代に活躍した画家であり、また数学や幾何学の研究者としての側面も持ち合わせていた人物です。ピエロはそうした幾何学的な視点を作品にもちこみ、正確な遠近法を駆使した表現や、調和のとれた構成の作品を何点も制作しました。

ピエロの作品は故郷であるサンセポルクロ周辺の聖堂や教会、美術館などに所蔵されており、世界中から訪れる人々を魅了し続けています。

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

関連記事一覧