ヒエロニムス・ボス:初期ネーデルランドを代表する画家

(Public Domain /‘Portrait of Hieronymus Bosch.’ by Jacques Le Boucq. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

ヒエロニムス・ボスは1450年ごろ、ブルゴーニュ領だったネーデルランド、スヘルトーヘンボスに生まれた画家です。初期ネーデルランドを代表する画家であるとともに、幻想的な表現で社会風刺を描いた作品は同時代の画家はもちろん、後世の画家たちに多大な影響を与えました。そんなヒエロニムス・ボスの生涯と作品とはどのようなものだったのでしょうか。

■ヒエロニムス・ボスとは

ヒエロニムス・ボスは1450年ごろ、ブルゴーニュ領だったネーデルランド、スヘルトーヘンボスに生まれました。アーケン一族は画家一族として知られており、祖父はヤン・ファン・アーケン、父親はアントニウスといい、アーケン一族からは多数の画家たちが輩出されました。

ボスの本名はイェルーン・ファン・アーケンといい、「ヒエロニムス・ボス」という名前はいわゆるあだ名にあたります。「ボス」は生涯暮らした町スヘルトーヘンボスの通称である「Den Bosch」に由来したものと考えられており、また「ヒエロニムス」は荒野で修業したことで知られ、画家たちに主題として非常に好まれたキリスト教の聖人聖ヒエロニムスに由来するものと考えられているものの、根拠があるものではありません。

ボスの初期の経歴はほとんど分かっていないものの、アーケン一族が画家であったためおそらくボスは父親や祖父、兄弟などから絵画の基礎を学んだと考えられています。またアーケン一族は地元の名士であり、父親は宗教慈善団体の美術顧問を務めていました。この団体はヨーロッパ全土に広がっており、7000人ほどの会員を有していたことから、ボスもおそらくこの団体を通して依頼を受けるようになったのだと考えられます。

1478年になるとボスは独立し、また1479年から1481年の間にはアレイト・ホヤールト・ファン・デ・メルヴェンヌと結婚したことが分かっています。メルヴェンヌは上流階級の出身であり、ボスも彼女と結婚したことで経済的余裕を手に入れることができました。このころからボスの作品には独特の奇怪な世界観が見え隠れするようになっていきます。

1486年か1487年には父親が美術顧問を務めていた宗教団体の正式なメンバーとなり、会の依頼で作品制作を行うようになります。1482年ごろには《最後の審判》 を、1489年には《荒野の洗礼者ヨハネ》を制作。このころからボスらしい奇怪なモチーフが現れるようになっていきます。

その後はキリスト教やネーデルランドのことわざなどをモチーフとした作品を描き、その独特の表現と世界観から初期ネーデルランドを代表する画家として評価されるようになっていきました。ボスは1516年8月9日に亡くなっていますが、最晩年まで筆を握っていたことが分かっており、制作意欲にあふれた人物であったことが伺えます。

■ヒエロニムス・ボスの作品

ヒエロニムス・ボスは父親の宗教団体のメンバーからの依頼はもちろん、ヨーロッパ各地の王侯貴族からも依頼を受け、多数の作品を制作しました。その独特の世界観は瞬く間に有力者たちの気に入るところとなり、特にスペインのフェリペ2世はボスの絵画の熱狂的な愛好者であったことで知られています。ボスの作品は各地に所蔵されていたものの、16世紀の宗教改革運動で破壊、あるいは紛失してしまったため、現在では30点ほどしか現存していません。そのためボス作品の研究を進めるのは難しく、西洋美術史上でも謎の多い画家とされています。

・《七つの大罪と四終》 1505年-1510年

(Public Domain /‘The Seven Deadly Sins’ by Hieronymus Bosch. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

本作品は1505年から1510年にかけて制作された作品で、現在はマドリッドのプラド美術館に所蔵されています。木製のパネルに油彩で描かれており、円形のイメージで表現されています。死、審判、天国、地獄をテーマにした4つの小さな円が一つの大きな円を取り囲んでおり、その中には7つの大罪が描かれています。

