レディ・リーヴァー美術館:愛する妻のために建てられた美術館

レディ・リーヴァー美術館はマージサイドのポート・サンライトにある美術館であり、1922年に開館しました。ユニリーバの創設者として有名な、実業家のウィリアム・ヘスケス・リーヴァー卿のコレクションをもとに開館した美術館であり、リーヴァー卿の妻であるレディ・リーヴァーに捧げられたことで知られています。そんなレディ・リーヴァー美術館の歴史と所蔵品について詳しく解説していきます。

ポート・サンライトの風景

■レディ・リーヴァー美術館とは

レディ・リーヴァー美術館はマージサイドのポート・サンライトにある美術館です。ポート・サンライトは、1888年に現在のユニリーバの前身にあたるリーバ・ブラザーズが、石鹸工場で働く工場員の住居として建設した村であり、「サンライト」という名前は当時リーバ・ブラザーズ製品の中で一番人気があった石鹸の商品名からつけられました。ポート・サンライトには重要文化財建築が900棟近くあり、1978年には保全地区に登録されています。

ポート・サンライトの風景

そんなポート・サンライトにあるレディ・リーヴァー美術館は、ユニリーバの創設者であるウィリアム・ヘスケス・リーヴァー卿によって1922年に開設されました。リーヴァーは優れた経営手腕でもって事業を軌道に乗せ、従業員の福利厚生を厚くするなどしてリーバ・ブラザーズを大きく成長させました。そんなリーヴァー卿を支えたのが妻のエリザベスです。2人は自他共に認めるおしどり夫婦であったものの、1913年にエリザベスが亡くなるとウィリアムは悲しみに暮れ、妻のための美術館を建設することを思いつきます。リーヴァー卿は優れたアートコレクターとしても知られており、そのコレクションの中にはラファエル前派の傑作を含めた質の高い作品が数多く含まれていました。

現在レディ・リーヴァー美術館は、リバプール市内及び近郊の3つの美術館からなる「リバプール国立美術館」のひとつとなっており、質の高い展覧会を年間にわたって開催しています。

参考サイト:wikipedia ポート・サンライトレディ・リーヴァー美術館

■レディ・リーヴァー美術館のコレクション

レディ・リーヴァー美術館のコレクションは、18世紀から19世紀にかけての絵画と18世紀の家具などを中心としたもので、特にラファエル前派やターナー、コンスタンブルの傑作を所蔵していることで有名です。そのほかにも、ウェッジウッドのコレクションや中国の陶磁器、タペストリーや刺繍といった工芸品も数多く所蔵しており、非常に見ごたえのあるコレクションとなっています。そんなレディ・リーヴァー美術館の主要な作品をご紹介します。

(Public Domain /‘The Scapegoat’by William Holman Hunt. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

・《贖罪のヤギ》1854年-1856年ウィリアム・ホルマン・ハント

本作品は1854年から1856年にかけて、ラファエル前派の巨匠ウィリアム・ホルマン・ハントによって描かれた作品です。

ハントは1827年ロンドンのチープサイドに生まれた画家で、1848年にはロイヤル・アカデミー付属美術学校の学生であったジョン・エヴァレット・ミレーやダンテ・ゲイブリエル・ロセッティらとともにラファエル前派を結成しています。ラファエル前派は「ラファエロ以前」という意味であり、当時のアカデミーにおける古典偏重の美術教育に異を唱えるものでした。ラファエル前派は1853年にミレーがロイヤル・アカデミーの準会員になったことをきっかけとして解散することになるものの、ハントはラファエル前派の精神を最後まで保っていた画家であり、聖書や伝説などを主題としつつ画面の隅々まで細密に描くという画法を取っていました。

そんなハントによって描かれた本作品は、旧約聖書のレビ記に記されている「贖罪の山羊」を描いたものです。贖罪の日であるヨム・キプルの際には、人々の罪を背負う生贄として山羊が砂漠に放たれたといわれており、山羊の角には罪の象徴である赤い布がかぶせられています。ハントらしく画面の隅々まで細密描写が施されているものの、当時の人々にとって山羊の役割や象徴性は一般的なものではなく、本作品が宗教画として広く理解されることはありませんでした。

