ダービー博物館・美術館:ジョセフ・ライトの作品を数多く楽しめる美術館

ダービー博物館・美術館はイングランドのイースト・ミドランドの地方都市、ダービーに設立された美術館・博物館です。ダービー周辺地域の磁器や考古学、博物学、地質学などに関わる品々、ジョセフ・ライトの作品の多くを所蔵していることで知られています。そんなダービー博物館・美術館の歴史と所蔵品について詳しく解説していきます。

ダービーの風景

ダービー博物館・美術館

ダービー博物館・美術館は、イングランドのイースト・ミドランドの地方都市ダービーに設立された美術館・博物館で、美術館は1882年に開館しました。

開館のきっかけとなったのはダービー哲学界の会長を収めていたフォレスター博士のコレクションが寄付されたことで、1836年2月10日に「ダービー市郡博物館・博物館学協会」が設立。協会はフル・ストリート公衆浴場内に設置され、会員の支払う会費によって運営されていました。第6代デヴォンシャー公爵のウィリアム・キャヴェンディッシュが後援者となり、熱心な博物学者ジョージ・ハーパー・クルーが会長を務めたこともあって、この博物館そのものは非常に私的なものであったのにもかかわらず、充実したコレクションを誇っていました。

また、ジョージ・ゴーラー中佐が鉱物や外国産の鳥の剥製のコレクションを寄贈していますが、その中にはゴーラーが南オーストラリア植民地総督をつとめていた際に得たアホウドリの剥製も含まれており、当時としては画期的なコレクションとなっていました。

ダービーの街並み

1839年には大規模な展覧会を開催。そこで展示された品々は展覧会終了後にダービー博物館・美術館に引き継がれることとなり、より充実したコレクションを所蔵するようになっていきます。

こうしてコレクションが急増したことにより、1856年には市議会議員であったウィリアム・マンディから市営化の要請を受けますが、協会はこれを拒否。1870年になってようやくダービー市に所有権が譲渡されたものの、所蔵品を展示する十分なスペースを見つけるのは非常に困難な状態になっていました。

そのため、コレクションのすべてを3年間倉庫で保管したのち、1879年6月28日に一般公開開始。その後1936年には、アルフレッド・E・グディが50年にわたって収集した大量の所蔵品をダービー美術館に寄付するとともに、美術館増築のための費用を遺します。その増築が1964年に完了して現在にいたります。

ダービー博物館・美術館のコレクション

ダービー博物館・美術館のコレクションには初期の地質学や博物学に関わる品々の他、ジョセフ・ライトやジョージ・ターナー、アーネスト・タウンゼンドの作品などがあります。特にジョセフ・ライトのコレクションは充実しており、ジョセフ・ライトの作品のみを展示したギャラリーが設置されています。主要な作品をご紹介します。

《賢者の石を探す錬金術師》1771年ジョセフ・ライト

本作品は1771年に制作された作品で、ライト・オブ・ダービーと称されたジョセフ・ライトによって描かれた作品です。ジョセフ・ライトは1734年、ダービーのアイロンゲートに生まれた画家です。

ライトはダービー・グラマースクールで学んでいますが、その頃に版画を模写して独学で絵画を学びました。1751年にはロンドンに上京し、ジョシュア・レノルズの師としても知られるトーマス・ハドソンのもとで2年間肖像画家として修業を積みます。その後故郷ダービーに戻ると、彼は親類や地元の名士たちの肖像画を描きました。以後、肖像画家として生計を立てています。

ライトの作品の特長は、光と闇の対比を強調するキアロスクーロを用いていることであり、ろうそくを効果的に使用した絵画がよく知られています。また、ライトの作品の何点かはバーミンガムを中心としたミッドランド地方の工業家や科学者、作家などが組織した交流団体であるルナー・ソサエティでの議論に基づいており、啓蒙時代と呼ばれた時期の科学がどのように発展していったのかを示す作品となっています。

そんなライトが制作した作品である本作品は、ハンブルグの錬金術師ヘニッヒ・ブラントが1669年にリンを発見したエピソードを描いたものと考えられています。リンの発見はライトが生きた時代に出版された化学書でよく取り上げられており、啓蒙時代において好まれたエピソードの一つでした。中世ゴシック様式のアーチと、高くとがった窓のある部屋で研究に励む錬金術師は、輝く容器の前にひざまづき腕を伸ばして驚きを表現しています。非常に幻想的な表現の作品となっているものの、実際1700年代にリンを製造するにあたっては腐敗した尿がバケツ50杯から60杯必要であったといわれているため、本作品は理想的な空間として表現されていることが伺えます。また、宗教的な暗示も込めたものと考えられています。

本作品においては、内装が中世ゴシックであるにもかかわらず、17世紀のリンが発見された場面を描いているなどの齟齬が混乱を生み、発表当時からさまざまな議論がなされてきました。現在でもその解釈は分かれており、研究が進められています。

《太陽系儀の講義》1766年ごろジョセフ・ライト

本作品は1766年ごろに制作された作品であり、ジョセフ・ライトによって描かれた作品です。描かれているのは、太陽系儀をもとに熱心に研究を行う紳士たちが蝋燭に照らされている姿であり、18世紀の啓蒙時代を象徴する表現となっています。本作品は注文を受けてから制作されたのではなく、太陽系儀を所有するアマチュア天文学者としても知られていた第5代フェラーズ伯爵ワシントン・シャーリーに購入されることを期待して描かれたと考えられている作品で、実際にフェラーズ伯爵は本作品を210ポンドで購入しています。

その後、第6代伯爵は本作品を競売に出してしまいますが、現在それはダービー博物館・美術館のコレクションの一つとなっています。作中でノートを取っているのはライトの友人であるピーター・ぺレス・バーデット、太陽系儀の隣に息子と座っているのがフェラーズ伯爵であると考えられています。

また、講師のモデルとなったのは、初期の地質学に多大な貢献をした科学者ジョン・ホワイトハーストであるという説と、ゴドフリー・ネラーが描いたアイザック・ニュートンに似ているという意見があります。それぞれの顔は蝋燭で照らされていますが、これらは新月や半月、満月などさまざまな月の満ち欠けを表していることがわかっており、キアロスクーロ(明暗法)を用いた劇的な描写はもとより、こうした科学の知識にもライトは精通していたことが伺えます。

ダービー博物館・美術館に程近い「ダービーマーケットホール」

おわりに

ダービー博物館・美術館は私的なコレクションの寄贈によって始まったものの、その後地質学や博物学・考古学に関わる品々が所蔵され、現在ではイギリスでも有数の博物館・美術館となっています。またジョセフ・ライトの作品を多く所蔵していることでも知られており、その作品からは18世紀啓蒙時代におけるイギリスの有識者たちの様子を伺うことができます。

ダービー・博物館・美術館はロンドンから離れているものの、鉄道や空港、バスなど交通機関が発達しており比較的アクセスはよいといえます。イギリスを訪れた際には、足を延ばしてみてはいかがでしょうか。

https://www.derbymuseumsfromhome.com

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