大きな円の縁には、キリスト教における7つの大罪が描かれています。左から時計回りに、酔っぱらいが瓶の酒を飲んでいる様子と太った男が幼い息子の嘆願に耳を貸さずに貪欲に食事をしている様子が描かれている「大食」、暖炉の前で居眠りをしている怠惰な男の前に尼僧が現れ、彼に祈ることを思い出させようとしている様子が描かれている「怠惰」、ピンクのテントの中でピクニックを楽しむ二組のカップルとその前で彼らを楽しませようとしている二人のピエロの様子が描かれている「淫欲」、こちらに背を向け、悪魔が掲げている鏡で自分のことを見る女性の様子が描かれている「傲慢」、酔っぱらった二人の農民の喧嘩を女性が、仲裁しようとする様子が描かれている「憤怒」、扉口に立っている夫婦が、鷹を連れた金持ちの男と彼の重い荷物を運ぶための使用人を見ている様子と、夫婦の娘が大きな財布を持っている男性を口説いている様子が描かれている「嫉妬」、一方の当事者が訴訟した事件に同情的に耳を傾けるふりをし、他方の当事者からの賄賂受け取る裁判官の様子が描かれている「貧欲」で構成されています。

・《聖アントニウスの誘惑》 1500年-1505年頃

(Public Domain /‘The temptation of Saint Anthony’ by Hieronymus Bosch. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

本作品は1500年から1505年頃に制作された作品で、現在はリスボンの国立古美術館に所蔵されています。邪悪なものに包まれた風景の中に、キリスト教の聖人である聖アントニウスが描かれています。祭壇画を構成する3つのパネルには、聖アントニウスの飛翔と転落、聖アントニウスの誘惑、聖アントニウスの瞑想のエピソードが描かれています。両翼が閉じられたときに見られる2つのパネルには、キリストの捕縛と十字架を運ぶキリストのエピソードが描かれています。

ボスの作品の中でも最も繰り返されてきたテーマである、地上世界を支配する邪悪なものに直面したときの人間が受ける誘惑と孤独が表現された作品です。肉体的、精神的に苦悩しながらも信仰を貫いた精神的な英雄として描かれている聖アントニウスが印象的でしょう。

・《最後の審判》 1482年ごろ

(Public Domain /‘The Last Judgment’ by Hieronymus Bosch. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

本作品は1482年ごろに制作された作品で、現在はウィーン美術アカデミー付属美術館に所蔵されています。三連祭壇画である本作品の左側のパネルにはエデンの園の様子が、中央のパネルには最後の審判の様子が、右側のパネルには、悪人たちが罰せられる地獄絵図が描かれています。

人類の最後の日を描いたこの作品は、呪われた人々と、なぜ彼らが地獄で朽ち果てるに値するのかということだけを描いています。神がどれほど大きな、絶対的存在であるかを思い出させるような作品です。最後の審判では悪者にも善者にも平等な配慮が与えられました。

左側のパネルは、私たちの最初の大罪、神が食べることを禁止していたリンゴを食べてしまったことに焦点を当てています。中央のパネルでは、イエスが人間の七つの大罪へのこだわりに直面している様子が描かれています。右側のパネルは地獄そのもので、炎と悪魔によって支配された暗い風景の中で、拷問の場面が描かれています。

■おわりに

ヒエロニムス・ボスは初期ネーデルランドを代表する画家であり、その幻想的かつ奇怪な表現でもって独特の世界観を表す作品を残した人物です。ボスが主題としたのはキリスト教の主題や初期ネーデルランドのことわざなどでしたが、その表現はそれまでの画家はもちろん、同時代の画家たちにも見られないものでした。そうした意味では後世の画家だけでなく、芸術家や文化人にも影響を与えた偉大な画家ということができるでしょう。

ヒエロニムス・ボスの作品は後補や修復が多いことから、オリジナルの作品と判別するには難しい作品も複数存在します。また模写も数多く存在することから、帰属に関しては論争が続いている作品も数多くあり、いまだにその全貌が明らかにならない謎の画家といえるでしょう。そんなヒエロニムス・ボスの作品は最大の愛好者であったフェリペ2世のコレクションがあったことからスペインの美術館を中心に所蔵されており、世界中から訪れる人々を魅了し続けています。

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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