ボルドー美術館:ルネサンスから19世紀までの作品を楽しめる美術館

ボルドー美術館はフランスのボルドーにある美術館で、1801年に開館しました。イタリア・ルネサンスから19世紀の絵画を所蔵しており、ウジェーヌ・ドラクロワやアルベール・マルケといった画家たちの作品に定評があります。そんなボルドー美術館の歴史とコレクションについて詳しく解説していきます。

■ボルドー美術館とは

ボルドー美術館があるボルドーはフランス南西部の都市で、ヌーヴェル=アキテーヌ地域圏の首府、ジロンド県の県庁所在地として栄えてきました。土壌はやせており、水を透過しやすい性質を有していることからブドウ栽培に適しており、ワインの名産地としても有名です。

そんなボルドーにあるボルドー美術館は、1801年に開館しました。開館するきっかけとなったのはナポレオン時代のことで、当時第一提督であったナポレオンは、戦利品を展示するために15の都市に美術館を設立する政策を立てます。そのうちのひとつであったボルドー美術館には、1803年と1805年に合計44点の作品が収蔵され、16世紀、17世紀、18世紀のヨーロッパ絵画がコレクションの基礎となりました。やがて1810年末に一般公開されてからは、地元の人々にも親しまれる場所となっていきました。

しかし、そんなボルドー美術館に悲劇が起こります。1862年と1870年の2度の火災により、多くの絵画が損傷・破壊されてしまったのです。その後は、もともと収容スペース不足の問題が深刻になっていたことから増築や修繕が繰り返されました。最近のリニューアル工事では、2011年から2013年にかけて、バリアフリー化や地熱暖房の設置が行われました。

■ボルドー美術館のコレクション

ボルドー美術館では北館で企画展を行い、南館ではイタリア・ルネサンスから19世紀までの絵画作品を展示しています。コレクションの中にはペルジーノやティツィアーノ、ヴェロネーゼといったイタリア・ルネサンスを代表する画家たちの作品や、シャルダン、ジャンヌ・プープレといったフランスを代表する画家たちの作品も展示されています。そんなボルドー美術館のコレクションには、どのような作品が含まれているのでしょうか。主要な所蔵品をご紹介します。

(Public Domain /‘Greece Expiring on the Ruins of Missolonghi’ by Eugène Delacroix. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

・《ミソロンギの廃墟に立つギリシア》 1826年 ウジェーヌ・ドラクロワ

ウジェーヌ・ドラクロワは1798年にフランスのサン=モーリスに生まれた画家です。父親は外交官をつとめたシャルル・ドラクロワであったものの、実際のところはウィーン会議のフランス代表として知られるタレーランであったといわれています。

ドラクロワは新古典主義の画家ピエール=ナルシス・ゲランのもとに入門し、1822年には《ダンテの小舟》でサロンに入選します。1824年のサロンでは、1822年にトルコ軍の兵士たちがキオス島で独立派を弾圧した事件を題材にした《キオス島の虐殺》を出品し、大きな議論の的となります。結果的に作品は政府の買い上げとなり、その後はこうした劇的な作品を描くロマン主義の画家として知られるようになっていきました。また1842年にはフランス政府の外交使節付きの記録画家としてモロッコを訪問しており、《アルジェの女たち》を描くなどオリエンタリスムの光る作品でも知られています。

そんなドラクロワが描いた本作品は、ギリシャ独立戦争時にオスマントルコ軍に二度も包囲され、絶望的な状況に陥りながらも地元市民が脱出を試みたというギリシャの要塞都市メソロンギでの戦闘がもとになっています。中央に立つ人物は、ヘレニズム時代に都市を守ったギリシア神話における女神テュケーです。青いマントと白いチュニックドレスで構成された服は、無原罪の御宿りを意味し、聖母マリアのような姿を示しています。つまり、「オスマン帝国の占領軍はギリシャを汚すことに成功することはない」という明確なメッセージが込められているのです。

