アルテ・マイスター絵画館:古典絵画を所蔵する美術館

アルテ・マイスター絵画館はドイツのドレスデンにある美術館で、1560年に創設されました。15世紀から18世紀にかけてのバロック期のイタリア絵画やオランダ絵画などを所蔵しており、まさにアルテ・マイスター(オールド・マスター)たちの作品を所蔵する美術館として注目を集めています。そんなアルテ・マイスター絵画館の歴史とコレクションについて詳しく解説していきます。

アルテ・マイスター絵画館とは

アルテ・マイスター絵画館はドイツのドレスデンにある美術館で、1560年に創設されました。ドレスデンはドイツ連邦共和国ザクセン州の州都で、ザクセン選帝侯フリードリヒ2世の二人の息子であるエルンストとアルブレヒトが1485年にライプツィヒの分割をしたことによって発展しました。この際、ドレスデンは弟アルブレヒトにザクセン公として統治され、アルベルティン家の宮廷が置かれる都市として文化や芸術が発展することになります。

そんなドレスデンにあるアルテ・マイスター絵画館は、ドレスデン美術館に属する美術館の一つです。ドレスデン美術館はドレスデン市内にある12のギャラリーや博物館によって構成されており、ヨーロッパでも珠玉のコレクションを所蔵しています。その中でもアルテ・マイスター絵画館は古典絵画を所蔵する美術館で、数多くの傑作を所蔵しています。

(Public Domain /‘Interior view of the Royal Painting Collection, in the former Stable Building of the Electors of Saxony, etching, aquatint, 1830’by Radierung, Auqutinta. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

アルテ・マイスター絵画館のコレクションは、16世紀にザクセン選帝侯が「驚異の部屋」を設立したのがきっかけでした。驚異の部屋とは、15世紀から18世紀にかけてヨーロッパで作られた珍しい品々を集めた展示室のことです。15世紀にイタリア貴族の間で流行し、16世紀にはドイツ語圏にも伝わっています。こうして、王侯貴族だけではなく知識人たちの間でも驚異の部屋が作られるようになっていきました。

そうして集められたコレクションは当初科学関連の品が多かったものの、ザクセン選帝侯アウグスト1世とその息子アウグスト2世の時代には、絵画コレクションに焦点が定められるようになっていきました。1720年代にはポーランド王室のコレクションが、1745年にはモデナ公フランチェスコ3世の私有コレクションが追加されることとなり、ヨーロッパでも価値あるコレクションとして認められるようになっていきました。

第二次世界大戦の際には爆撃によりドレスデンは大きな被害を受けたものの、絵画館のコレクションは別の場所に移管されていたため無事でした。戦後、ドレスデンはソヴィエトの占領下になったため、こうしたコレクションはモスクワやキエフに持ち去られてしまったものの、1955年にはドイツ民主共和国、いわゆる東ドイツへ返還されています。1960年には再建工事が完了し、美術館として再開されることとなったのです。

アルテ・マイスター絵画館のコレクション

アルテ・マイスター絵画館のコレクションは、15世紀から18世紀の作品が中心となっており、特にルネサンス期やバロック期のイタリア絵画、オランダ絵画の充実したコレクションを所蔵していることで知られています。

そんなアルテ・マイスター絵画館のコレクションには、どのような作品が含まれているのでしょうか。主要な作品をご紹介します。

(Public Domain /‘Adam and Eve’by Lucas Cranach the Elder. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

《アダムとエヴァ》1531年ルーカス・クラナッハ

本作品は1531年に制作された作品で、ドイツ・ルネサンスを代表する画家ルーカス・クラナッハによって描かれています。

ルーカス・クラナッハは1472年にドイツのクラナッハに生まれた画家です。「クラナッハ」という名前は生まれ故郷を姓にするという当時の慣習に従ったと考えられています。クラナッハの父親ヨハネスも画家だったということもあり、幼いころから芸術に親しんでいました。やがて自らも画家になることを志すようになり、1502年にはウィーンに赴き精力的に制作活動をはじめています。

またクラナッハは人文主義者と積極的に交流しており、ザクセン選帝侯フリードリヒ賢明公の目に留まることとなります。1505年には宮廷画家としてヴィッテルベルグに招かれ、大規模なアトリエを構えるほどになっていました。

(Public Domain /‘Adam and Eve’by Lucas Cranach the Elder. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

本作品は旧約聖書創世記に登場する人類の始祖アダムとエヴァを描いた作品で、その手には父なる神から食べることを禁じられた知恵の実が握られています。また、エヴァの頭上にはふたりに林檎をたべるようにそそのかした蛇が描かれており、背景が黒で統一されていることと相まってこれまでにないアダムとエヴァの表現が作り出されています。

本作品が描かれた当時、裸体を描くことは一種のタブーであるとされていました。しかし、アダムとエヴァは知恵の実を食べるまで羞恥心を持たず裸であったと聖書に記されているため、芸術家たちはこの主題を描く際には裸体表現であることに気を使う必要はありませんでした。クラナッハが活躍した時代は人文主義者の活動が盛んになっていたこともあり、異教の女神たちや神話の女性たちを描く文化が画家の中で広まりつつありました。クラナッハもそうした流行に倣って、本作品を描いたものと考えられます。

(Public Domain /‘Girl reading a letter at an open window’by Johannes Vermeer. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

《窓辺で手紙を読む女》1659年ヨハネス・フェルメール

本作品は1659年に制作された作品で、オランダ黄金時代の画家ヨハネス・フェルメールによって描かれています。

フェルメールは1632年ネーデルランドのデルフトに生まれた画家です。父親はパブと宿屋を営みつつ、フェルメールが生まれる前年には画商として聖ルカ組合に登録しています。そんな父親に影響を受けたのか、フェルメール自身も画家を志すようになっていました。1653年にカタリーナ・ボルネスと結婚したのち、聖ルカ組合に親方画家として登録。画家としては寡作であったものの、家業を継ぎ複数の収入源があったことや、義母が大変裕福だったことが助けになり、制作活動に没頭することができました。

しかし、第三次英蘭戦争が勃発したことでネーデルランドの経済は低迷し、フェルメールもその影響を受けることになります。多くの負債を抱えることとなり、子どもたちを養育するために奮闘するものの、その甲斐なく1675年には42歳の生涯を閉じることとなっています。

本作品は開かれた窓際で手紙を読むオランダ人女性が描かれた作品で、当初はレンブラントやピーテル・デ・ホーホの作品と考えられており、フェルメールの作品と特定されたのは、1880年代になってからのことでした。窓ガラスの右下にも映りこんでいる金髪のオランダ人女性は黄色と緑のドレスに身を包んでおり、手紙を静かに読んでいます。また、カーテンが手前にかけられていることから、まるでのぞき見しているかのような構図となっています。

本作品の解釈には、不倫相手からの手紙を読む女性を描いたものという説もあれば、当時貿易によって黄金時代を迎えていたオランダを暗喩する作品であるとする説もあります。解釈はもちろん、その制作方法についても未だ研究が続けられており、謎の多い作品の一つとされています。

おわりに

アルテ・マイスター絵画館はドレスデン美術館を構成する12の美術館・ギャラリーのひとつであり、過去の巨匠たちの傑作を所蔵する美術館です。ドレスデンは奇跡的な戦後復興を遂げており、アルテ・マイスター絵画館とそのコレクションはその象徴とも言えるでしょう。ドレスデンを訪れた際には、ぜひ足を延ばしてみてはいかがでしょうか。

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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