ホーチミン(ベトナム):フランスの小説家マルグリッド・デュラスの生誕地

“東洋のパリ”と称される美しい町、ホーチミンに生まれた小説家『マルグリッド・デュラス』。彼とその故郷ホーチミンの魅力を、たっぷり紹介していきます。

フランスの小説家『マルグリッド・デュラス』

『マルグリッド・デュラス(Marguerite Duras)』は1914年生まれ、ベトナム(当時はフランス領のインドシナ)のホーチミン出身の小説家です。1943年に小説家としてのデビュー作“あつかましき人々”を発表し、1950年には“太平洋の防波堤”という作品がフランスで最も権威ある文学賞“ゴンクール賞”にノミネートされましたが、惜しくもこの時は受賞を逃しています。しかし、およそ30年後の1984年、自伝的小説“愛人”を発表し見事にゴンクール賞を受賞しました。この作品は拠点としていたフランスのみならず世界的なヒットを記録し、ベストセラーとなっています。

1932年にベトナムからフランスに移住したマルグリッド・デュラスは、パリ大学で法律と数学を専攻し学びを深めていきました。また、小説家としてだけではなく1966年からは映画監督としても活動しています。また自身の代表作は1992年に映画化され、脚光を浴びました。文学の才能を発揮し、世界の注目を集めてきた小説家マルグリッド・デュラス。その故郷が、“東洋のパリ”と称される町『ホーチミン』です。次章からはホーチミンの魅力を紹介しましょう。

マルグリッド・デュラスの故郷『ホーチミン』

『ホーチミン(Thành phốHồChí Minh)』は、東南アジアに位置する国ベトナムで最大の町です。地元の人たちの間では、かつての名称である“サイゴン”と呼ばれています。ホーチミンはフランス統治時代の名残が色濃く残る、ヨーロッパ風の美しい町並みが特徴です。“東洋のパリ”と絶賛され、世界中からたくさんの観光客を呼び寄せています。『サイゴン中央郵便局』や『サイゴン大聖堂』などのホーチミンを彩る建物群は、褪せることのない輝きを放っています。

(Public Domain /‘Ho Chi Minhportrait in c. 1946.’ by.Unknownauthor Image via WIKIMEDIA COMMONS)
※ホーチミン人民委員会庁舎前に設置されているホー・チ・ミン像

かつてはクメール人が居住する小さな漁村だったというホーチミン。1862年にはサイゴンの名称が一般に定着し、発展を遂げていきました。1975年、南ベトナムのサイゴン陥落後に町の名前はホーチミンに改称されました。この名称は、“ベトナム建国の父”と呼ばれた『ホー・チ・ミン』に由来しています。ベトナムの経済や文化を牽引する東南アジア屈指の世界都市ホーチミン。極東の真珠とも呼ばれるこの町の見所を紹介していきます。

美しいコロニアル建築の建物『サイゴン中央郵便局』

『サイゴン中央郵便局(Bưu điện Trung tâm Sài Gòn)』は、フランス統治時代の1891年に完成した建物です。パリのオルセー美術館をモデルに設計されたといわれるクリーム色の優雅な外観は、パリの中心地にあったとしても違和感はないでしょう。現在も現役で稼働しており、訪れた記念にポストカードを投函するのが恒例行事なのだとか。郵便局内にお土産物屋さんもあるので、自分自身や友達に向けて一筆書いてみてはいかがでしょうか?きっとよい思い出になるはずです。

コロニアル様式の建物は、外観はもちろん内装の豪華さにも注目です。美しいアーチを描く天井はガラスが一面に張られており、幻想的な輝きを見せてくれるでしょう。床はタイル張りになっており、抜かりなくキレイに磨かれています。また、郵便局の最奥部には“ベトナム建国の父”である『ホー・チ・ミン』の肖像画が展示されています。

ベトナムで最大の教会『サイゴン大聖堂』

『サイゴン大聖堂(Nhà thờchính tòa Đức Bà Sài Gòn)』は、“聖母マリア大聖堂”とも呼ばれる壮麗な教会です。2つの尖塔がランドマークの教会は、ベトナムで最大の大きさを誇るのだとか。先に紹介したサイゴン中央郵便局のすぐそばにあるので、ぜひ合わせて訪れてみてくださいね。ネオ・ゴシック様式の堂々たる佇まいは必見です。

正面中央には華やかな印象を与えるバラ窓が設置されています。教会の正面にある聖母マリアの像は、涙を流したとして話題になったこともありました。

大聖堂の内部に足を進めれば、そこは白を基調としたシンプルな空間です。天井はとても高く、ステンドグラスから差し込んだ陽光が教会内を照らしています。幻想的な空間にきっと時間の流れを忘れてしまうでしょう。ミサの時間には、敬虔なカトリック教徒が熱心に祈りを捧げています。厳粛な空気が漂うサイゴン大聖堂、ぜひあなたも足を運んでみてはいかがでしょうか?

