ジヴェルニー印象派美術館:クロード・モネの作品が楽しめる美術館

ジヴェルニー印象派美術館はフランスのジヴェルニーにある美術館で、2009年に開館しました。テラ・アメリカン・アート財団がパリに拠点を移すことになったのをきっかけとして開館した美術館であり、印象派の作品、特にクロード・モネの作品のコレクションには定評があります。そんなジヴェルニー印象派美術館の歴史とコレクションについて詳しく解説していきます。

ジヴェルニー印象派美術館とは

ジヴェルニー印象派美術館があるジヴェルニーはパリからおよそ70kmの距離、セーヌ川とエプト川が合流するヴェルノンの東5kmに位置するノルマンディー地方の小さな町です。印象派の巨匠クロード・モネが1883年から定住していたことでも知られています。モネは「睡蓮」シリーズを描き、この土地を世界に知らしめたことで、印象派の代表的な村となりました。

こういった背景から、セオドア・ロビンソンやデニス・ミラー・バンカーなど、ノルマンディーの風景画を中心に印象派の原理を適用しようとするアメリカ人画家たちが、ジヴェルニーにはすぐに集まってきました。それから1世紀後、アメリカの実業家であり、偉大なコレクターであったダニエル・J・テラは、これらのアメリカ人画家の作品を持ち帰り、テラ・アメリカン・アート財団の拠点として1992年にジヴェルニーにアメリカン・アート美術館を開館させました。2009年、この美術館はジヴェルニー印象派美術館となり、印象派の歴史、特にジヴェルニーでの印象派の歴史と、その国際的な普及について展示するようになりました。

ジヴェルニー印象派美術館の建築

ジヴェルニー印象派美術館の建築はフィリップ・ロベールとレイシャン・エ・ロベールの事務所が設計を担当し、1992年に完成しました。敷地の斜面に溶け込むように2階建てに設計されており、落ち着いた雰囲気の建物です。ガラス面、部分的に生い茂った石灰岩の壁、緑の平屋の屋根が外観を構成しています。

建物内には、1階にはチケット売り場とミュージアムショップを備えた広々としたエントランスエリア、3つの大きな展示室が段々に配置された展示室、屋外テラス付きのレストランがあります。地下には、約200人用の会議室やコンサートホール、小さな展示室があります。館内には、画家リラ・キャボット・ペリーの旧宅など、他にもいくつかの建物がありますが、これらの建物は見学者には開放されていません。

ジヴェルニー印象派美術館のコレクション

ジヴェルニー印象派美術館では印象派の画家の作品はもちろん、ジヴェルニーを描いた画家たちの作品も所蔵しています。そうした意味ではさまざまな画家たちの目に映った、美しいジヴェルニーを一度に楽しむことができる美術館といえるでしょう。以下ではそんなジヴェルニー印象派美術館のコレクションについて詳しく解説していきます。

《雪のパリ東駅》 1917年 マクシミリアン・リュス

本作品は1917年にマクシミリアン・リュスによって描かれた作品で、雪の降るパリ東駅とその前を行き交う人々が描かれています。

(Public Domain /‘Portrait of the Artist’ by Maximilien Luce. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

マクシミリアン・リュスは1858年モンパルナスに生まれました。幼いころから芸術に居身を示し、14歳で木版画職人の弟子となり3年間見習いとして働く一方で、夜は工芸学校で絵を学んでいました。その後も国立ゴブラン製造所の絵画の教授であったディオジェーヌ・マイヤールから学び、1876年には版画家フロマンの工房で挿絵入り新聞である「イリュストラシオン」のための木版画などを作るようになります。しかし多色版画の技術が発展したこともあり、徐々に自らの木版技術が時代遅れになっていることに気が付いたリュスは、版画から絵画を制作するようになっていきます。

このころジョルジュ・スーラが点描技法を試みており、リュスも点描で作品を制作するようになります。リュスの点描作品はきわめて完成度が高く、徐々に画家として名を成すようになっていきました。1887年からモンマルトルに住むようになると、アンデパンダン展に作品を出品。それをきかっけとしてカミーユ・ピサロやポール・シニャック、アルマン・ギヨマンといった印象派の画家たちと交流するようになり、1889年の20人展ではピサロと共に作品を出品しています。その後は毎年アンデパンダン展に出品し、1941年にパリで亡くなります。

本作品はリュスが画家としての地位を確立したころに描かれた作品であり、雪の降る様子や遠景に描かれた人々は点描を用いて表現しているようです。赤と紫の空はこれから訪れる夜を示しているかのように徐々に暗くなっており、通りを行き交う人々は足早に帰路を急いでいます。人々の表情は詳細には描かれていないものの、子どもの手を引く母親や立ち話をする男性たちの姿はパリの日常の様子であり、実に自然に描かれています。

《小麦畑と白い太陽》 1914年 モーリス・ドニ

本作品は1914年にナビ派の画家であるモーリス・ドニによって描かれたものであり、小麦畑で働く労働者を描いた作品です。

(Public Domain /‘Maurice Denis’ by Henri Manuel. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

モーリス・ドニは1870年にフランスのグランヴィルに生まれた画家です。エコール・デ・ボザールやアカデミー・ジュリアンに通い、ポール・セリュジエやピエール・ボナールといった将来のナビ派のメンバーとなる画家たちと出会い、1890年にはヘブライ語で預言者を表す「ナビ」派を結成。この名前には新しい表現を作り出すという意志が現れているといわれています。1890年代の末にはグループは方向性を違えてバラバラになってしまいますが、その独特の表現はのちの画家たちに大きな影響を与えました。

本作品はナビ派の表現らしく、平面性を重視した作品で、上部には白い太陽とその太陽から発せられる光の輪が、そして中景には海と森が描かれ、下部には小麦畑とそれを借り入れる3人の人々が描かれています。全体的にシンメトリーのように描かれており、太陽の輝きとまっすぐ天に向かって伸びる麦の形が作品全体に調和を作り出しています。また燦燦と光る太陽の下で働く労働者の姿は血色の良いピンクで表されており、ドニの労働に対する賛美の意志が読み取れる作品となっています。

おわりに

ジヴェルニー印象派美術館は印象派の作品はもちろん、印象派の巨匠クロード・モネが愛したジヴェルニーを描いた他の画家の作品も所蔵している美術館であり、ジヴェルニーという土地をさまざまな観点から考察できる美術館であるといえるでしょう。

また美術館そのものも自然光で作品を楽しめる環境となっており、まさに印象派の作品を楽しむための美術館と言えます。また庭園もジヴェルニーの自然を楽しめる趣向を凝らしたものとなっており、展示はもちろん、散策しても楽しめる場所となっています。

ジヴェルニー印象派美術館はパリから西に80キロと決してアクセスが良いとは言えませんが、印象派に関心のある方にとっては必ず訪れたい土地であるはずです。ジヴェルニーを訪れた際には、ぜひ訪れてみてはいかがでしょうか。

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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