ダリッジ・ピクチャー・ギャラリー:イングランドで初めて一般に公開された美術館

ダリッジ・ピクチャー・ギャラリーはロンドンのダリッジにある美術館で、1817年に開館しました。イングランドで初めて一般に公開された美術館として知られており、フランスやイタリア、スペインのバロック絵画とチューダー朝から19世紀にかけてのイギリスにおける肖像画のコレクションに定評があります。そんなダリッジ・ピクチャー・ギャラリーの歴史と所蔵品について詳しく解説していきます。

ダリッジ・ピクチャー・ギャラリーとは

フランシス・ブルジョワの肖像画
Public Domain / ‘Sir Peter Francis Bourgeois’ by William Beechey. Image via WIKIMEDIA COMMONS

ダリッジ・ピクチャー・ギャラリーは、ロンドンの画商フランシス・ブルジョワと共同経営者であったノエル・デザンファンが蒐集した絵画コレクションが遺贈されることになったのがきっかけとなり、1817年に開館しました。

もともとはポーランド・リトアニア共和国国王であったスタニスワフ2世アウグストからの依頼によって収集が始まったコレクションであり、ポーランド王室コレクションの充実を目的としていました。しかし、1795年に第3次ポーランド分割が行われたことにより、ポーランド・リトアニア共和国自体が消滅してしまい、コレクションの行く手はなくなってしまいます。

ノエル・デザンファンの肖像画
Public Domain / ‘Noel Desenfans’ by British –School. Image via WIKIMEDIA COMMONS

ブルジョワとデザンファンはこのコレクションを他国に売却しようとしたもののうまくいかず、1807年にはデザンファンが死去。ブルジョワは大英博物館に対して遺贈を持ちかけたものの、話は流れてしまいます。結局、1811年にパブリックスクールの一つであるダリッジ・カレッジに遺贈されることとなり、ダリッジ・ピクチャー・ギャラリーが開館しました。

1835年には音楽家一族の子息であるウィリアム・リンリーが死去したことにより一族の肖像画がダリッジ・ピクチャー・ギャラリーに遺贈され、コレクションはさらに充実することとなります。
また、世界で最も盗難にあった美術品としてギネス世界記録に登録されている《ヤコブ・デ・ヘイデン3世の肖像》を代表に、ダリッジ・ピクチャー・ギャラリーでは何度も盗難事件が起きています。このことから、現在では強固なセキュリティシステムが施されている作品も展示されているのが特徴です。

ジョン・ソーンの肖像
Public Domain / ‘Sir John Soane’ by Thomas Lawrence. Image via WIKIMEDIA COMMONS

ダリッジ・ピクチャー・ギャラリーの建築

ダリッジ・ピクチャー・ギャラリーの建物はサー・ジョン・ソーンズ美術館のコレクションを収集したことでも知られるジョン・ソーンによって設計されました。ソーンはイングランド銀行やピッツハンガー・マナーといった建築を設計したことで知られています。1806年にはロイヤル・アカデミー・オブ・アーツの教授にもなった、イングランドを代表する建築家です。

1811年にブルジョワが死去した際には、その遺言にコレクションの遺贈には自身の友人であったソーンの設計で、コレクションを収蔵する新しいギャラリーを設計するという条件が書かれており、このギャラリーの建築費用として2000ポンドの財産も残されていました。ソーンは遺言に従ってダリッジ・ピクチャー・ギャラリーの設計に携わり、太陽光を光源とする続き部屋の展示室をデザインします。これは非常にシンプルでしたが、太陽光によって間接的に照らし出される絵画の展示方法は優れており、その後の美術館の設計に大きな影響を与えることとなりました。

20世紀アメリカにおけるモダニズム建築家フィリップ・ジョンソンは「ソーンは我々に絵画の展示方法を教えてくれた」と評価するほどで、その影響は現代にまで引き継がれています。1999年にはアメリカ人建築家リック・マザーによってカフェや教育施設、講堂といった施設が増改築され、2000年に再公開されました。その際にはソーンが設計した部分も修復されており、開館当初の設計を尊重しつつ、現代的な施設へと生まれ変わったのです。

