ファーブル美術館:15世紀から18世紀の傑作を所蔵する美術館

ファーブル美術館はフランスのモンペリエにある美術館であり、1828年に開館しました。画家であり美術コレクターでもあったフランソワ=グザヴィエ・ファーブルのコレクションをもととして開館し、その後は個人コレクターからの寄贈を主として充実したコレクションを築き上げていきました。そんなファーブル美術館の歴史とコレクションについて詳しく解説していきます。

■ファーブル美術館とは

ファーブル美術館はフランスのモンペリエにある美術館で、1828年に開館しました。モンペリエはフランスの南部に位置する都市でオクシタニー地域圏、エロー県の県庁所在地にあたります。またモンペリエ大学の所在地として中世から学問の拠点としても栄えてきました。

(Public Domain /‘Self-portrait’ by François-Xavier Fabre. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

そんなモンペリエにあるファーブル美術館は、画家であり美術コレクターでもあったフランソワ=グザヴィエ・ファーブルのコレクションがきっかけとなって開館しました。フランソワ・=グザヴィエ・ファーブルは1766年にモンペリエで生まれ、パリでは新古典主義の巨匠ジャック=ルイ・ダヴィッドに学び、1787年には当時若手画家たちの登竜門だったローマ賞を受賞し、ローマに滞在してイタリア芸術を学んでいます。

1793年には南イタリアのフィレンツェやナポリに移り、1800年からはフィレンツェの芸術アカデミーの教授として若手画家たちの教育に当たりました。1826年には故郷であるモンペリエに戻り、地元の美術学校や図書館などの創設に貢献します。ファーブル美術館は、こうした活動の一環として設立されました。1828年にはシャルル10世からレジオンドヌール勲章を受章し、バロンの称号を得ています。

■ファーブル美術館のコレクション

ファーブル美術館のコレクションは、画家であるフランソワ=グザヴィエ・ファーブルのコレクションがもととなっています。ファーブルがイタリア滞在の折に収集した名品の数々は、1825年にファーブルの故郷であるモンペリエに寄贈されることとなり、その3年後にマシリアン邸を改装して美術館が開館することとなりました。ファーブルはこの際、初代館長を引き受けています。

その後も寄贈を受けたり改装を行ったりしながら、現在、コレクションには絵画1800点、彫刻300点、素描4000点、彫刻1500点、ほか数千点の美術品が含まれています。そのうち展示されているのは900点のみです。

そんなファーブル美術館のコレクションには、どのような作品が含まれているのでしょうか。主要な作品をご紹介します。

(Public Domain /‘The Bathers’ by Gustave Courbet. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

・《浴女たち》 1853年 ギュスターヴ・クールベ

本作品は1853年にギュスターヴ・クールベによって描かれた作品で、写実主義の精神のもと描かれた裸体画として大変な話題となりました。

ギュスターヴ・クールベは1819年にフランスのオルナンに生まれた画家で、21歳の時にソルボンヌ大学の法学部に入学したものの、自身は芸術家になることを志しており、アカデミー・シェイスやルーブル美術館で模写をしては作品を制作していました。その後《オルナンの埋葬》や《画家のアトリエ》、《出会い》などの作品を制作し、見たものをそのまま描くという写実主義に則った作品であるとして大変な注目を集めます。この頃、マルクスとエンゲルスによる「共産党宣言」が刊行されたことにも表れているように、社会主義や共産主義が台頭しており、貧困や社会的不平等に注目が集まっていました。クールベの作品はそうした時代の風潮も受けて、高い評価を受けるようになっていきます。

本作品はそんなクールベの作品のひとつで、豊かな森の風景の中、何やらやりとりをしている二人の女性が描かれています。左下に描かれている池から出たばかりのように見えるふくよかな裸の女性は、こちら側に背を向けて立っています。美術史家ヴェルナー・ホフマンによれば、彼女は「ノリ・メ・タンゲレ」の中でのキリストの典型的なポーズをとっており、座っているメイドらしき女性に向かって腕を伸ばしています。

クールベは、アカデミック美術の規範とロマン主義の美学が時代遅れであると考え、それに反論しようとしました。伝統的な規範を否定して描かれているこの作品は、中央の裸体の女性と背景のスケッチ的な風景が公式の芸術規範に反しているとして、美術評論家から満場一致で批判されました。

(Public Domain /‘Portrait of Frédéric Bazille Painting’ by Pierre-Auguste Renoir. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

・《イーゼルで絵を描くフレデリック・バジール》 1867年 ピエール=オーギュスト・ルノワール

本作品はピエール=オーギュスト・ルノワールによって1867年に描かれた作品で、友人の画家であったフレデリック・バジールがモデルとなっています。

ピエール=オーギュスト・ルノワールは1841年にフランス中南部のリモージュに生まれた画家です。1861年には画家になることを決意してシャルル・グレールの画塾に入り、クロード・モネやアルフレッド・シスレーといった画家たちに出会っています。そのなかにはフレデリック・バジールも含まれており、切磋琢磨しながら作品制作に励んでいました。1864年にはサロン・ド・パリに入選したものの、パリ・コミューンの混乱にあって以降は落選が続き、ルノワールはモネやピサロと共にサロンから独立したグループ展を開催。のちに「第一回印象派展」と呼ばれることとなる展覧会が開かれることとなります。その後は光や風の動きを重視した少女や女性の姿を多く描いており、晩年はリウマチに悩まされたものの最期まで制作を続けました。

本作品はルノワールがはじめてサロンに入選した年である1848年に描かれた作品で、ヴィスコンティ通りのアトリエでの友人フレデリック・バジールの肖像を描いています。バジールは絵の具で汚れた灰色のスーツに身を包み、現在ファーブル美術館に展示されている「鷺のいる静物画」を描いています。

絵画の配置、水平性の強調、灰色の使用は、エドゥアール・マネの描いた《エミール・ゾラの肖像》に似ています。靴の赤色や頬のピンク色を除いて、支配的な2色を限定的に使用しているため、灰色と茶色の単色性が見られる作品です。

■おわりに

ファーブル美術館はフランスのモンペリエにある美術館で、モンペリエで生まれた画家フランソワ=グザヴィエ・ファーブルのコレクションをもとに開館しました。15世紀から18世紀の巨匠たちの作品が所蔵されており、とくにギュスターヴ・クールベやフレデリック・バジール、ジャック=ルイ・ダヴィッドの代表作が所蔵されている点で有名です。

モンペリエはパリから最速でも3時間半かかり、決してアクセスが良い土地ではありませんが、地中海性気候の風光明媚な土地であり、訪れる価値のある場所です。モンペリエを訪れた際には、ぜひファーブル美術館を訪ねてみてはいかがでしょうか。

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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