ウドン:至高の丘に立つカンボジアの古都

ウドンは、カンボジアの首都プノンペンから約40km北に位置する町で、1618年から1866年の約250年間に王都が置かれた場所である。ウドン王都時代は近隣諸国との争いや内乱が絶えなかったが、トンレサップ川を経由した水運を利用し、世界各地との交易が栄えた。都の中心であったウドンの丘には、歴代の王らが建てた仏塔や寺院が今も残されており、かつての王都の面影をしのぶことができる。

カンボジアの歴史といえば、一般的にアンコールワットを残したアンコール王朝(802年~1431年)がクローズアップされがちです。

対するアンコール王朝崩壊後の400年間ほどは、シャムやベトナムといった隣国からの度重なる侵攻や内乱によって疲弊していたことから、暗黒期と呼ばれることがあります。
しかし同時にこの頃のカンボジアは、東西各国から商人たちが集まる交易地として発展した時代でもありました。
様々な面で外部の影響にさらされるようになった“アンコールワット後”のカンボジアは、研究者たちの間で密かに注目の的となっています。

中でも、当時の王国の面影を残し、今もなお多くの人々を魅了するスポットが、プノンペンから40kmほど北上したところにあるウドン(Oudong)。

プノンペンに遷都するまでの約250年間、都が置かれました。最盛期には、歴代の王によって100以上もの寺院が建設されたといわれており、絶景を見下ろす丘の上には、現在も王やブッダの遺物が収められた仏塔や寺院が残っています。
数々の遺跡と逸話を辿りながら、謎に包まれたポスト・アンコール期のカンボジアを追体験してみましょう。

水運の要所として栄えた都の面影を残す町

ウドンに都が移されたのは、1618年のこと。7kmほど北に位置した前王都のロンヴェークがシャムの侵攻によって陥落したことによる遷都でした。
かつてのアンコール王朝は農耕によって栄えましたが、ロンヴェークもウドンもトンレサップ川沿いに位置し、水運を利用した交易が発展。

ウドンからほど近いピニャルー(Ponhea Leu)という地域には、ヨーロッパやアジア各国から訪れた商人たちの居住区があったという記録も残っています。
今では農村風景が目立つ素朴な町ウドンですが、かつてこの近辺に世界各国の希少な産品が次々に集まってきていたことを想像するとロマンを感じませんか?

写真:筆者提供

小高いウドンの丘の上にそびえ立つのは、王都にゆかりのある王たちを祀った仏塔。激動の時代を指揮した彼らは、現在の首都プノンペンを遠目に見て何を思っているのでしょうか。

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そのほか、様々な仏像が設置されているこの丘は、王都が現在のプノンペンに移った後も、敬虔な仏教徒であるカンボジアの人々にとって重要な参拝地となっています。

地元の人々とともに、いざ頂上を目指してみましょう。

訳あって北向きに立てられた寺院「18腕尺(約9m)の仏陀のビハーラ」

ウドンの丘は大小2つのこぶがついたラクダのような形をしています。南北どちらから登ってもよいですが、まずはレディステップ(女の階段)と呼ばれる緩やかな石段を登って南側の丘の方へ。

丘の上に立つのは、1911年に建てられた「18腕尺(約9m)の仏陀のビハーラ(Vihara of the 18Cubit Buddha)」という名の寺院。

中に入ると、圧倒的な存在感を誇る大仏が鎮座しています。

写真:筆者提供

カンボジアのほとんどの寺院が東を向いて建てられていますが、不思議なことにこちらの寺院は北向き。
背景には、ある伝説が関わっています。その昔、中国の皇帝がカンボジアの国力を調べるためにウドンへ使節を派遣したところ、使節団は丘の下に龍が住む洞窟があるのを発見。

占い師が「もし龍が洞窟から出て来ることがあったら、この国が力を持つという兆しだ」と言ったことから、皇帝はカンボジアの強大化を恐れ、警戒心を強めます。
「どうにかして洞窟をふさぎ、カンボジアによる征服を防げないか?」と考えた中国人。
カンボジア人が熱心な仏教徒であることに目をつけ、中国方面の北向きに寺院を建て、洞窟の穴に信仰の対象である大仏を設置したという話です。

寺院および仏像は、ベトナム戦争と1970年代の内戦時に砲撃を受けて大きく破壊された歴史を持ちますが、その後修復が進み、2000年代に現在の形となりました。
現在もなお、カンボジアの人々が参拝に訪れる寺院。

先の伝説が本当なら、当時の中国使節団の目論見通りということになるのでしょうか。
なお、寺院の中にはかつて16本の柱が建てられていましたが、戦火により半数が失われ、現在はオリジナルの柱が8本のみ残っています。

写真:筆者提供

かつて柱が立っていた跡はそのまま残されており、この地で長らく続いた戦争があったことを、生々しく伝えているようです。

人々の篤き信仰を集める4つの祠

「18腕尺(約9m)の仏陀のビハーラ」の参拝を終え、寺院前の階段を降りたら、北側の丘の方に向かいましょう。
丘を登る道中には、民家のような形をした石造りの祠が4つ並んでいます。

写真:筆者提供

最初の祠の中に祀られているのは、黒い牛の像。

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2つ目の祠の中には、目がぱっちりとして極めて人間らしい顔をした仏像があります。

