ニイ・カールスベルグ・グリプトテク美術館:彫刻から絵画、版画作品も所蔵する美術館

ニイ・カールスベルグ・グリプトテク美術館とは

ニイ・カールスベルグ・グリプトテク美術館はデンマークの首都、コペンハーゲンにある美術館で、1882年に開館しました。コペンハーゲンはデンマーク東部のシェラン島東端に位置し、海峡対岸のスウェーデンスコーネ県のマルメ市、ルンド市を含めた都市圏の人口は190万人に達しており、北ヨーロッパ最大級の都市圏となっています。

そんなコペンハーゲンにあるニイ・カールスベルグ・グリプトテク美術館が開館することになったのは、デンマークのビール醸造会社であるカールスバーグ社の創始者J.C.ヤコブセンの息子であるカール・ヤコブセンの私的なコレクションが寄贈されたことがきっかけです。カール・ヤコブセンは父の経営に反発して「新しいカールスバーグ」を意味するニイ・カールスベルグ社を創始しており、美術館の名前にはその社名が反映されています。

ニイ・カールスベルグ・グリプトテク美術館では、年間を通して展覧会を開催していますが、それに加え公的な会議や祝宴が催されることもあり、2002年6月21日にはヨーロッパ・ポリオフリー証明が開催されました。このようにニイ・カールスベルグ・グリプトテク美術館は、美の殿堂であるともに国際的な役割を担う施設としても機能しているのです。

ニイ・カールスベルグ美術館のコレクション

ニイ・カールスベルグ・グリプトテク美術館は当初、古代以来の彫刻作品を中心としたコレクションを展示していましたが、次第に絵画や版画作品も収集するようになり、デンマーク黄金時代の作品も所蔵するようになっていきました。特にフランス印象派の充実したコレクションを所蔵していることで知られており、クロード・モネやカミーユ・ピサロ、エドガー・ドガといった印象派の巨匠たちの作品を所蔵しています。

そんなニイ・カールスベルグ・グリプトテク美術館のコレクションには、どのような作品が含まれているのでしょうか。主要な作品をご紹介します。

《アブサンを飲む男》1859年エドゥアール・マネ

本作品は1859年に制作された作品で、近代美術の父と呼ばれるエドゥアール・マネによって制作された作品です。

(Public Domain /‘The Absinthe Drinker’byEdouard Manet. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

エドゥアール・マネは1832年パリのプティ=ゾーギュスタン通りの大邸宅で、フランスの裁判官であった父オーギュスタ・マネと外交官フルニエ家の娘であった母ユージニ・デジレ・フルニエのもとに生まれました。父親はマネが法律家になることを希望していたものの、母方のおじの影響で芸術に関心を持つようになったマネはアカデミズムの画家トマ・クチュールのもとで学びながら、画家への一歩を踏み出していきました。

1863年には初期の傑作と名高い《草上の昼食》をサロンに出品しますが、着衣男性とヌードの女性が描かれていることで批評家はもちろん一般の人々からも酷評されてしまいます。その後、落選展で展示されることとなりますがそこでも批判されてしまいます。しかし本作は絵画史でもはじめて現実の女性の裸体を描いたことから、19世紀後半以降の西洋絵画史に影響を及ぼした作品とされています。その後も《バルコニー》や《笛を吹く少年》などの作品を制作していったものの、1880年には梅毒の症状が悪化し、1883年には左足を切断する手術を受けています。しかし経過が悪く、高熱に浮かされた末にマネは51歳の生涯を閉じることとなります。

(Public Domain /‘Luncheon on the Grass’byEdouard Manet. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

本作品はそんなマネが描いた作品で、トマ・クチュールのアトリエで学んでいた折にサロンに出品した作品のひとつです。アブサンはヨーロッパ各国で作られている薬草系リキュールのひとつで、アルコール度数が非常に高いことで知られています。安価なアルコールであったため、多数の中毒者を出したことで知られており、詩人ポール・ヴェルレーヌやアンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック、フィンセント・ファン・ゴッホなどがアブサン中毒となりました。

本作品に描かれている男性は黒いシルクハットをかぶり、茶色のマントに包まれた貴族や王族のような姿で立っています。一見立派にも見える身なりをしていますが、モデルとなっているのはくず拾いをして生計を立てていた人物であると言われており、安価であったアブサンの空のボトルが足元に捨てられていることからもそのことが伺えます。

《14歳のバレリーナ》1880-1881エドガー・ドガ

本作品は1880年から1881年に、印象派の巨匠、エドガー・ドガによって制作されました。

(Public Domain /‘The Little Fourteen-Year-Old Dancer’by Edgar Degas.Image viaThe Metropolitan Museum of Art)画像はメトロポリタン美術館所蔵の同作

ドガは1834年フランス、パリに生まれました。父親オーギュスティン・ドガは銀行家で、比較的裕福な家庭でした。エドガー・ドガは幼いころから芸術に興味を持っていましたが、父親が法律家になることを期待していたため、1853年にはパリ大学法学部に入学しています。しかしドガの芸術への熱意は薄れることなく、1855年にはエコール・デ・ボザールでアングル派のルイ・ラモートに師事し、1856年、1858年にはイタリアに旅行。ミケランジェロやラファエロ、ティッツァーノといった巨匠たちの作品を模写し画家への一歩を踏み出していきました。

そんなドガはバレエ、特に楽屋や練習風景、舞台袖といった一般人では出入りのできない場所を描いたことで知られています。銀行家の息子として生まれたドガはバレエを好み、オペラ座の定期会員になっていました。定期会員はオペラ座の楽屋や稽古場へ自由に立ち入りできることになっており、ドガならではの作品が制作されるきっかけとなったのです。

本作品はそんなオペラ座の踊り子をモデルとして制作されたと考えられる作品です。彫刻の歴史において画期的であった強いリアリズムの表現により、芸術と生活の間にある難しい緊張感を見事に示しています。14歳の少女が肉体的にも心理的にも困難な立場に置かれているにもかかわらず、ある種の尊厳を求めて奮闘しているという、非常に痛烈で深い感情が溢れ出している作品です。

おわりに

ニイ・カールスベルグ・グリプトテク美術館はコペンハーゲンにある美術館であり、古代以来の彫刻作品から印象派の作品まで幅広いコレクションを所蔵している美術館です。またステファン・シンディングをはじめとしたデンマーク黄金時代の作品も所蔵されており、デンマーク美術を鑑賞するには欠かせない美術館といえるでしょう。
建築自体も高く評価されており、中心には亜熱帯のウィンターガーデンが設置され市民の憩いの場にもなっています。デンマークを訪れた折には、ぜひ足を延ばしてみてはいかがでしょうか。

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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