グラネ美術館:エクス・アン・プロバンスの美しい美術館

グラネ美術館は1777年エクス=アン=プロバンスで生まれたフランソワ・マリウス・グラネのコレクションをもとに設立された美術館で、600点を超える絵画や彫刻作品が所蔵されています。特にフランス近代絵画は傑作ばかりであり、フランスを代表する美術館といえるでしょう。以下ではグラネ美術館の歴史とコレクションについて詳しく解説していきます。

グラネ美術館とは

グラネ美術館は17世紀に建てられたマルタの宮殿を1825年に市が買い取り、1838年に美術館として開館しました。コレクションはもともとエクス=アン=プロバンスに生まれた新古典主義の画家フランソワ・マリウス・グラネから遺贈されたものからはじまり、現在ではフランス近代絵画の重要なコレクションを形成するまでになりました。

(Public Domain /‘Portrait of François Marius Granet’ by Jean-Auguste-Dominique Ingres. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

フランソワ・マリウス・グラネとは

そんなグラネ美術館の創設の父となった、フランソワ・マリウス・グラネとはどういった人物なのでしょうか。グラネは1777年エクス=アン=プロバンスで左官工の家に生まれます。父親の絵画コレクションを模写することで絵画に興味を抱くようになっていきました。

エクスの美術学校で学んだ後、1796年にはパリに転居し、新古典主義の巨匠ジャック=ルイ・ダヴィッドに師事。1802年にはローマに赴き、古代の遺跡や芸術家の生涯などを主題として作品を制作するようになっていきます。またグラネは壁画や教会や修道院の内部装飾の仕事を多く手掛けており、絵画作品にもその影響がみられるようになっていきます。

1819年にフランスに帰国すると、1826年にはルーブル美術館の絵画部門の学芸員に、1830年にはヴェルサイユ宮殿美術館の館長に任命され、まさにフランスを代表する画家となっていきました。1848年のフランス2月革命の際にはエクスに戻り、1849年には71歳の生涯を閉じています。その際アトリエや絵画コレクションはエクス市に遺贈され、グラネ美術館が開館されることとなったのです。

グラネ美術館のコレクション

グラネ美術館ではフランソワ・マリウス・グラネの絵画コレクションから始まり、グラネの作品はもとよりセザンヌやレンブラント、ピカソやクレーなど19世紀から20世紀にかけての巨匠たちの作品を所蔵しています。またエクス=アン=プロバンスは近代絵画の父と呼ばれるポール・セザンヌが生まれた町としても知られており、彼の絵画が8点所蔵されています。そんなグラネ美術館の主要な所蔵品について詳しく解説していきます。

(Public Domain /‘Jupiter and Thetis’ by Jean-Auguste-Dominique Ingres. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

《ユピテルとテティス》 1811年 ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル

本作品はフランスに生まれた新古典主義の画家ジャン・オーギュスト・ドミニク・アングルによって描かれました。アングルは12歳の時にトゥールーズのアカデミーに入学、1797年にはパリに出て、新古典派の巨匠ジャック=ルイ・ダヴィッドに師事することになります。

1801年には《アキレウスのもとにやってきたアガメムノンの使者たち》で当時の若手画家の登竜門であったローマ賞を受賞します。ローマ賞受賞者には国費でのイタリア留学が許可されており、1806年にローマに赴いています。グラネ美術館の創設者であるフランソワ・マリウス・グラネとはこのころ出会ったと思われます。1824年までイタリアに滞在し、フランスに帰国。その後はフランス絵画史にのこる巨匠として《玉座のナポレオン》や《グランド・オダリスク》といった傑作を残しました。

本作品は、アングルが長いイタリア留学に赴いている間に描かれた作品と考えられます。描かれているのはギリシア神話の全知全能の神「ゼウス」と同一視されるローマ神話の主神ユピテル、そして海の女神であるテティスです。

テティスはプティーアの王ペーレウスと結婚し息子アキレウスを出産したものの、アキレウスは死の予言を受けていたため、テティスは彼を何かと気にかけていました。そんな時トロイア戦争が勃発し、アキレウスは戦に赴くことになります。

トロイア戦争の際、ギリシアの支配者であったアガメムノンは、アキレウスとギリシア軍10万人を率いて遠征に向かいます。しかし褒章として与えられる女性を巡り、アガメムノンとアキレウスは喧嘩になってしまいます。怒ったアキレウスは戦争を放棄して帰国の途に就いてしまいました。

息子の状況を知ったテティスはユピテルの下に赴き、アガメムノンの敵であるトロイア軍への加勢を懇願します。ユピテルは願いを聞き入れ、その結果アガメムノン率いるトロイア軍は苦戦するようになります。

本作品はそんなテティスがユピテルに懇願する様子を描いたものです、ゼウスは豪奢な装飾がなされた椅子に腰かけ、まっすぐにこちらを向いています。テティスはユピテルの膝とあごに手をかけ懇願するものの、その視線はかみ合っておらず、その交渉の難しさを表しているかのようです。

(Public Domain /‘Portrait of Emile Zola’ by Édouard Manet. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

《エミール・ゾラの肖像》 1862-1864年頃 ポール・セザンヌ

本作品は近代絵画の父ポール・セザンヌによって1862年から1864年にかけて制作された作品で、親友であったエミール・ゾラがモデルとなっています。

セザンヌは当初銀行家であった父親の希望にしたがって法学部に通っていたものの、中等学校で知り合ったエミール・ゾラと親友になり、絵家を志してパリに出ることになります。1861年パリに出ると、のちの印象派のメンバーとなるピサロやモネ、ルノワールと交流を持ち、その一方でサロンに応募を重ねました。その後セザンヌは数々の傑作を残し、印象派の巨匠として名前を残したことはもちろん、20世紀の新しい表現であるキュビスムにも影響を与えました。

またモデルとなっているエミール・ゾラは1840年生まれのフランス人小説家で、イタリア人技術者である父とフランス人である母の一人息子としてパリに生まれました。作家を目指してロマン主義的な作品を執筆する一方で、印象派の画家を擁護する批評も多数発表しています。本作品ではそんなゾラの横顔が描かれており、若き小説家の物憂げな表情が印象的です。

(Public Domain /‘Pumpkin harvest at Malvalat’ by François Marius Granet. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

《かぼちゃの収穫》 1796年頃 フランソワ・マリウス・グラネ

本作品はフランソワ・マリウス・グラネによって1796年頃に制作された作品で、生まれ故郷のエクスでのかぼちゃの収穫の様子が描かれています。新古典主義や明暗の強いオランダ絵画のスタイルで有名なグラネですが、本作品においては非常にやわらかな光で収穫の様子が描かれており、画家が故郷に向けるまなざしの優しさを感じることができます。

おわりに

グラネ美術館はフランソワ・マリウス・グラネの絵画コレクションから始まり、セザンヌやレンブラント・ピカソ、クレーなど19世紀から20世紀を代表する巨匠たちの作品を所蔵している美術館です。多くの画家が理想とした風光明媚なエクス=アン=プロバンスの風景を楽しみながら、こうした巨匠たちの作品を楽しめるのはグラネ美術館ならではといえるでしょう。エクスを訪れた際にはぜひ立ち寄ってみてはいかがでしょうか。

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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