ピカルディー美術館:ピエール・ピュヴィス・ド・シャヴァンヌの記念碑的なフレスコ画が楽しめる美術館

ピカルディー美術館はフランスのアミアンにある美術館で、1802年に開館しました。15世紀から18世紀の絵画コレクションには定評があり、特に象徴主義の画家ピエール・ピュヴィス・ド・シャヴァンヌの装飾作品を鑑賞できることで有名です。そんなピカルディー美術館の歴史とコレクションについて、詳しく解説していきます。

■ピカルディー美術館とは

ピカルディー美術館はフランスのアミアンにある美術館で、1802年に開館しました。アミアンはフランスの北部に位置するコミューンで、ソンム県の県庁所在地にあたります。またパリやリール、ブリュッセルからアクセスが良いことから観光客にも人気があり、アミアン大聖堂やル・サーク・ミュニシパルは特に人気のある観光名所となっています。

そんなアミアンにあるピカルディー美術館はアミアン条約の締結の年にあたる1802年に開館しました。アミアン条約はナポレオン戦争の講和条約で、イギリスとフランスとの間で結ばれました。この講和条約の際にナポレオンがアミアンに絵画コレクションを贈っており、そのコレクションが発端となってピカルディー美術館が開館することとなりました。そのためピカルディー美術館はナポレオン美術館と呼ばれた時期もあったのです。

■ピカルディー美術館のコレクション

ピカルディー美術館のコレクションは15世紀から18世紀の絵画作品が中心となっていますが、バルテュスやフランシス・ピカビアといった近代美術の傑作も所蔵しています。特に注目したいのは象徴主義の画家ピエール・ピュヴィス・ド・シャヴァンヌの作品で、彼が手がけた内部装飾も鑑賞することができます。そんなピカルディー美術館のコレクションには、どのような作品が含まれているのでしょうか。主要な作品をご紹介します。

(Public Domain /‘Portrait of a Man’ by El Greco. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

・《男性の肖像》 1600年-1610年 エル・グレコ

本作品は1600年から1610年にかけてエル・グレコによって制作された作品で、スペインの正装をした男性を描いた作品です。

エル・グレコは1541年にヴェネツィア共和国の支配下にあったクレタ島の首都であるカンディアに生まれた画家です。1563年にはイコン画家として独立し、イタリアでティツィアーノやミケランジェロ、パルミジャニーノといった画家たちの作品を学び、独自の表現を確立していきました。1576年ごろにはスペインにわたって宮廷画家をめざすものの、その独特の表現が当時のスペイン国王フェリペ2世に気に入られることはなく、宮廷画家になることはありませんでした。しかし教会や知識人からは圧倒的な支持を得て、マニエリスムの巨匠として名をのこすこととなります。

本作品はそんなエル・グレコの晩年にあたる作品であり、スペインの正装をした男性を描いた作品です。男性は右手を胸におき、左手は書物に置かれ、おそらく知識人の一人であると考えられます。男性のまなざしは非常に知的なもので、内面をも描くエル・グレコの観察力がうかがえる作品となっています。

(Public Domain /‘Self-portrait with Lace Jabot’ by Maurice Quentin de La Tour. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

・《自画像》 1751年 モーリス・カンタン・ド・ラ・トゥール

本作品は1751年にモーリス・カンタン・ド・ラ・トゥールによって描かれた作品で、正装した自身を描いた自画像です。

モーリス・カンタン・ド・ラ・トゥールは1704年にフランス、エーヌ県のサン=カンタンに生まれました。父親が音楽家であったこともあり、幼いころから芸術に親しんでいたラ・トゥールは徐々に絵画に興味を持つようになり、15歳のときにはパリに出てフランドル出身の画家ジャック・スポードに弟子入りします。1724年にはランス、1725年にはイギリスを旅したのち1727年にはパリに戻り、徐々に画家としての頭角を現していきました。

そんなラ・トゥールは特に肖像画を得意としていました。1737年にロココ時代を代表する画家フランソワ・ブーシェの妻の肖像画をサロンに出品すると、その後37年の間に150点近くの肖像画を制作。1746年には王立絵画彫刻アカデミーの会員に選ばれ、フランス王室の宮廷肖像画家として王族や貴族、有力者たちの肖像画を描き続けました。ラ・トゥールの肖像画の中には、ポンパドゥール公爵夫人やジャン=ジャック・ルソーなども含まれており、歴史的にも貴重な史料として研究の対象となっています。

本作品はそんなラ・トゥールの自画像であり、青やオレンジ色の背景の前に立つラ・トゥールの姿が描かれています。背景の青はラ・トゥールが来ている上着に、またオレンジ色はラ・トゥールの顔色と同系統の色彩で描かれており、画面全体が非常にバランスよく描かれています。本作品が描かれた1751年は王室の宮廷画家としても確固とした地位を築いていた時期であり、こちらに視線を向けるラ・トゥールの表情にも画家としての自信が垣間見えます。

(Public Domain /‘Work’ by Pierre Puvis de Chavannes. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

・《仕事》 1863年 ピエール・ピュヴィス・ド・シャヴァンヌ

本作品は1863年ピエール・ピュヴィス・ド・シャヴァンヌによって描かれた作品で、ピカルディー美術館では壁画として展示されています。

ピエール・ピュヴィス・ド・シャヴァンヌは1824年にフランス王国のリヨンに生まれた画家です。リヨンとパリで学んだ後、父親と同じ技師になるつもりであったものの、病を患いイタリアに療養することになり、それをきっかけとして画家の道を志すようになっていきました。1850年にはサロンに出品するものの、その後8年連続で落選してしまい、画家としての道は閉ざされたかに見えましたが、当時はナポレオン3世によるパリ大改造計画のため公共建築が数多く建造されており、シャヴァンヌは徐々にそうした建物に設置する壁画を依頼されるようになっていきました。

写実主義のギュスターヴ・クールベや印象派のウジェーヌ・マネなどの画家たちと同時代に活躍したものの、シャヴァンヌの作風はそのどれにも属するものではなく、静けさと詩的な雰囲気が漂う作品となっています。

本作品はそうしたシャヴァンヌの壁画作品の一つで、青い空と海を背景にしてさまざまな仕事に取り組む人々の姿が描かれています。中央のグループはおそらく鍛冶、左のグループは薪割りの仕事を行っており、背景に描かれた左側のグループは火を起こし、右側のグループはイノシシと思われる動物を押しています。また唯一女性が右側に描かれており、これから乳をやろうとするように乳房に手を当てています。本作品は明確な主題は明らかになっていないものの、タイトルの通り「仕事」の理想的な姿を描いた姿であると考えられ、静けさの中に人の営みが描かれている作品となっています。

■おわりに

ピカルディー美術館はアミアン条約の締結にともなってナポレオンからアミアンに贈られた絵画コレクションがもととなって開館した美術館です。15世紀から18世紀の絵画作品のほか、彫刻作品やピエール・ピュヴィス・ド・シャヴァンヌの壁画など多岐にわたる作品を所蔵しており、一見の価値のある美術館といえるでしょう。アミアンまで足を延ばした際には、ぜひ訪れてみてはいかがでしょうか。

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

関連記事一覧