ジェラール男爵美術館:ローマ時代から印象派と幅広いコレクションが楽しめる美術館

ジェラール男爵美術館はフランスのバイユーにある美術館で、1793年に開館しました。ローマ時代を起源とするバイユーの遺跡や硬貨といった考古学的な展示に加え、印象派の巨匠ギュスターヴ・カイユボットといった近代の画家たちの作品も所蔵しており、非常に充実したコレクションを有しています。そんなジェラール男爵美術館の歴史と所蔵品について詳しく解説していきます。

ジェラール男爵美術館とは

ジェラール男爵美術館のあるフランス、バイユーはノルマンディー地域圏のカルヴァドス県にある都市で、東のカーンと西のコタンタン半島の付け根との間にあります。ローマ時代から交通の拠点として栄えており、各所ではそのころの遺跡や硬貨などが出土しています。

そんなバイユーに美術館が設立されたのは、1793年のことでした。当時はフランス革命のさなかで、タペストリーの制作で有名だったバイユーの文化を保護するために設立された芸術委員会の働きによって設立されることとなりました。

(Public Domain /‘La Nouvelle Chambre” : “Gérard’ by Maurice Dulac. Image via WIKIMEDIA COMMONS)
(アンリ・アレクサンドル・ジェラール)

その後1900年までは中世美術の傑作を収集していましたが、1899年になるとフランソワ・ジェラールの相続人であるアンリ・アレクサンドル・ジェラールによってジャック=ルイ・ダヴィッドやアントワーヌ=ジャン・グロといった作家たちの作品が所蔵され、徐々にコレクションは充実したものになっていきました。

ジェラール男爵美術館のコレクション

ジェラール男爵美術館では通年で展覧会を行っていますが、特に常設展は非常に充実しています。ローマ時代の遺跡から発掘された豊富な史料が展示されており、美術館というよりも考古学博物館のような様を見せています。また中世の宗教画やバロック時代の家具、バイユーの主要産業であったレースの展示などもあり、見るものを飽きさせません。

そんなジェラール男爵美術館に所蔵されている作品について、詳しく解説していきます。

(Public Domain /‘Sappho at Leucate’ by Antoine-Jean Gros. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

《ルカートのサッフォー》 1801年 アントワーヌ=ジャン・グロ

本作品は1801年にアントワーヌ=ジャン・グロによって制作された作品で、古代ギリシアの女性詩人サッフォーを描いたものです。

幼いころから絵画に興味を抱いていたグロは1785年にジャック=ルイ・ダヴィッドのアトリエに通い、1792年にはローマ賞に作品を出品。その際はグランプリを取ることはできなかったものの、エコール・デ・ボザールの推薦で国民公会の肖像画制作の仕事を請け負うなど、徐々に名をあげていきました。しかしフランス革命の進行によって国内にとどまることが危なくなり、グロはイタリアに居を移すことになります。そののちにフランス皇后となるジョセフィーヌの紹介でナポレオンに会い、《ヤッファのペスト患者たちを見舞うナポレオン》や《アブキールの戦い》、《アイラウの戦い》といったナポレオンを主題とした作品を制作し、一躍名声を得ます。ナポレオン失脚後も国王の公式な肖像画家として制作にあたっていたものの、自らの創造性の衰えを悲観したグロは1835年、セーヌ川に身を投げて自殺してしまいます。

本作品はグロが故郷であるパリに帰国し、ナポレオンの偉業をたたえる歴史画家として制作活動にあたっていたころの作品で、ロマン主義らしいドラマチックさの中に静寂を感じ取ることのできる作品となっています。

サッフォーは古代ギリシアの女性詩人です。プラトンはサッフォーの詩を高く評価し「十番目のムーサ」と呼んで称賛していました。詩人として活躍する一方で、若い女性しか入れない学校を創り、女性に対する愛の詩などを多く残しています。またある伝説によればサッフォーはレウカディアンの崖から飛び降りて自殺したといわれており、本作はそんなサッフォーの最期の姿を描いたものと考えられます。

作中では雲間から満月が垣間見える夜、サッフォーがまさに身を投げんとする姿が描かれています。サッフォーは白いドレスに身を包み、竪琴を抱きかかえています。その表情は静かなものであり、自らの死を受け入れているかのようです。ロマン主義らしい劇的な表現であるとともに、月の柔らかな光と見張り台で灯る炎が対比的に表現されており、作品全体にコントラストを与えています。

(Public Domain /‘Portraits à la campagne’ by Gustave Caillebotte. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

《田舎の肖像》 1875年 ギュスターヴ・カイユボット

本作品は1875年にギュスターヴ・カイユボットによって制作された作品で、フランスの田舎でそれぞれの趣味にふける女性たちを描いた作品です。

カイユボットは1848年フランス・パリに生まれた画家です。カイユボットの父は軍服を製造する会社を経営するとともに、セーヌ県の商業裁判所の裁判官でもあり、カイユボット家は経済的に非常に恵まれていました。カイユボットはリセ・ルイ=ル=グランに通った後、法学部を卒業して弁護士免許を取得。その後普仏戦争で徴兵され、国民動員衛兵として従軍しています。

戦争が終結するとレオン・ボナの画塾に通い始めるようになり、1873年にはエコール・デ・ボザールにも入学しています。こうしたアカデミック絵画を学ぶ一方で、ルノワールやモネ、アルフレッド・シスレーといった印象派の画家たちとも交流を結ぶようになり、自らも制作する一方こうした画家たちの作品を購入するパトロンとしての役割も果たすようになっていきました。

カイユボットの作品と言えば《ヨーロッパ橋》や《パリ通り:雨の日》といった都市を描いた作品が有名ですが、本作品はフランスの田舎で思い思いの時間を過ごす女性たちが描かれている作品となっています。女性たちはカイユボットの母や従兄、おば、そして家族の友人たちなどがモデルとなっており、縫物や読書などに没頭している様子が描かれています。都市を描いた作品ではより平面的で滑らかなタッチで描いているのに対し、《田舎の肖像画》はルノワール作品のようなタッチで描かれており、カイユボットが印象派の画家たちの描き方をよく研究していたことがわかります。

おわりに

ジェラール男爵美術館はフランス、バイユーにある美術館で、美術館としては珍しくローマ時代からの遺跡から発掘された出土品をはじめ、ギュスターヴ・カイユボットといった印象派の画家たちの作品にいたるまで、考古学的な史料と美術品を所蔵・展示している美術館です。ほかにもバイユーの主要な産業であったレース織や家具、中世の宗教画など、そのコレクションは多岐にわたっており、美術館というよりもバイユーの歴史を知るために重要な場所といえるでしょう。

またその展示空間はそれぞれの時代を考慮した非常にユニークな展示となっており、学芸員の創意工夫が楽しめるようになっています。バイユーはパリから遠く離れ、決してアクセスが良いとは言えませんが、風光明媚な風景を楽しみながら芸術作品に触れられる経験はこの地ならではといえるでしょう。フランスを訪れた際には、ぜひ訪れてみてはいかがでしょうか。

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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