ベトナム戦争が終結を迎えた場所『統一会堂』

『統一会堂(Hội trường Thống Nhất)』は1873年に完成した建物です。“ノロドン宮殿”や“独立宮殿”など、時代の流れに沿って名称を変化させてきました。ベトナムの歴史の変遷を象徴する、ひとつのシンボルといえるでしょう。

また、1955年〜1975年にかけて続いたベトナム戦争は、この統一会堂に戦車が侵攻したことで終結を迎えました。建物の広場には、そのときの戦車が展示されています。

かつては大統領府として使用されていた統一会堂は、現在博物館として一般公開されています。大統領室や内閣会議室など、普段なら目にできないような重要な部屋の数々を見学できるでしょう。

また、地下は作戦指令室や通信機、ベトナムの地図などが残されており、ベトナム戦争時代の生々しい状況を目の当たりにすることができます。入り組んだ構造の地下部分は、まさに秘密基地のように利用されていたのです。ベトナムの歴史を変えた場所、統一会堂は絶対に見逃せない場所です。

ベトナム戦争の真実を展示した『戦争証跡博物館』

『戦争証跡博物館(Bảo tàng Chứng tích chiến tranh)』は、ベトナムが南北に分裂して勃発したベトナム戦争の歴史を展示した博物館です。1975年に開館しました。

館内にはベトナム戦争当時の生々しい写真や解説、犠牲になった人たちの遺品や衣服などが展示されています。1〜13の番号順に銃器や実弾、砲弾などが展示されており、アメリカ軍が使用した枯葉剤による影響で“奇形児”となってしまった人たちの写真もあります。

屋外には実際に使用された戦車やヘリコプターなどが展示されています。

恐ろしく迫力のある銃口の正面に立つと、震えるほどの緊張感が全身を包むでしょう。このような出来事が、つい最近までおこなわれていたのです。ベトナムの負の歴史ともいえるベトナム戦争、その遺恨は未だに残されています。

ホーチミンの名物『ベトナムコーヒー』と『バイン・ミー』

『ベトナムコーヒー(Cà phê)』は、ほかの国で飲むコーヒーと一線を画します。深煎りのコーヒー豆をフランス式の細かい穴が空いたドリッパーでじっくりと抽出、練乳を加えてまろやかさとコクをプラスします。苦味と酸味、そして練乳の甘さが生みだす味わいは、きっとクセになるはずです。アイスもあるので好みで選んでくださいね。お土産にコーヒー豆を購入してみるのもおすすめです。

ホーチミンのもうひとつの名物である『バイン・ミー(bánh mì)』は、柔らかいバゲットにさまざまな具材を挟んだ、ベトナムを代表するファストフードです。もちろんベトナムコーヒーとの相性もバツグンですよ。シンプルですが野菜や肉類、パテの旨味を堪能できます。屋台やカフェ、レストランなどどんな場所でも食べることができますよ!お店によって味も変わるので、お気に入りのお店を探してみるのもおもしろいでしょう。お財布にも優しいベトナムの国民食ですね。

ベトナムで最大の街、極東の真珠ホーチミン

フランスの小説家マルグリッド・デュラス、その生誕地であるベトナムのホーチミンの魅力や見所を紹介してきました。フランス統治時代の町並みと、ベトナム独自のローカルな文化が融合したホーチミンでは、ほかの町では体感できない個性的な時間を過ごせるでしょう。サイゴン中央郵便局やサイゴン大聖堂のほか、悲しい歴史を紹介する戦争証跡博物館にも、ぜひ足を運んでみてください。また、ホーチミンのお土産には可愛らしいベトナム雑貨を選んでみるのがおすすめです。

フランスの小説家マルグリッド・デュラス、その生誕地であるベトナムのホーチミンの魅力や見所を紹介してきました。フランス統治時代の町並みと、ベトナム独自のローカルな文化が融合したホーチミンでは、ほかの町では体感できない個性的な時間を過ごせるでしょう。サイゴン中央郵便局やサイゴン大聖堂のほか、悲しい歴史を紹介する戦争証跡博物館にも、ぜひ足を運んでみてください。また、ホーチミンのお土産には可愛らしいベトナム雑貨を選んでみるのがおすすめです。ホーチミンの玄関口は『タンソンニャット国際空港(Sân bay quốctếTân Sơn Nhất)』です。かつては“サイゴン国際空港”の名称でも親しまれていました。市街地からの距離はおよそ8kmで、バスかタクシーを使えばおよそ30分〜40分の距離にあります。温暖な気候が続くベトナム最大の町ホーチミン。次回の旅の目的地に、この個性溢れるベトナムの町を選んでみてはいかがでしょうか?

サイゴン中央郵便局公式HP

統一会堂公式HP

戦争証跡博物館公式HP

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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