テート・ブリテン:1500年代から現代までの作品を所蔵する美術館

テート・ブリテンはイギリス、ロンドンのテムズ川畔にある美術館で、1897年に建設されました。イギリスにおける国立美術館ネットワーク「テート」の一部であり、1500年代から現代にいたるまでの芸術作品を所蔵しています。そんなテート・ブリテンの歴史と所蔵品について詳しく解説していきます。

テート・ブリテンとは

テート・ブリテンはイギリス、ロンドンのテムズ河畔にある美術館で、1897年にミルバンク刑務所の跡地に建設されました。最初はナショナル・ギャラリーのイギリス美術を専門に扱う美術館「ナショナル・ギャラリー・オブ・ブリティッシュ・アート」として開館したものの、徐々に世界の芸術作品を扱うようになり、1955年には「テート・ギャラリー」としてナショナル・ギャラリーから独立することになります。2000年には近現代美術専門のテート・モダンがサウス・バンクに開館したことで、ミルバンクの美術館はふたたびイギリス美術専門の美術館となり、「テート・ブリテン」として再開館することになりました。

テート・ブリテンはイギリス政府が所有する近現代美術コレクションを管理する組織「テート」の一部です。この組織には、テート・ブリテンの他にも20世紀以降の国内外の美術やデザイン作品を所蔵するテート・モダン、リバプールの湾岸にある古い倉庫を再開発したテート・リバプール、南部コーンウォール半島のリゾート地に開設されたテート・セント・アイヴス、来館できない世界中の人々に対して所蔵品や研究成果を紹介するテート・オンラインが属しています。

テート・ブリテンのコレクション

テート・ブリテンは1500年代のチューダー朝から現代にいたるまでのイギリス美術作品を所蔵しており、その中にはジョセフ・ターナーやラファエル前派といったイギリスを代表する画家たちの傑作も含まれています。また、毎年テートが主催する現代美術の賞「ターナー賞」の展示会場として、受賞者の発表および授賞式典が行われています。

そんなテート・ブリテンのコレクションには、どのような作品が含まれているのでしょうか。主要な作品をご紹介します。

Public Domain / ‘Carnation, Lily,Lily, Rose’ by John Singer Sargent. Image via WIKIMEDIA COMMONS

《カーネーション、リリー、リリー、ローズ》1885年ジョン・シンガー・サージェント

本作品はジョン・シンガー・サージェントによって1885年に制作された作品で、紙のランタンを灯す二人の少女が描かれています。

ジョン・シンガー・サージェントは1856年にイタリアのフィレンツェに生まれた画家です。1868年から1869年にかけてローマでドイツ系アメリカ人のカール・ヴェルシュのもとで学び、1874年にはパリにわたってカロリュス=デュランに師事しています。パリではエコール・デ・ボザールにも通い、1877年からはサロンにも出品するようになっていきました。

Public Domain / ‘’ by John Singer Sargent. Image via WIKIMEDIA COMMONS

しかし1884年にサロンに出品した《マダムX》が人妻を描いた作品としてはあまりにも品がないとして批評家から非難されたことにより、サージェントは翌年の1885年にパリを離れ、ロンドンにわたります。

ロンドンのロイヤル・アカデミーにはすでに1882年から出品しており、1897年には正会員になっています。その後は、徐々にロンドンを制作の拠点としていきました。1905年頃からはほぼ毎年アメリカを訪問しており、ボストン美術館の天井画制作や水彩の風景画などの作品を手掛けたのち、1925年にロンドンで69歳の生涯を閉じています。本作品はそんなサージェントがロンドンに渡ったのちに描いた作品で、移住して間もない1885年の夏のひと時がモチーフになっています。

左側に描かれているのは友人であったイラストレーターのフレデリック・バーナードの娘である11歳のドリーで、右側には7歳のポリーが描かれています。もともとはフランシス・ディビス・ミレットの5歳の娘、キャサリンがモデルになる予定であったものの、彼女は暗い髪色の持ち主であったためイメージに合わず、金髪のバーナードの娘たちが描かれたといわれています。

