カンボジア:魅惑のカンボジアシルクを求めて

アンコール王朝時代に生産が始まって以来、宗教儀礼のほか、冠婚葬祭やフォーマルシーンで重宝されてきた絹織物は、カンボジアを代表する伝統工芸品です。黄金の繭から紡ぎ出される絹糸は丈夫でしなやかです。天然素材で染色された味わい深い色味のほか、糸の染色段階から綿密に計算されて織り出される絣模様も必見でしょう。古来より愛され続けてきたカンボジアシルクの魅力を探るべく、シルク生産村を訪ねます。

ンボジアの伝統工芸品といえば、真っ先に挙げられるのがカンボジアシルクでしょう。黄金の絹糸が生み出す艶やかなきらめき、天然素材で染め上げられた深みのある色合い、緻密な手作業によって丹念に繰り出される神秘的な絣模様。シルク製品は様々なシーンで実用品として利用されるものでありながら、1枚の布そのものが芸術的な魅力を放ちます。タイシルクの陰に隠れて存在が薄れがちなカンボジアシルクですが、知られざる独自の伝統と魅力を有しています。
王族から一般市民まで、あらゆる人々を惹きつけてやまない魅惑のカンボジアシルク。古来より代々伝わる熟練の技に触れるべく、生産現場を訪れてみましょう。

黄金の絹糸が織りなす神秘的な世界

カンボジアにおける絹織物の生産起源は定かではありませんが、シルクロードから伝わったインドや、西アジアの絹絣文化の影響を受けて発展したと言われています。アンコール王朝時代の13世紀には生産が始まったとされていることから、少なくとも700年以上の歴史を誇っているでしょう。

世界各国の養蚕地では白い繭が目立つのに対し、カンボジアの蚕が生み出す繭はまばゆいばかりの黄金色です。黄金の繭から紡がれる生糸は、染色しやすいように白く改良された品種よりも丈夫で、自然な風合いを楽しむことができます。経糸と緯糸に異なる色を織り込まれて玉虫色に輝く無地の織物もあれば、寺院、花、象、アプサラ(天女)などの自然界の事物や宗教的なモチーフを描き出した模様が織り出された絹絣もあります。

布一面に広がるのは、寺院建築にみられる装飾同様、厳かで神々しい世界です。伝統衣装のスカートやスカーフを仕立てるために織られるもののほか、タペストリーのような装飾品として使用されるものもあります。絹織物には、使用者の地位やシーンによって様々な種類のものがありますが、主に宗教儀礼や冠婚葬祭等の場で愛用されてきました。

絹織りの技術は1970年以降の内戦中に途絶えかけましたが、内戦後に戦前の技術を再生しようとする動きが各所で起こり、現在ではカンボジア屈指の伝統工芸として再び世界的にも評価されています。国内には、シルクの伝統的な生産工程を見学できる場所も複数存在します。今回は、シェムリアップにあるAngkor Silk Farmを訪れました。

絹織物の叡智が詰まったAngkor Silk Farmを訪ねて

5ヘクタールもの広大な敷地内に養蚕、繰糸、機織りまでを行う施設が全て揃っているAngkor Silk Farm。シェムリアップ市内に複数のシルク生産工房を持つArtisans Angkorの拠点のひとつとなっています。内戦終結後の1990年代後半に、地方の人々の教育や雇用を促進するプログラムの一環で創設されたのがArtisans Angkorです。

戦後すぐに始まった土木建築の訓練校を拡大し、内戦中に衰退しかけた文化遺産を再生するために、手工芸分野での職業訓練を導入しました。また、訓練を修了した人々の雇用先を創出すべく、製品の製造と販売を行う体制や拠点も構築されています。現在では18歳から25歳までの職人や従業員を1100人以上雇用し、12拠点で48の工房を運営。その中にシルク生産工房も含まれています。

Angkor Silk Farmは一般公開されており、施設見学だけでなく、養蚕から機織り工程についてガイドから詳しい説明を受けられるツアーも開催されています。美しいシルク製品ができるまでの工程をのぞいてみましょう。

まばゆい絹糸を生み出す蚕の営みを知る

広々とした敷地内に生い茂るのは桑の木。見学ツアーの前半では、蚕が桑の葉を食べて成長し、繭を作るまでの様子を学ぶことができます。

12時間にわたる蚕蛾の交尾が終わると、雄より大きな体をした雌が12時間かけて産卵します。

卵から生まれた蚕は3日間桑の葉を食べ、1日かけて脱皮することを4回繰り返し(1令〜4令)、約16日かけて最終令の5令に至ります。体が大きくなった5令では、さらに桑の葉をたくさん食べ、7〜8日後には体が透き通ってきて繭を作り出せる熟蚕へと成長します。

熟蚕は、カンボジア独特の円形の蔟(まぶし)に乗せられ、繭を吐き出していきます。品種改良されていない自然の色合いの繭は、まばゆいばかりの黄金色。内部の蚕が蛹化するまで大きくなった繭は、繰糸の準備が整ったものです。そのうち80%は絹糸を取るために乾燥されますが、残りの20%はキープされます。次なるライフサイクルにつなげるため、中の蛹が羽化するまで待つのです。