死海のほとりまで出向いて描かれたエドムの山々の風景はきわめて写実的で、ラファエル前派の精神を色濃く表した作品といえます。

参考サイト:wikipedia ウィリアム・ホルマン・ハントTheScapegoat(painting)

・《赦免の木》1881年-1882年エドワード・バーン=ジョーンズ

本作品は1881年から1882年にかけて、ラファエル前派の画家エドワード・バーン=ジョーンズによって描かれた作品です。

バーン=ジョーンズは1833年イギリスのバーミンガムで生まれた画家で、メッキ師の息子として生まれました。キング・エドワード6世グラマースクールに通った後、1848年から1852年にかけてオックスフォード大学エクスター・カレッジで神学を学んでいます。その後ラファエル前派の巨匠ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティのもとで学び、大学卒業後はステンドグラス制作に励むようになります。そのほかに絵画作品はもちろん、装飾デザインなどの分野でも活躍し、1898年には64歳でその生涯を閉じています。

バーミンガム美術館所蔵作品(レディ・リーヴァー美術館のものと若干違いあり)
(Public Domain /‘Phyllis and Demophoon’by Edward Burne-Jones. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

本作品はそんなバーン=ジョーンズによって描かれた作品であり、ギリシア神話の悲恋の物語に基づいた作品です。トロイア戦争後、英雄テセウスの息子デモフォンと、トラキア王の娘フュリスは恋に落ちて結婚の約束を交わすものの、デモフォンは出先から彼女のもとへなかなか戻らず、フュリスは悲しみに暮れて自殺してしまいます。戻ってきたデモフォンが、フュリスが変身したとされるアーモンドの木を抱きしめると花が咲き始めたという物語です。

本作では、フュリスがアーモンドの木から飛び出し、その腕をデモフォンの身体に絡めている様子が描かれています。デモフォンは驚きのあまり体をよじっており、そんな恋人たちを彩るかのようにアーモンドの花が咲きほこっています。

参考サイト:wikipedia エドワード・バーン=ジョーンズ

(Public Domain /‘Bubbles’by John Everett Millais. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

・《シャボン玉》1885年-1886年ジョン・エヴァレット・ミレー

本作品は1885年から1886年にかけて、ラファエル前派の巨匠ジョン・エヴァレット・ミレーによって描かれた作品です。

ミレーは1829年にイングランド南部のサザンプトンに生まれた画家で、幼いころから優れた才能を示し、11歳のときには史上最年少でロンドンのロイヤル・アカデミー付属美術学校に入学します。1846年には年次展に入選して高く評価されていたものの、アカデミーの教育に不満を抱いていたミレーは1848年にラファエル前派を結成。その後は肖像画を中心に数々の作品を描いていきました。その中でもファンシー・ピクチャーと呼ばれる子どもを描いた作品は人々に特に愛されました。

作品はそんなファンシー・ピクチャーのひとつとされる作品で、当時4歳ぐらいであった孫のウィリアム・ジェイムズを描いた作品です。これは大変人気で、A&Fペアーズ社の取締役トーマス・J・バラットによって版権が買収され、少年の足元に石鹸が描き加えられたうえで、ペアーズ・ソープの広告に用いられました。A&Fペアーズ社は1914年にリーバ・ブラザーズに買収されたことでユニリーバ社の所有となっています。

参考サイト:wikipedia ジョン・エヴァレット・ミレーシャボン玉(絵画)

■おわりに

レディ・リーヴァー美術館は、ユニリーバの創設者であるリーヴァー卿によって愛する妻エリザベスのために設立された美術館であり、その質の高いコレクションは世界中から注目を集めています。ポート・サンライトを訪れる機会があれば、ぜひ足を延ばしてみてください。

公式ホームページ

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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