モーリス・ドニ美術館:「小修道院」と呼ばれたナビ派の作品を所蔵する美術館

モーリス・ドニ美術館はイル・ド・フランス地域圏イヴリーヌ県のサン=ジェルマン=アン=レーにある美術館で、1980年と比較的最近開館した美術館です。画家のモーリス・ドニが手に入れた館を改修した美術館で、ドニや他のナビ派のメンバーの作品を展示していることで知られています。そんなモーリス・ドニ美術館の歴史と所蔵品について詳しく解説していきます。

(Public Domain /‘Portrait of the artist at the age of 18 years’ by Maurice Denis. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

■モーリス・ドニとは

モーリス・ドニは1870年にフランスのグランヴィルに生まれた画家です。ドニの父親は農民で、軍隊で兵役をつとめたのち鉄道会社で働いており、母親は裁縫の仕事をしていました。幼いころから宗教や芸術に非常に関心を示す子どもで、パリの名門コンドルセ高校に入学し勉学に励みました。しかし、芸術への熱意を捨てきることはできず、1888年にアカデミー・ジュリアン、その後エコール・デ・ボザールにも入学します。

ドニはエコール・デ・ボザールでポール・セリュジエやピエール・ボナールといった画家たちと知り合い、1890年にはナビ派を結成。ナビ派とは後期印象派の一つに数えられるグループで、「ナビ」はヘブライ語で預言者を意味します。もともとはポール・セリュジエがポール・ゴーギャンから受けた大胆な色使いがきっかけとなっており、その後の近代美術に多大な影響を与えました。

その後も装飾美術や本の装丁といった多彩な仕事を請負い、さまざまな作品を制作していたものの、1943年には交通事故によりパリで亡くなっています。

■モーリス・ドニ美術館とは

モーリス・ドニ美術館はイル・ド・フランス地域圏イヴリーヌ県のサン=ジェルマン=アン=レーにある美術館です。この地域はセーヌ渓谷を見下ろすことができ、森に近く、偏西風からの澄んだ空気を受けることができる、別荘に最適の場所としての地位を獲得しています。また、クロード・ドビッシーやジャン・アランといった文化人がこの地で生まれたことでも有名です。

そんなサン=ジェルマン=アン=レーにあるモーリス・ドニ美術館は、17世紀の終わりに建てられた建物がもとになっており、現在は歴史的建造物として登録されています。当初は貧しい人々を収容するためにモンテスパン侯爵夫人によって設立された王立総合病院として使われていた建物でした。モーリス・ドニがこの館を手に入れたのは1914年のことで、「ル・プリウレ」、すなわち「小修道院」と呼び、パリのシャンゼリゼ劇場の設計で知られる建築家オーギュスト・ペレに建物の修復を依頼。ドニは家族とともにこの地で過ごすようになり、アトリエでは弟子や友人を迎え入れ、制作活動に励みました。

■モーリス・ドニ美術館のコレクション

モーリス・ドニ美術館のコレクションは、ドニの作品をはじめとしてポール・セリュジエ、エミール・ベルナールといったナビ派の作品に加え、オディロン・ルドンやポール・ゴーギャンといった画家たちの作品も所蔵しています。そんなドニ美術館のコレクションには、どのような作品が含まれているのでしょうか。主要な作品をご紹介します。

(Public Domain /‘Autoportrait devant le Prieuré’ by Maurice Denis. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

・《プリウレ前の自画像》 1921年 モーリス・ドニ

本作品はモーリス・ドニによって制作された作品で、庭先で制作に励む自身を描いた自画像です。同じテーマの最初のバージョンは1916年に描かれ、フィレンツェのウフィツィ美術館に所蔵されています。

1919年に妻マルタが亡くなった後、ドニは幼い子供たちと二人きりになり、身体的にも精神的にも大きな苦境に立たされました。のちにモーリス・ドニ美術館となる建物の庭で、家族に囲まれて絵を描いている姿が描かれたこの絵は、彼の家族の物語を物語っています。背景では、自身の息子たちが遊び、娘たちがおしゃべりをしているのです。木の並ぶテラスでは、他の人と同じようにリアルで存在感のある亡き妻マルタが、ドニの新しい妻エリザベスを迎え入れるように両手を広げています。

(Public Domain /‘Madame Ranson au chat’ by Maurice Denis. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

・《猫とランソン夫人》 1982年 モーリス・ドニ

本作品はモーリス・ドニによって制作された作品で、ナビ派の一員であったポール・ランソンの妻、マリー・フランス・ランソンを描いています。

ランソン夫人は、パリのモンパルナス大通りのアトリエに夫ポール・ランソンの画家仲間を定期的に迎えていました。ドニはこの肖像画に、縦長の狭い形式、控えめな立体表現、ドレスから壁紙、そして猫の背中までに至るうねりのあるパターンなど、日本芸術から学んだことを適用させました。また、「主観的な変形」により、夫人のスカートを長くして足を非常に小さくしました。構図の中を走る洗練された唐草模様は、シルエットの優雅さを強調し、作品に非常に装飾的な印象を与えています。

(Public Domain /‘FLEURS ETRANGES’ by Odilon Redon. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

・《不思議な花》 1910年 オディロン・ルドン

本作品は1910年ごろにオディロン・ルドンによって制作された作品で、幻想的な花々が描かれています。

オディロン・ルドンは象徴主義の画家たちの中でも非常に独創的な表現で知られており、当初はエドガー・ポーやフローベール、マラルメといった作家たちの作品をテーマとしてモノクロームの作品を描いていましたが、徐々にカラフルな色彩の作品を描くようになっていきます。本作品はそうした作品のひとつで、ルドンが非常に関心を寄せていた対象の一つである花々が描かれています。

画面上部には夕暮れの空が描かれ、その光に大地が照らし出される様子が描かれています。手前には赤や紫、ピンクといったカラフルな色彩の花々が描かれており、それぞれの輪郭はやわらかく、溶け込んでしまいそうです。ルドンは作品を描く上で、自然に対する観察を重要視してきました。本作品にはそうしたルドンの観察力とともに詩的な要素も含まれており、非現実的な世界観が表現されています。

■おわりに

モーリス・ドニ美術館は、ドニが生前住居兼アトリエとした建物を改修して開館した美術館で、ナビ派の作品を中心に多数の作品を所蔵しています。パリから30分程度とアクセスがよく、国立考古学博物館やドビッシー博物館といった施設も合わせて楽しむことができます。パリを訪れた際には、ぜひ足を延ばしてみてはいかがでしょうか。

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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