女神テュケーは、血まみれになった瓦礫の上で腕を広げて手のひらを見せており、武器は持っていません。彼女の表情が穏やかに見えるのは、悲哀に満ちた落ち着きがあるからで、目には涙が浮かんでいます。左側の背景はメソロンギの遺跡が、右側には凱旋的な態度で立っている、武装した暗い肌のオスマン帝国の兵士が描かれています。

・《肉の塊のある静物》 1730年 ジャン・シメオン・シャルダン

本作品はジャン・シメオン・シャルダンによって1730年に描かれた作品で、シャルダンの代名詞ともいえる静物画を扱っています。

(Public Domain /‘Chardin pastel selfportrait’ by Jean-Baptiste-Siméon Chardin. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

シャルダンは1699年にフランス、パリに生まれた画家です。1718年から歴史画を得意としていたカーズの工房に入り、その後は1720年からコアペルのもとで静物画を描く助手をつとめました。1728年には《赤エイ》が認められて王立絵画彫刻アカデミーの正会員となり、1731年にはサロンに出品を開始。1733年からは風俗画を描くようになり、徐々にその名声を高めていきました。

1752年には国王の年金を受け、また1757年にはルーブル宮殿にアトリエ兼住居を授かるなど、歴史画に最高の価値がおかれていた当時において、風俗画家であったシャルダンには異例の名誉ともいえる厚遇がなされていました。これはシャルダンがフランス国内はもちろん、国外の王侯貴族にも大変な評判を得ていたことを意味するものであり、顧客の中にはロシア女帝エカチェリーナ2世も含まれていました。晩年は息子の溺死やアカデミー会計官の解任など不遇が続き、1779年に80歳でその生涯を閉じることとなります。

本作品はそんなシャルダンの作品で、台所にある品々を描いています。いわゆる静物画のひとつに数えられる作品であり、中でも台所の品々を描いた台所画は「ボデゴン」として親しまれてきました。作中では中央上部に肉の塊がぶら下げられており、棚の上には鍋や壺、布巾といった台所でよく用いられる品々が描かれています。

シャルダンが活躍した18世紀はロココ美術の時代であり、華やかで優美な表現が好まれた時代でしたが、シャルダンは日常の何気ない対象の美しさを描くという一線を画した表現の作品を残しました。今日にいたっても非常に好まれている画家のひとりであるシャルダンが長く愛されている理由は、こうした静謐な空気の表現を得意とするからなのかもしれません。

(Public Domain /‘Portrait de Daniel Guestier’ by Léon Bonnat. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

・《ダニエル・ゲスティエ氏の肖像》 1908年 レオン・ボナ

本作品は1908年にレオン・ボナによって制作された作品で、長くボルドー政財界の中枢を占めてきた名家ゲスティエ家のダニエル・ゲスティエが描かれています。

レオン・ボナは1833年にバイヨンヌに生まれた画家で、1854年にパリに移るとエコール・デ・ボザールで学び、肖像画家として知られるようになりました。1867年にレジオンドヌール勲章を受章したのちはアカデミーのサロン審査員に選出され、1888年にはエコール・デ・ボザールの教授となっています。教え子にはギュスターヴ・カイユボットやジョルジョ・ブラック、ラウル・デュフィといった20世紀美術の巨匠として知られることになる画家たちも含まれており、20世紀美術発展のきっかけを作った人物としても知られています。

モデルであるダニエル・ゲスティエはロイヤルブルーの椅子に深く腰掛けており、ひげを蓄えた威厳のある表情でこちらを見据えています。ゲスティエ家はアイルランドのバルトン家とともに設立したワインメーカーでも知られており、その知略の高さを前面に表現した作品となっています。

■おわりに

ボルドー美術館は風光明媚なボルドーにあり、ルネサンスから19世紀までの作品を楽しめる美術館です。フランスを訪れた際には、ぜひ訪れてみてはいかがでしょうか。

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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