ランス美術館:19世紀フランス美術に定評がある美術館

ランス美術館はフランスのランスにある美術館で、1913年に開館しました。長い歴史を持っていることから、ロマン派やバルビゾン派、印象派など10世紀のフランス美術を網羅しており、その質の高さで定評があります。そんなランス美術館の歴史と所蔵品について詳しく解説していきます。

■ランス美術館とは

ランス美術館のあるランスはフランス北部、グラン・テスト地域圏マルヌ県にあり、フランスでは12番目に大きい都市として知られています。かつてフランス歴代の国王の戴冠式が行われたノートルダム大聖堂があるため、「戴冠の都市」や「王たちの都市」として知られていました。また数多くのシャンパン・メーカーが拠点を置いており、シャンパン醸造の一大中心地にもなっています。

(Public Domain /‘ancienne salle de la Mairie de Reims.’ by Auteur inconnu. Image via WIKIMEDIA COMMONS)
市庁舎時代のコレクション

そんなランスにあるランス美術館は、1913年に現在の形で開館しました。美術館は1794年にフランス革命の際に押収された美術品をもとに設立され、最初は市庁舎内に置かれていました。1908年にランス市が専用の建物を購入するまで、そのコレクションは購入や遺贈によって拡大していきます。そして、ランス市はランス大聖堂の近くにある9世紀に建てられた旧サン=ドニ修道院を美術館の建物に選び、市庁舎内のコレクションは移転することになります。1913年10月19日には、レイモン・ポアンカレ大統領によってリニューアルオープンを迎え、現在まで展示を行なっています。

■ランス美術館のコレクション

ランス美術館のコレクションは16世紀から20世紀までのヨーロッパの主要な芸術運動を網羅しており、年代順、テーマ順に展示されています。彫刻、素描、家具、美術品なども収蔵されていますが、美術館の収蔵品のほとんどは絵画で、フラマン派、オランダ派、フランス派、歴史的、現代的な芸術家の作品が多く、特に17世紀のフランス派の作品が目立っています。そんなランス美術館のコレクションには、どのような作品が含まれているのでしょうか。主要な所蔵品をご紹介します。

(Public Domain /‘The Death of Marat’ by Jacques-Louis David Image via WIKIMEDIA COMMONS)

・《マラーの死》 1793年 ジャック=ルイ・ダヴィッド

本作品は1793年にジャック=ルイ・ダヴィッドによって制作された作品で、フランス革命の指導者ジャン=ポール・マラーの死の姿が描かれています。

ジャック=ルイ・ダヴィッドは1748年フランスのパリに生まれた画家です。ジョセフ=マリー・ヴィアンのもとで修業したのち、1774年に《アンティオコスとストラトニケ》でローマ賞を受賞。この賞は当時の若手画家たちの登竜門であり、受賞者は国費でローマに留学することが許されていました。ダヴィッドも1775年から1780年までの5年間、イタリアで二コラ・プッサンやカラヴァッジョ、カラッチといった17世紀の巨匠たちの作品の研究に没頭することとなり、このイタリア時代の経験はのちの彼の作品に大きな影響をもたらすのです。

(Public Domain /‘Naudet Fête de l’être Suprême 8 juin 1794’ by Thomas Charles Naudet. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

・最高存在の祭典

ダヴィッドはフランス革命の際にはジャコバン党員として政治に参加し、当時の宗教祭典であった「最高存在の祭典」の演出を担当するなど、革命政府の中で重要な役割を果たしました。その後はナポレオン付きの画家として数々の肖像画を制作したものの、ナポレオンの失脚と共にダヴィッドもまた失脚することとなり、1816年には亡命先のブリュッセルで亡くなっています。

そんなダヴィッドは本作品で、対立する政治政党のジロンド派の一人であったシャルロット・コルデーによって1793年7月13日に自宅で殺害されたジャン=ポール・マラットを描いています。ベルギー王立美術館に所蔵されている原画のレプリカですが、碑文の内容が異なるなど、細かな変更が見られます。

茶緑色の背景を後ろに、ジャン=ポール・マラーの身体が苦悶の表情とともに描かれています。白いターバンに包まれた頭は横に傾き、右手は羽を持ち、左腕は緑の布で覆われた板に置かれ、「1793年7月13日より」と書かれた紙を持っています。体全体は血で汚れた白いシートに覆われた浴槽にもたれかかり、その足元には血で汚れた白い柄のナイフが置かれています。右側には碑文が刻まれた木箱があり、その上にはインク、2本目のペン、アッシニア紙幣、そしてもう1枚の手書きの紙が置かれています。

(Public Domain /‘The Father cursed Desdemona’ by Eugene Delacroix. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

・《父の呪詛をうけるデスデモーナ》 1850年 ウジェーヌ・ドラクロワ

本作品は1850年にウジェーヌ・ドラクロワによって制作された作品で、オセローの登場人物デスデモーナが描かれています。

ウジェーヌ・ドラクロワは1798年にフランスのサン=モーリスに生まれた画家で、父は外交官のシャルル・ドラクロワとされているものの、ウィーン会議のフランス代表であるタレーランが実の父親であるといわれています。新古典主義の画家であるピエール=ナルシス・ゲランに入門したのち、1822年にはサロンに入選。1824年のサロンでは実際に起きた事件を題材にした《キオス島の虐殺》を主題とした作品を出品し、賛否両論を巻き起こします。その後は《民衆を導く自由の女神》をはじめとしたロマン主義の作品を制作し、リュクサンブール宮殿やパリ市庁舎といった政府関係の大建築の内部装飾の仕事も手掛け、1863年に亡くなるまで精力的に制作活動を続けました。

本作品はウィリアム・シェイクスピアの戯曲「オセロー」の一場面で、ムーア人であるオセローとの恋を選ぶ娘デスデモーナに対して、怒りをあらわにするデスデモーナの父ブラバンショーが描かれています。ブラバンショーは真紅の衣を身にまとっていますが、その鮮烈な赤は怒りの激しさを表現しているかのようです。デスデモーナの訴えを遮るように出された大きな手のひらはそうした彼の感情表現を強調しており、髪を振り乱すデスデモーナには絶望の表情が浮かんでいます。その背後には騒ぎに駆け付けた従者たちが部屋をのぞき込んでおり、騒動の大きさを表しています。

■おわりに

ランス美術館は歴代のフランス王が戴冠式を行ったランスにあり、19世紀フランス美術を網羅したコレクションで知られています。またランスには世界遺産リストに登録されたノートルダム大聖堂、サン=レミ旧大修道院、トー宮殿に加え、藤田嗣治が自ら設計と内部装飾を手掛けたことで知られるフジタ礼拝堂などもあります。

ランスはパリからTGVで45分と比較的アクセスが良く、豊かな自然はもちろん、こうした文化的な施設にも恵まれた土地です。パリを訪れた際には、ぜひ足を延ばしてみてはいかがでしょうか。

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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