サー・ジョン・ソーンズ美術館:小さな迷宮空間

サー・ジョン・ソーンズ美術館は、18世紀から19世紀にかけて活躍したイギリスの建築家ジョン・ソーンのコレクションを所蔵している美術館で、ソーンの邸宅を用いた独特の展示空間が有名です。展示品が所せましと並べられていることから入場者数が制限されるなど、他の美術館とは異なる点が話題を呼んでいます。そんなサー・ジョン・ソーンズ美術館の歴史と所蔵品について詳しく解説していきます。

サー・ジョン・ソーンズ美術館とは

Public Domain / ‘Sir John Soane’ by Thomas Lawrence. Image via WIKIMEDIA COMMONS

サー・ジョン・ソーンズ美術館は18世紀から19世紀にかけて活躍したイギリスの建築家ジョン・ソーンのコレクションを所蔵している美術館です。美術コレクターとしても知られていたソーンは、そのコレクションと建築を一体化させ、一種の総合芸術にまで高めることを理想としてこの美術館を作り上げました。展示コーナーはジャンルや時代が複雑に絡み合った空間となっており、建築自体も数多くの採光用の窓が設けられ、その窓から零れ落ちる光によって幻想的な展示空間が作られています。

サー・ジョン・ソーンズ美術館は現在第一級指定建築物の認定を受けており、また美術館内部が広くないことから、1回あたりの入場者数は15人前後に制限されています。また、入場の際はカバンや荷物を入り口で預けなくてはなりません。こうした制限の一方で、毎月第一火曜日の夜には蝋燭の明かりだけで展示品を鑑賞する「キャンドルナイト」が行われるなど、他の美術館にはないユニークな点もあってか、世界中からアートファンが訪れる美術館となっています。

サー・ジョン・ソーンズ美術館の歴史

サー・ジョン・ソーンズ美術館の歴史は、ソーンが経済的に豊かであった妻のおじにあたる人物の遺産を相続し、その資金でリンカーンズ・イン・フィールズ北側にある屋敷を購入したことからはじまります。この建物を拠点としてソーンの美術品蒐集がはじまり、それにともなって屋敷を取り壊しては再築していきました。

ソーンはまず1792年から1794年にかけて、質素な煉瓦の家屋であった「No.12」の再築に取り掛かります。その後、製図室や博物館、No.12に続く「No.13」や「No.14」の改築にも取り掛かっていきました。ソーンの存命中にはすでに所蔵コレクション数は多大なものとなっており、ソーンが亡くなるとともに国に寄贈されました。この時から、美術館として正式に運営が開始されることとなります。
現在では、特別展示会場「ソーン・ギャラリー」や国家の建築研究センターとして、国の教育的活動にも貢献しています。

サー・ジョン・ソーンズ美術館のコレクション

サー・ジョン・ソーンズ美術館のコレクションは、古代エジプトや古代ギリシア、古代ローマの建築物の破片や装飾物、また中世のステンドグラスや宝石、ブロンズ作品などが大部分を占めています。また、ソーンがロイヤル・アカデミー・オブ・アーツで教授をつとめた際に講義で使用したおよそ3万枚の建築図面も所蔵されており、その中にはソーン自身の素描が8千枚所蔵されています。ほか、新古典主義建築の巨匠ロバート・アダムやウィリアム・チェンバーズのドローイングなども含まれています。

絵画作品としては16世紀から19世紀までの油彩や水彩、素描作品などが中心で、ウィリアム・ホガースによる「放蕩一代記」やソーンの親友であったジョセフ・マーロド・ウィリアム・ターナーやカナレットによるヴェネツィア風景画の傑作なども所蔵されています。そんなサー・ジョン・ソーンズ美術館のコレクションには、どのような作品が含まれているのでしょうか。主要な所蔵品をご紹介します。

Public Domain / ‘The Young Heir Takes Possession of the Miser’s Effects’ by William Hogarth. Image via WIKIMEDIA COMMONS

《放蕩一代記》1732年-1734年ウィリアム・ホガース

本作品は1732年から1734年にかけて制作された作品で、イギリスを代表する風刺画家ウィリアム・ホガースによって描かれました。ホガースは1697年にロンドンで生まれた画家です。

最初は銀細工師として働いていたものの、父の死去後は版画家に転向し、当時の世相を批判した連作で有名になっていきました。《当世風の結婚》や《娼婦一代》、《残酷の4段階》などを制作し、その中でも《放蕩一代記》はホガースの代表作として知られています。

本作品はそんなホガースによる作品です。1732年から34年にかけて8枚組の油彩画が制作され、その連作をもとに版画が制作されました。油彩画の方はサー・ジョン・ソーンズ美術館に、版画作品の方は大英博物館に所蔵されています。

Public Domain / ‘In The Madhouse’ by William Hogarth. Image via WIKIMEDIA COMMONS

一連の作品は、トム・レイクウェルという架空の浪費家を主人公としています。彼は裕福な父親から遺産を相続すると、ロンドンで賭博や売春、豪奢な生活を送り、その富を食いつぶしてしまいます。やがて債務者監獄に投獄されることとなり、最後はベツレム精神病院で一生を終えることとなります。

ホガースは本作品を通して人間の愚かさや貪欲さを批判し、道徳的な教訓を示すことを目的としている一方で、作中には比喩や暗示めいたモチーフが数多く描きこまれていることから、絵解きの面でも大変な話題となりました。

Public Domain / ‘View in Venice, on the Grand Canal’ by Canaletto. Image via WIKIMEDIA COMMONS

《ヴェニスの風景西から望むスキアヴォーニ河岸》1736年カナレット

本作品は1736年に制作された作品で、都市景観画を得意としたカナレットによって描かれました。

カナレットは本名をジョヴァンニ・アントーニオ・カナールといい、1697年にヴェネツィアで生まれました。父親であるベルナルド・カナールも画家であったことから、「小さい運河」を意味する「カナレット」と呼ばれるようになり、父子で劇場の舞台背景画を描く仕事をしていました。カナレットの作品の多くは生まれ故郷であるヴェネツィアを描いたもので、光や大気の効果を巧みに表現したものでした。

本作品はヴェネツィアのスキアヴォーニ河岸を描いたもので、船が行き交う活発なヴェニスの風景が美しく映えています。その表現は写真的ともいえる精緻なものであり、カナレットの画力の高さがうかがえる作品です。また、近年ヴェネツィアは水位上昇や地盤沈下の危機にさらされていますが、カナレットをはじめとしたヴェネツィアの画家たちが残した作品から当時の藻の繁殖状態がわかるため、水没を阻止するための手掛かりになるとして期待されています。

おわりに

サー・ジョン・ソーンズ美術館はソーンの蒐集したコレクションを彼自身の美的センスで改築された展示空間で楽しめる美術館です。その独特の展示空間はほかの美術館にはない、幻想的なものとなっています。

また、ほかの美術館とは異なり、コレクションは時代やジャンル関係なく展示されているため、体系的な展示と言えるものではありません。しかし、そうした展示空間を通してコレクターの意図や思想を感じ取れるというのは、この美術館ならではといえるでしょう。

サー・ジョン・ソーンズ美術館はホルボーン駅からすぐ、ロンドンバスでもアクセスが良いところにあります。ロンドンを訪れた際には、ぜひ足を延ばしてみてはいかがでしょうか。

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