ナント美術館:ジョルジュ・ド・ラ・トゥールのコレクションで有名な美術館

(ナントの街並み)

ナント美術館はフランスのナントにある美術館で、1801年に開館しました。ナント美術館のコレクションは13世紀から現代までの美術品が含まれており、そのなかでもジョルジュ・ド・ラ・トゥールの作品3点を所蔵していることで知られています。そんなナント美術館の歴史と所蔵品について詳しく解説していきます。

■ナント美術館とは

ナント美術館はフランスのナントに1801年に開館した、地域最大級の美術館です。ナントはフランスの西部、ロワール河畔に位置する都市で、ペイ・ド・ラ・ロワール地域圏の首府にあたります。国内第6の都市であるとともに、フランス王アンリ4世によってナントの勅令が出された歴史ある都市としても知られており、フランスにおける重要な都市の一つといえるでしょう。

そんなナントにあるナント美術館は、ナポレオンによって設立されました。領事館の下に設立された、国が購入した作品やルーヴル美術館からの預託品を受け入れています。19世紀初頭、ピエールとフランソワのカコー兄弟からのコレクションをナント市が購入したことにより、フランスの公的コレクションを持つ美術館の中でも重要な位置を占めるようになりました。

コレクションが一般公開されるようになったのは、1830年になってからでした。しかし、当時の展示スペースはすぐに手狭になってしまい、1891年、市は所蔵品を良好な状態で公開するために特別に設計された建物を建設することを決定しました。ナントの建築家クレマン・マリー・ジョッソによって1893年に建築が開始され、ボザール様式特有の折衷主義が見られる建物が完成しました。

■ナント美術館のコレクション

1804年と1809年、国の中央博物館(現在のルーブル美術館)の所蔵品から43点の絵画が送られてきたのをはじめに、美術館は所蔵作品を増やしていきます。当時送られてきていた作品は、旧王室のコレクションから、パリの教会や修道院、フランス革命やナポレオンの征服からもたらされたものです。また、1810年にナント市がカコー兄弟のコレクションを購入したことが、ナント美術館のコレクションを一層豊かにしました。1818年の目録によると、カコー兄弟のコレクションは、当時パリ以外に存在していたコレクションの中で最も豊かなものであり、絵画1,155点、彫刻64点、版画134点が含まれていました。

そんなナント美術館のコレクションには、どのような作品が含まれているのでしょうか。主要な所蔵品をご紹介します。

(Public Domain /‘The Apparition of the Angel to St. Joseph’ by Georges de La Tour. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

・《聖ヨセフの夢》 制作年不明 ジョルジュ・ド・ラ・トゥール

本作品は17世紀古典主義の画家ジョルジュ・ド・ラ・トゥールによって制作された作品で、聖ヨセフの前に現れた天使を描いた作品です。

ジョルジュ・ド・ラ・トゥールは1593年ロレーヌ公国の小さな町ヴィック=シュル=セーユに生まれた画家です。幼少期のころについてはあまりよく分かっていないものの、1620年代にはすでに画家として独立し弟子を取っており、比較的若くして画家としての地位を築いていたことが明らかになっています。1639年にはパリに出て、国王ルイ13世から「国王付き画家」の称号を得るなどして活躍していました。その後リュネヴィルに戻って活動を続けたものの、1652年にはペストのため亡くなっています。

ラ・トゥールの作品の特長はキアスクーロと呼ばれる明暗のコントラストを劇的に表現する方法を取っていることです。この技法を用いた画家としてはカラヴァッジョなどが知られていますが、ラ・トゥールの作風はカラヴァッジョとは異なって静寂に満ちたものであり、ラ・トゥールが「夜の画家」と呼ばれる所以となっています。

本作品はそんなラ・トゥールが制作した作品で、聖母マリアと結婚した聖ヨセフと、その前に現れる天使を描いています。聖ヨセフは顔に手を当ててまどろみの中にあり、その聖ヨセフを起こそうとするかのように天使が肩に手をかけようとしています。天使の前には燈が置いてあり、その光は天使の横顔を照らしています。天使は晴れやかな顔をしていますが、翼は描かれていません。

(Public Domain /‘The Hurdy-gurdy Player or The Hurdy-gurdy Player With A Fly’ by Georges de La Tour. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

・《帽子のあるハーディ・ガーディ弾き》 制作年不明 ジョルジュ・ド・ラ・トゥール

本作品はジョルジュ・ド・ラ・トゥールによって描かれた作品で、古楽器を弾く老人が描かれています。ナント生まれの外交官フランソワ・カコーが所蔵していた頃から1903年までの間、公式にはムリーリョまたはスペイン派の作品と認識されていました。しかし、1923年以降この絵の帰属に関する疑念が表面化してからは、1934年から35年にかけての比較研究の末、ラ・トゥールによる作品であると結論づけられました。

この絵には、貧しい盲目の乞食が路上でハーディ・ガーディの音楽に合わせて歌っている様子が描かれています。ハーディ・ガーディとは、張られた弦の下を通るロジンを塗った木製のホイールが弦を擦ることで音が鳴る弦楽器です。乞食の歪んだ顔や身につけている服は、見る者の同情を誘うようにデザインされています。

(Public Domain /‘The Wheat Sifters’ by Gustave Courbet. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

・《小麦をふるいにかける女》 1855年 ギュスターヴ・クールベ

本作品は1855年にギュスターヴ・クールベによって描かれた作品で、小麦ふるいの重労働にはげむ若い女性たちが描かれています。

ギュスターヴ・クールベは1819年にフランスのオルナンに生まれた画家で、ソロボンヌ大学に入学し法律を学ぶも、アカデミー・シェイスに通い、1844年にはサロンに入選。その後は《オルナンの埋葬》や《画家のアトリエ》といった作品を制作し、当時の社会主義の風潮も後押しして、写実主義の画家として名を馳せるようになっていきました。

本作品はそんなクールベの作品で、田園風景を舞台にした3人の登場人物を描いた油彩画です。中央では、赤いドレスを着た若い女性が小麦の粒をふるい、その粒が床全体を覆うベージュのシートの上にたまっていく様子が描かれています。左には、緑のドレスを着て白い頭飾りをかぶり、少し眠そうにしている若い女性が、大きな皿に並べられた小麦の粒を手でふるい分けており、右側では、少年が唐箕の中を調べています。

クールベは本作品で、わずかな収入にもかかわらず必死に働く人々の貧困を描きました。しかし、中心にいる女性の大きな身振りは、見る者の注意を彼女自身に引きつけており、同情よりも威厳を感じさせ、賞賛を呼び起こすものとなっています。

■おわりに

ナント美術館は1801年にナポレオンの文化政策によって設立された美術館であり、外交官フランソワ・カコーのコレクションの購入や同時代の画家たちの作品を購入することによって豊かなコレクションを形成していきました。その中には国王付き画家の称号を得ていながら死後忘れ去られ、20世紀になって再発見されることとなるジョルジュ・ド・ラ・トゥールの作品も含まれており、数少ない彼の作品を鑑賞できる非常に珍しい美術館であるといえます。

ナント美術館はTGVでパリから2時間と決してアクセスが良い場所とは言えませんが、個性的なアートイベントなども随時行われています。フランスを訪れた際には、ぜひ訪れてみてはいかがでしょうか。

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

関連記事一覧