レンヌ美術館:考古学的史料から現代美術にいたる芸術作品を鑑賞できる美術館

レンヌ美術館はフランスのレンヌにある美術館で、1794年に開館しました。考古学的な史料から20世紀の作品まで多様な作品を所蔵しており、特にジョルジュ・ド・ラ・トゥールの《聖誕図》を所蔵していることで有目です。そんなレンヌ美術館の歴史と所蔵品について詳しく解説していきます。

■レンヌ美術館とは

レンヌ美術館はフランスのレンヌにある美術館で、1794年に開館しました。レンヌはフランスの西部に位置する都市で、ブルターニュ地域圏の首府、イル=エ=ヴィレーヌ県の県庁所在地にあたります。ローマ時代からブルターニュ地方の拠点として栄えた街であり、モン=サン=ミッシェルの観光の拠点となるため、現代においても多くの観光客が訪れています。

そんなレンヌにあるレンヌ美術館が開館したきっかけは、フランス革命にあります。革命の際に教会や貴族から多数の芸術作品が没収され、そうした芸術作品の収容場所として地方に美術館を開館する計画が持ち上がったのです。革命政府がこの計画で美術館開館を検討した都市の中にレンヌも含まれており、レンヌ美術館には教会や公共建築を飾っていた芸術作品が持ち込まれ、コレクションの核となっていきました。

その後、リヴォワ候のコレクションが寄贈されたことから、コレクションの規模を拡大していき、現在では14世紀から現代にいたるまでの絵画1000点以上を所蔵するなど、フランスでも有数の美術館となっています。また、ブルターニュの伝統的な家具や衣装を展示したブルターニュ博物館も建物内にあり、地域の文化を研究・展示する拠点として存在感を放っています。

■レンヌ美術館のコレクション

レンヌ美術館のコレクションは、考古学的資料から現代美術に至る作品を数多く所蔵しています。その中にはジョルジュ・ド・ラ・トゥールやパブロ・ピカソ、カミーユ・コローなど近代絵画の巨匠たちの作品も含まれており、大変見応えがあるはずです。そんなレンヌ美術館のコレクションのうち、主要な作品をご紹介します。

(Public Domain /‘The New-born’ by Georges de La Tour. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

・《聖誕図》 1645年 ジョルジュ・ド・ラ・トゥール

本作品は1645年にジョルジュ・ド・ラ・トゥールによって制作された作品で、聖母マリアと幼子イエス、そして聖母マリアの母である聖アンナを描いたと考えられています。

ジョルジュ・ド・ラ・トゥールは1593年、フランスのロレーヌ地方の小さな町ヴィック=シュル・セーヌに生まれた画家です。幼いころのことは史料の少なさもあり明らかになっていることは少ないものの、1617年にはリュネヴィルに移住し、1620年には弟子を取っていたことから、比較的若いころから実力が認められていたと考えられています。また1639年にはパリに出て、フランス国王ルイ13世から国王付き画家の称号を得ており、当時はフランスでも随一の画家として知られていました。しかし1652年にヨーロッパ全体で流行していたペストにかかり、58歳の生涯を閉じることとなります。生前は著名な画家であったのにもかかわらず、次第に忘れ去られていくようになり、ラ・トゥールが再評価されることになったのは20世紀になってからのことでした。

本作品はそんなラ・トゥールの作品で、聖母マリアが幼子イエスを抱きしめ、聖アンナがロウソクを灯す様子が描かれています。宗教的なサインが消え、子供の誕生の神秘を祝うという普遍的な意味を持つシーンになっているということから、その人気を博しています。

作中では、くすんだ黒を背景に距離の近い3人の人物が描かれています。ラ・トゥールの夜を描いた絵画によく見られるように、このシーンの照明は作中の隠された人工的な光源によって表現されており、ここでは、聖アンナの手によって炎が隠されたろうそくの灯りが使われています。

ろうそくの灯りによってはっきりとしている幼子イエスの丸いシルエットは、曲線と楕円でシンプルに構成されており、構図にバランスを与えています。全体的に形が単純化されているにもかかわらず、細部の表現はとてもリアルです。極端なコントラストはなく、色の表現は赤、茶、白の濃淡に限定されており、その濃淡は照明によって変化しています。

(Public Domain /‘The German Huntsman’ by Gustave Courbet. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

・《ドイツの狩人》 1859年 ギュスターヴ・クールベ

本作品は1859年にギュスターヴ・クールベによって制作された作品で、フランクフルト滞在時に描いた雁の様子を描いています。

ギュスターヴ・クールベは1819年、スイス国境に近いフランシュ・コンテの地方の山中の村に生まれた画家です。父の希望で21歳の時にパリに出てソロボンヌ大学で法学を学んだものの、本人は画家になることを望んでおり、アカデミー・シェイスに通いながらルーブル美術館で巨匠たちの作品を模写して過ごしていました。1844年には《黒い犬を連れた自画像》がサロンに入選し、1849年には故郷オルナンの人々を描いた《オルナンの食休み》がサロンで金メダルを受章。新古典主義の巨匠ドミニク・アングルとロマン主義の画家ウジェーヌ・ドラクロワに評価されたこともあり、国家買い上げとなります。以降はフランスを代表する画家として、存在感を増していきました。

本作品は1858年にクールベがフランクフルトに滞在した際に制作した作品です。この際には《ドイツの狩人》のほかに《狩人の食事》、《フランクフルトの婦人》の3点の作品が描かれており、これらはクールベのフランクフルト滞在時代の画風を研究するうえで貴重な作品となっています。

作中には狩人の男性と猟犬、逆さになった鹿が描かれていることから、狩猟中の一場面であることがわかります。クールベはフランシュ=コンテ地方やドイツで狩りに行くのをスポーツとして好んでいましたが、この種のスポーツシーンを大きな画面で描くのは難題であり、かなりの技量を必要としました。

(Public Domain /‘Italian Landscape’ by Jean-Achille Benouville. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

・《イタリアの風景》 1850年 ジャン=アシル・ベヌヴィル

本作品は1850年にジャン=アシル・ベヌヴィルによって制作された作品で、自然豊かなイタリアの風景を描いています。

ジャン=アシル・ベヌヴィルは1815年にフランス、パリで生まれた画家です。フランソワ=エドゥアール・ピコやレオン・コニエに学び、パリ近郊やコンピエーニュ、フォンテーヌブローなどの風景画を描きました。1837年にはローマ賞の歴史風景画部門で2位を取り、1845年にはローマ賞を受賞。留学期間が終わったのちも1871年まで30年近くローマで活動を続けました。

本作品はイタリアの静かな風景を描いたもので、青空と山並み、ぽつりと立つ家と川を下るボートや人影が描かれています。タッチは非常にシンプルなものであるものの、光や影の揺れ動く様子や空気の流れを表現した作風は非常に繊細で、詩情豊かなものになっています。

■おわりに

レンヌ美術館はフランスのレンヌにある美術館で、フランス革命の際の文化政策の一環で設立された美術館です。そのコレクションの規模は考古学的資料から20世紀までと多岐にわたっており、巨匠たちの作品も所蔵しています。レンヌに足を延ばす機会があれば、ぜひ訪れてみてはいかがでしょうか。

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

関連記事一覧