ダリッジ・ピクチャー・ギャラリーのコレクション

ダリッジ・ピクチャー・ギャラリーはフランスやイタリア、スペインのバロック絵画とチューダー朝から19世紀にかけてのイギリスにおける肖像画のコレクションに定評があります。コレクションの規模としてはそこまで大きなものではないものの、イギリスにおける有数の美術館として非常に高く評価されています。そんなダリッジ・ピクチャー・ギャラリーのコレクションには、どのような作品が含まれているのでしょうか。主要な所蔵品をご紹介します。

Public Domain / ‘Portrait of Jacob de Gheyn (III)’ by Rembrandt. Image via WIKIMEDIA COMMONS

《ヤコブ・ド・へイン3世の肖像》レンブラント・ファン・レイン

本作品は1632年に制作された作品で、オランダ黄金時代を代表する画家レンブラント・ファン・レインによって描かれています。

レンブラントは1606年にネーデルランド連邦共和国のライデンに生まれた画家です。アムステルダムで活動していたピーテル・ラストマンに師事したのち、ライデンの実家にアトリエを構えて独立。その後はアムステルダムにアトリエを移し、1632年には著名な医師であるニコラス・ピーデルスゾーン・トゥルプ教授の解剖講義を主題とした集団肖像画を制作したことで話題になり、オランダ黄金時代を代表する画家となっていきます。

私生活では裕福な一族出身の妻サスキアと結婚し、子どもたちにも恵まれています。しかし、1652年には英蘭戦争が勃発したことにより、レンブラントの経済状況は悪化していきました。晩年は娘コルネリア、老女中と生活し、1669年には貧困に苦しみながら63歳の生涯を閉じることとなります。

マウリッツ・ホイヘンスの肖像
Public Domain / ‘Portrait of Maurits Huygens’ by Rembrandt. Image via WIKIMEDIA COMMONS

本作品で描かれたヤコブ・ド・へイン3世は、彫刻や絵画、エッチングを制作していた父を持つ、オランダの黄金時代の彫刻家です。ド・へイン3世の友人マウリッツ・ホイヘンスの肖像画と対になっており、同じような服を着て互いに逆を向いて描かれています。

レンブラントの他の作品よりも小さく、縦30cm、横25cmほどの大きさです。1966年以降、4回も盗まれていますが、その小ささも盗まれる原因の一つでしょう。その被盗難歴から、「takeaway Rembrandt(持ち帰り用レンブラント)」とも呼ばれています。

Public Domain / ‘Elizabeth and Mary Linley’ by Thomas Gainsborough. Image via WIKIMEDIA COMMONS

《リンリー姉妹》1722年トマス・ゲインズバラ

本作品は1722年に制作された作品で、18世紀イギリス絵画を代表するトマス・ゲインズバラによって描かれています。

トマス・ゲインズバラは1727年にイギリスのサドベリーに生まれた画家です。1740年にはロンドンに上京し、700点以上の肖像画を描くことになるものの、関心は主に風景画にありました。このため、ゲインズバラは生活のために仕方なく肖像画を描いていたといわれています。しかし、その優美な表現は上流階級を中心に大変な人気となり、画家自身は肖像画制作と風景画制作との間で葛藤することとなります。

本作品はバースで音楽一家として知られていたリンリー家の姉妹を描いたもので、青いドレスを着た長女のエリザベスはソプラノ歌手として、妹のメアリーも歌手や女優として活躍していた人物です。メアリーは金茶色のドレスを身にまとい、膝の上に楽譜を置いてこちらを見つめています。

おわりに

ダリッジ・ピクチャー・ギャラリーはロンドンで初めて一般に公開された美術館であり、そのコレクションはポーランド王室のために収集されたこともあって、非常に質の高い作品が所蔵されています。ロンドンを訪れた際には、ぜひ足を延ばしてみてはいかがでしょうか。

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