そのままガイドに従っていくと現れるのは、糸の接合を解くために煮繭している女性たちです。煮沸することでほぐれやすくなった繭の糸口を探し、複数の糸をよることで1本にしていきます。

1つの繭から取れる絹糸は約400m。蚕が最初の方に吐き出した外側100mほどの繭はキメの粗い糸になる一方、後から吐き出した内側の300mが良質な糸となります。外側から順に紡いでいった後、内側を紡いでいきます。

糸染段階から綿密に組み込まれた模様を堪能

続いては、染色の工程です。カンボジアの絹織物生産工程では、インドネシア等で作られる絣織のイカットと同様、糸を染色する段階から、最終的に浮かび上がらせたい模様を想定して作業をしていきます。

色をつけたくないところには染料が浸透しないよう、あらかじめ下絵に沿ってプラスチックを巻きつけて防染していくのです。何色も異なる色を使って模様を描き出したい場合には、防染と染色を何度も繰り返すという非常に地道な工程を行います。寺院と花の模様が浮き出る完成形を想定し、プラスチックを巻きつけていく女性は、この工程を担当し続けて10年以上になるそうです。防染は、絹織物生産の中でも特に重要な工程であるため、ベテランの職人が担当するといいます。

絹糸の染色に使用される染料は、ココナッツ、ジャックフルーツ、ジャスミンのような天然素材のほか、合成染料もあります。身近にある素材が生み出す、予想外の色味との出会いは楽しいものです。

細い棒に巻きつけられた絹糸は、すでに完成形の模様を想定して染色されたものです。

染色された通りに模様を描き出すため、何本もの棒を機織り機にセットし、染色位置が揃うように織りながら模様を浮き出させていきます。

ここで織っているのは皆訓練生で、3年間の訓練期間を経てようやく一人前の機織り職人になれるそうです。絣模様の複雑さにもよりますが、ゼロから1枚の布を生み出すまでに数ヶ月以上かかることもあります。平面上にたゆたう繊細な輝きが、果てしなく地道な工程の中から生み出されていることを知ると、感慨もひとしおでしょう。

各地で蘇る内戦前の染め織り技

今回訪れたAngkor Silk Farmのほか、カンボジアシルクの生産工程に触れ、製品を購入することができる主要なスポットをご紹介します。

《シェムリアップ》


Angkor Silk Farm

見学ツアーについては前述した通りですが、敷地内には、工房で生産されたシルク製品を販売しているArtisans Angkorのショップがあります。1本1本丹念に染色され、織り込まれた絹糸が描き出す美しい平面世界。生産工程を見学した後に目にする製品からは、製作に関わった人々の想いとぬくもりがじわじわと伝わってきます。店内には、シルク製品のほか、木やシルバーなどを使用したカンボジアの伝統工芸品が沢山あります。現代の暮らしにもぴったり馴染む、スタイリッシュなデザインに見惚れてしまいそうです。

参考

Institute of Khmer Traditional Textiles(IKTT)/伝統の森

日本の和装染色技法として有名な京友禅の職人だった森本喜久男氏が、1996年に創設した伝統織物研究所。カンボジアシルクに魅せられた森本氏は、内戦によって伝統織物の生産が衰退の危機に瀕している状況を憂慮し、戦後わずかに残された職人の話を聴き集めました。そして古来の技術を再生して繋ぎとめるために、調査研究機関を設立したのです。

2002年には5ヘクタールの土地を購入し、桑の栽培、養蚕、染色、機織り機の製作、機織りまでをすべて独自に行う「伝統の森」を創設。職人を含む約200人近くもの人々と家族のように暮らし、自然と共生しながら伝統的な絹織物を生み出してきました。2017年に森本氏が亡くなった後も、最高品質のカンボジアシルクを作るという遺志は受け継がれており、伝統織物研究所内の工房、伝統の森ともに見学することができます。

参考

《プノンペン》


Koh Dach

メコン川の中洲に浮かぶKoh Dach(ダイ島)は、別名シルクアイランドと呼ばれ、古くから機織りを主産業としてきた島です。プノンペンの中心部から島までの距離は、フェリーで渡ること10分。「シルクアイランドコミュニティ」という公園内には機織り一家が集まっており、養蚕、操糸、機織りまでの工程を見学することができます。運がよければ、公園外の民家でも、暮らしのそばで息づく機織りの様子を見せてもらうことができるでしょう。

Koh Dachでは、経糸と緯糸に異なる色の糸を使うことでニュアンスある光沢を出した、パームオンと呼ばれるスカート用のシルク生地生産が盛んです。

作り手の想いが内側に光るシルクを見つける

光の加減によって様々な表情を見せる極上のシルク。観光客で賑わうローカル市場を訪れれば、スカーフやクッションなどのシルク製品をたくさん目にすることができるでしょう。手軽なお土産品を購入するだけであれば、市場内で見繕うだけでも十分ですが、中には隣国からの輸入品やシルク以外の素材が混合した廉価品も混ざっています。

生産工程やストーリーを理解した上で、作り手の顔が見える良質なシルク製品を探したいという方は、ぜひ工房見学に出かけてみてください。絹糸1本1本から真心を感じられる珠玉の織物との出会いが、きっと待っていることでしょう。

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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