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これら2つの像は、カンボジアで古くから親しまれている伝説「Preah Ko Preah Keo」に基づいて作られたものだとか。
聖なる牛Preah Koと聖なる子Preah Keoは、人間の女性のお腹が割れて生まれ出た兄弟。
この兄弟は、村人を戦や病から守り平和をもたらしたので、現在も尊敬と信仰の対象とされているということです。

3つ目の祠には、ナーガ(蛇神)の台座に座った仏像があります。

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これは、悟りを開こうとしていたブッダを雨から守るため、ナーガが自身の体を巻いて台を作り、頭部を傘にしたという逸話に基づくもので、カンボジアではよく見られるスタイルです。

少し離れたところにある4つ目の祠には、かつてシャムとの戦いで活躍したという将軍の像が祀られています。

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同じような形をした祠ですが、それぞれの伝説や逸話を頭に入れながら巡ると、一層神聖な場所に感じられることでしょう。

1つ目と2つ目の祠の正面付近には、かつてのノロドム王(1860年~1904年に在位)の母や妃など6名が眠る仏塔を見ることができます。

王と仏の亡骸を守る個性豊かな4つの仏塔

4つの祠を過ぎ、そのまま大きな丘を目指して登っていくと、ウドンのハイライトともいえる4つの美しい仏塔が少しずつ姿を現します。
南側から見ていくと、17世紀~20世紀に在位した王を祀る3つの塔が出現。

ガルーダ、象、花といったモチーフとレースのように繊細な模様が下から上まで刻まれ、トップに四面仏をあしらった最初の塔は、モニボン王(1927~1941年に在位)のものです。

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かつてヒンドゥー教と仏教を入れ替わり受容してきたカンボジアでは、仏教が国教となってからの近代建築にも、両宗教のモチーフが混在してみられることがあります。

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続いて現れるのは、花を象ったカラフルな陶片が散りばめられたオリエンタルな塔。
ウドン王都の後期を治めたアンドゥオン王(1847~1859年に在位)の遺骨が納められています。

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アンドゥオン王は、国の混乱で衰退しかけた音楽や舞踏などの宮廷文化を再興したことでも知られている人物。
王の経歴を象徴しているかのように、一際華やかな塔となっています。

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たくさんの象が台座を支えている様子が印象的な仏塔は、ウドンに都を開いたチャイ・チェター二世王(1618~1626年に在位)が前王スレイ・ソリヨポール王(1603~1618年に在位)のために建立したものです。

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アンコール王朝時代から戦争や狩りのお供をしていた象。今もなお、亡き王にお仕えしているようにも見えます。

写真:筆者提供

3つの塔を過ぎると最後に現れるのが、一段と新しい現代的な仏塔。
ブッダの歯と骨の一部などが収められている塔です。

写真:筆者提供
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ブッダの遺物は世界中に分散して祀られていますが、現在カンボジアにあるものは、ブッダの生誕2500周年記念として1950年代にスリランカから贈られたものです。
当初はプノンペンに保管されていましたが、2002年にこちらの塔に移動されることになりました。
ウドンの丘は、仏様に極限まで近づける至高の丘なのです。

丘の頂上では壮大なパノラマを、麓では黄金の寺院をお楽しみに

ウドンの魅力は美しい仏教建築群のみではありません。
丘の頂上からは、思わず息をのんでしまうほどの絶景を見下ろすことができます。

写真:筆者提供

時の王達もここから眼下を見渡していたのかと思うと、感慨深い気持ちになるものです。

ひとしきり絶景を楽しんだら、そのままマンステップ(男の階段)と呼ばれる509段の階段を降りて下山しましょう。土日であれば、丘の麓にたくさんの屋台が出ており、地元の行楽客も多く見られます。
屋台フードを楽しみながら休憩を取ってもよいでしょう。

写真:筆者提供

時間に余裕がある方は、マンステップの麓から北西に1kmほど離れたところにあるCambodia Vipassana Dhura Buddhist Meditation Center(別称Sontte Wan Buddhist Meditation Center)にもぜひ訪れてみてください。


広大な敷地内には、2000年代に建てられた黄金の寺院を併設。
建物の四方を取り囲むように何層にも張り巡らされたナーガの装飾が見事であるほか、本堂内の絵画も一見の価値ありです。

写真:筆者提供

壁から天井まで埋め尽くすように描かれたストーリー仕立ての仏教絵画は、芸術作品としても見応えは十分。
1枚1枚の絵を丁寧に味わおうとすれば、いくらでも眺めていられそうです。

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ウドンまでは、プノンペンから国道5号線を車やバスで北上すること1時間ほど。
時間に余裕がある方は、2時間ほどかかりますが、トゥクトゥク(3輪タクシー)をチャーターしてのんびり向かうのもよいでしょう。
いずれにしても、日帰りでプノンペンまで帰って来られるのが魅力的なスポットです。

歴史の重みと現代の感性が交差する古都へようこそ

写真:筆者提供

王都がプノンペンに移された後も、カンボジアの人々の信仰の中心にある古都ウドン。
かつての都の様子を今に伝えるだけでなく、現在もなお重要な仏教施設が集まっている点でも注目のスポットです。

芸術的観点から見ても、アンコール王朝時代のものとは一味違った魅力を持つ要所がたくさんあります。
アンコール遺跡を一通り巡った後は、あえて“アンコールワット後”のカンボジアに想いを巡らすデイトリップはいかがでしょうか?

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