スコットランド国立美術館:初期ルネサンスから19世紀後半までの芸術品を所蔵する美術館

スコットランド国立美術館はスコットランドのエディンバラにある、1859年に開館した国立美術館です。初期ルネサンスから19世紀後半までの版画やドローイングに関する資料が3万点所蔵されているほか、学術図書館も1300年から1900年までの時代をカバーしており、研究機関としても充実しています。
そんなスコットランド国立美術館の歴史と所蔵品について詳しく解説していきます。

■スコットランド国立美術館とは

スコットランド国立美術館はスコットランドのエディンバラにある国立美術館で、1859年に開館しました。1819年に設立されたスコットランド王立芸術奨励協会が徐々にコレクションの収集をはじめ、1838年にスコットランド王立アカデミーが開設されます。このアカデミーがコレクションの形成を始め、1840年代にそれらを収容する新しい建物の建築計画が持ち上がります。そして完成したのがスコットランド国立美術館です。設計を担当したのは著名なスコットランドの建築家、ウィリアム・ヘンリー・プレイフェアでした。
その後1912年には、隣接するスコットランド王立アカデミーとともにウィリアム・トマス・オルドリーヴによって改築。再開館に伴い、スコットランドとヨーロッパ諸国の芸術作品を常設展示する展示空間がさらに充実させられました。

■スコットランド国立美術館の所蔵品

スコットランド国立美術館では、中世から現代にいたるまでの西洋美術の傑作が多数所蔵されています。加えて、初期ルネサンスから19世紀後半までの版画やドローイングに関する資料が3万点、学術図書館には1300年から1900年にいたるまでの約5万点の資料が収められています。また、その中にはスコットランド国立美術館の展示会や歴史に関する文書も含まれています。
そんなスコットランド国立美術館主要な作品をご紹介します。

(Public Domain /‘Christ in the House of Martha and Mary’by Johannes (Jan) Vermeer. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

・《マリアとマルタの家のキリスト》1656年ヨハネス・フェルメール

本作品は1656年に、オランダ黄金時代の画家ヨハネス・フェルメールによって描かれた作品です。

ヨハネス・フェルメールは1632年に、ネーデルランドのデルフトに生まれた画家です。父親はパブと宿屋を営んでおり、フェルメールが生まれる前年には画商として聖ルカ組合に登録しています。その影響か、フェルメールもまた芸術家を志すようになっていきます。フェルメールは1653年にカタリーナ・ボルネスと結婚したのち、聖ルカ組合に親方画家として登録。家業を継いで複数の収入源があったことや、義母が大変裕福だったこともあり、彼は当時金と同程度に高価であったラピスラズリを原料とするウルトラマリンを惜しげもなく使用して作品を制作することができました。

その後もデルフトの醸造業者で投資家でもあるピーテル・クラースゾーン・ファイ・ライフェンに支援されるなど、非常に恵まれた環境で作品を制作する日々が続きますが、第三次英蘭戦争が勃発したことでネーデルランドの経済は低迷し、フェルメールもその影響を受けることになります。フェルメールは抱えた負債を何とかするべく奮闘するものの、その甲斐なく1675年に42歳の生涯を閉じることとなります。

本作品はフェルメール作品としては最大のものです。キリストがマルタとマリアという姉妹の家を訪れたという新約聖書の記述をもとにしており、フェルメールとしては珍しい宗教的要素の強い作品です。初期の作品であるため、本作品の青色には彼特有のウルトラマリンではなく、インディゴやスマルトなどの混合物が用いられています。

参考サイト:wikipedia ヨハネス・フェルメールChristin the House of Martha and Mary (Vermeer)

・《布教の後の幻影》1888年ポール・ゴーギャン

本作品は1888年に、ポスト印象派の巨匠ポール・ゴーギャンによって描かれた作品です。

ポール・ゴーギャンは1848年フランスのパリに生まれました。父親クロ―ヴィスは共和主義のジャーナリストであり、ナポレオン3世のクーデターが起きたことによって職を失ってしまいます。ゴーギャン一家は母親の親戚を頼ってペルーに向かい、4年の月日を過ごすことになります。

その後彼はフランスに戻り、カトリック系の寄宿学校で学んだ後、商船の水先人見習いとして世界をめぐり、兵役でフランス海軍に入隊。除隊後はパリ証券取引所で株式仲買人として働いていたものの、ゴーギャンは徐々に絵画に興味を持つようになります。1882年にパリの株式市場が大暴落するとゴーギャンの収入は激減。ゴーギャンは徐々に画業のみで生計を立てることを志すようになります。その後ゴッホとの共同生活を経て、タヒチに滞在しプリミティブな主題を描いた作品を数多く制作。ポスト印象派を代表する巨匠として認められていくこととなります。

本作品はそんなポール・ゴーギャンによって描かれた作品で、1888年フランス、ポン・タヴェンのブルゴーニュで制作されました。手前には祈りをささげる女性信者たちが描かれており、画面右奥には聖ヤコブが天使と戦う様子が描かれています。その二つのイメージは木によって分けられており、背景は大胆に赤で塗りつぶされています。
この光景は、女性信者たちが教会の布教を受けたのちに目にしたビジョンであるとされており、木を境にして手前は現実の光景、奥には幻影という構図になっています。こうした大胆な構図は浮世絵の影響を受けたものと考えられており、大胆に赤を塗ることでその効果を強調しています。

参考サイト:wikipedia ポール・ゴーギャンVision after the Sermon

(Public Domain /‘A Vase of Flowersル’by Jean Siméon Chardin. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

・《花瓶の花》1760年代ジャン・シメオン・シャルダン

本作品は1760年ごろにジャン・シメオン・シャルダンによって描かれた作品です。

シャルダンは1699年に、フランスのパリに生まれた画家です。歴史画で有名なピエール・ジャック・カーズの工房やコアペルの工房で学び、1728年には王立絵画彫刻アカデミーの正会員となります。1731年にサロンに出品を開始し、1733年ごろからは風俗画の作品を描くようになっていきました。シャルダンの風俗画は大変な評判となり、1757年にはルーブル宮殿にアトリエ兼住居を授かる名誉を受けています。また、国内外の王侯貴族からも多数の依頼を受けていました。特にロシアのエカチェリーナ2世はシャルダンをことのほか気に入り、サンクト・ペテルブルグにあるアカデミーのための建物の装飾画を注文するほどでした。

本作品はそんなシャルダンによって描かれた作品で、花を描いた唯一の作品だと言われています。様々な種類、色合いの花が生けられている本作品の花瓶は、ハイライトや質感が実に見事です。正面の純白の花や左右に広がりを持たせた花の入れ方はとても華やかですが、背景の色合いと光のあて方によって落ち着いた雰囲気のある絵に仕上がっています。

参考サイト:wikipedia ジャン・シメオン・シャルダン

■おわりに

スコットランド国立美術館のコレクション充実度は世界有数であり、ヨーロッパにおける西洋美術の傑作の数々を所蔵しています。スコットランドを訪れた際には、足を延ばしてみてはいかがでしょうか。

参考サイト:wikipedia スコットランド国立美術館

参考サイト:wikipedia Scottish_National_Gallery

公式ホームページ

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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