ピンクのバラが散りばめられた庭に、黄色のカーネーションと背の高い白百合がアクセントになっています。画面は緑の葉でいっぱいで、水平線などはなく、奥行きを感じさせません。鑑賞者は子供たちと対等な目線でありながら、見下ろしているようでもあります。

Public Domain / ‘The Awakening Conscience’ by William Holman Hunt. Image via WIKIMEDIACOMMONS

《良心の目覚め》1853年ウィリアム・ホフマン・ハント

本作品はウィリアム・ホフマン・ハントによって制作された作品で、男性とその愛人が描かれています。ウィリアム・ホルマン・ハントは1827年、ロンドンの商店の息子として生まれました。

ハントは幼いころから芸術に関心を抱いており、ロイヤル・アカデミー付属学校に入学します。しかし、ここではアトリエでのデッサンばかりで、していた絵画の教育は受けられませんでした。そんなハントにとって転機となったのは、1847年ジョン・ラスキンの「近代絵画論」にであったことでした。

ラスキンは「自然をありのままに再現するべきだ」という思想を展開した人物です。ハントはラスキンの思想に大きな衝撃を受け、志を同じくしたジョン・エヴァレット・ミレー、ダンテ・ガブリエル・ロセッティらとラファエル前派を結成。以降は、聖書、伝説などに主題を求め、画面のすみずみまで徹底的に描き込んだ細密描写をし、ラスキンの「自然の忠実な再現」という思想をもっとも忠実に実行していきました。

本作品では室内でくつろぐ男女が描かれていますが、女性の左手には結婚指輪がないことから女性が愛人であることが示唆されています。テーブルの下にいる鳥で遊ぶ猫やガラスの中に閉じ込められた時計、ピアノの上にかけられた未完成のタペストリー、ほつれた糸などは、女性が愛人であることを示す寓意として描かれているのです。

背景の鏡には外の世界が映し出されており、部屋の中の閉塞感とはほど遠い明るい世界が表現されています。女性の視線から、この女性は男性との関係やこの部屋よりも外の開放的な世界に惹かれていることがうかがえます。

Public Domain / ‘Ophelia’ by John Everett Millais. Image via WIKIMEDIA COMMONS

《オフィーリア》1852年ジョン・エヴァレット・ミレー

本作品はジョン・エヴァレット・ミレーによって1852年に制作された作品で、シェイクスピアの戯曲「ハムレット」の登場人物オフィーリアを描いています。

ミレーは1829年にイングランド南部サザンプトンに生まれた画家です。幼いころから優れた才能を示していたため、教育のために1829年にロンドンに移住しています。11歳のときにはロイヤル・アカデミー付属美術学校に最年少で入学しましたが、当時のアカデミーでは100年前の教育方法を変わらず行っており、ミレーは徐々に不満を募らせるようになっていきます。1848年になるとラファエル前派を結成し、アカデミズムに反旗を翻すようになっていきました。

本作品で描かれているのは、王子ハムレットが狂気に陥ったと思い込んで絶望し、登った柳の木の枝が折れたせいで小川に落ちて亡くなったオフィーリアの姿です。オフィーリアの死は文学上もっとも詩的に描かれた死の場面とされており、作中では、川に溺れてしまう前に歌を口ずさんでいる様子が切り取られています。また、川の中に描かれた花のそれぞれには象徴的な意味があり、オフィーリアの右手の下に浮かんでいる赤いケシは眠りと死を、ヒナギクは無邪気さを、バラは若さを、オフィーリアの首に巻かれているスミレは忠誠を表しています。

おわりに

テート・ブリテンは15世紀から現代までの芸術作品を所蔵している、イギリスを代表する美術館です。イギリス絵画史に残る名作も展示されており、必見といえます。ロンドンを訪れた際には、ぜひ足を延ばしてみてはいかがでしょうか。

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