ノイエ・マイスター絵画館:19世紀から現代までの作品を所蔵するドレスデン美術館のひとつ

ノイエ・マイスター絵画館について

ノイエ・マイスター絵画館はドイツのドレスデンにあるアルベルティヌム美術館内の絵画館で、ドレスデン美術館を構成する12の美術館の一つです。ノイエ・マイスター絵画館のコレクションは、現在アルテ・マイスター絵画館になっているドレスデン絵画館のコレクションの一部であり、近現代絵画の収集にはそれほど力を入れていなかったものの、1897年に国際美術展が開催されたことをきっかけに近現代美術に関心が向けられるようになり、絵画館でも近現代絵画を収集するようになっていきました。

1910年にドイツロマン主義や印象派の重要な作品が次々とコレクションに加えられ、1911年にはドレスデン博物館協会が設立。1917年に後援会が発足したことにより、絵画館の財政面が強化されていきました。

こうしてドレスデン絵画館では同時代の芸術作品を含む充実したコレクションを形成していき、1931年にはノイエ・マイスター絵画館の前身となる近現代絵画部門がブリュールシェ・テラッセに移転し存在感を増していったもの、近現代芸術を退廃美術と見なすナチスが台頭したことにより、56点の絵画が押収、売却されてしまいます。また第二次世界大戦の折には連合国軍によりドレスデン爆撃が行われたことにより、疎開の準備が進められていた196点の絵画が焼損。絵画館のコレクションは、大きなダメージを受けました。

戦後1959年になるとドイツの復興に伴って近現代美術を専門とする美術館設立の風紀が高まり、1965年にアルベルティヌム美術館の上階にノイエ・マイスター絵画館が設置されました。東ドイツ時代には、戦時中に散逸していたコレクションを取り戻すことに成功し戦前の輝きを取り戻していきました。

1994年にはドレスデン近現代美術協会が設立され、作品を購入するための基金が設置されたことによりノイエ・マイスター絵画館のコレクションはさらに強化され、30点以上の絵画が購入されました。建物自体も水害に強い保管所を新規に設置するなど、作品管理に適した環境が整えられ、修築終了後の2010年6月に再開館しています。

イエ・マイスター絵画館のコレクション

ノイエ・マイスター絵画館のコレクションは、19世紀から現代までの2500点以上の絵画が所蔵されており、その中にはロマン主義や印象派、表現主義、ブリュッケといった20世紀を代表する表現を追求した画家たちの作品が所蔵されています。特にカスパー・ダーヴィト・フリードリヒやエミール・ノルデのコレクションでは定評があり、展覧会は世界中のアートファンの注目を集めるものとなっています。

そんなノイエ・マイスター絵画館のコレクションには、どのような作品が含まれているのでしょうか。主要な作品をご紹介します。

《月を眺める二人の男》1819年-1820年カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ

本作品は1819年から1820年にかけて制作された作品で、ドイツロマン主義の巨匠カスパー・ダーヴィト・フリードリヒによって描かれました。

(Public Domain /‘Two Men Contemplating the Moon’by Caspar David Friedrich. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)ノイエ・マイスター絵画館所蔵1819-1820頃

フリードリヒは1774年、スウェーデンのグライフスヴァルトに生まれた画家です。幼いころから芸術に強い関心を示していたフリードリヒは、1794年になるとコペンハーゲンの美術アカデミーに入学し、ドレスデンの美術アカデミーでも学びを深め、画力を高めていきました。1805年になるとヴァイマール美術展で初めて受賞。1807年からは油彩での制作を本格的に開始しました。《山上の十字架》をはじめとした大作を描くようになり、《海辺の修道士》や《樫の森の中の修道院》はプロイセン王室に買い上げられ、画家としての名声を高めていきました。

1813年にはナポレオン軍侵攻により一時制作できない状況になったものの、1818年にはカロリーネ・ボマーと結婚し、3人の子供に恵まれるなど私生活でも満ち足りた日々が続きます。しかし1820年を過ぎるとロマン主義はもはや古い表現と見直されるようになり、それに加えてフリードリヒ自身がうつ病を患っていたために、次第に画壇からは忘れ去られていきました。1840年に65歳でその生涯を閉じていますが、そのころフリードリヒの名前を憶えているものはほとんどいなかったといわれています。

本作品はフリードリヒの代表作の一つで、やわらかい色の夕暮れにシルエットで描かれた二人の男性が描かれています。枯れて根こそぎになった暗い木の根と枝が空とのコントラストを生み出している作品です。人物は、暗い色調で硬く、ややフォーマルな装いをしていますが、これは階級の高さを表しています。作品を通して、フリードリヒの主要なテーマである自然の中の精神性と崇高な存在を強調しているのです。

フリードリヒは同じ設定の作品を少なくとも3点描いており、オリジナルであると考えられている本作品のほか、二人の女性が描かれているもの、女性と男性が一人ずつ描かれているものがあります。

(Public Domain /‘Man and Woman contemplating the moon’by Caspar David Friedrich. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)旧国立美術館所蔵1818-1824頃
(Public Domain /‘Two Men Contemplating the Moon’by Caspar David Friedrich. Image viaThe Metropolitan Museum of Art)メトロポリタン美術館所蔵1825-1830頃・《石割人夫》1849年ギュスターヴ・クールベ

《石割人夫》1849年ギュスターヴ・クールベ

本作品は1849年に制作された作品で、写実主義を代表する画家ギュスターヴ・クールベによって制作されました。

(Public Domain /‘The Stone Breakers’by Gustave Courbet. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)1945年消失

ギュスターヴ・クールベは1819年にスイス国境に近いフランシュ・コンテ地方の山の中の村、オルナン生まれの画家です。1839年にはパリに居を移し、スチューベンやヘッセのアトリエで絵を描き始め、1849年には《オルナンの食休み》がはじめてサロンで入選。クールベは金メダルを受賞し、フランス政府が作品を買い上げました。

このころから見たものをそのままに描くという写実主義の作品を制作するようになっていきますが、貧しい労働者や娼婦などこれまで卑しいと考えられてきた主題を描いたクールベの作品は、発表するたびに議論を呼ぶようになっていました。

普仏戦争の際に6か月の懲役刑を受け、1877年にはヴァンドーム広場の再建費用に関する罰金刑が言い渡されるなど晩年は政治的な混乱に巻き込まれ、1877年12月31日に肝臓病が原因で58歳の生涯を閉じることとなります。

本作品はクールベの代表作とされる作品で、1950年にパリのサロンで発表されドレスデン絵画館の所蔵となったものの、1945年のドレスデン爆撃で焼失してしまった作品です。二人の男がボロボロの体で観客に背を向け、仕事に没頭している姿が描かれています。リアリズムの創成期の作品の一つとされており、画家は見たままの現実を表現しました。

おわりに

ノイエ・マイスター絵画館はドレスデン美術館を構成する12の美術館のひとつであり、ヨーロッパ絵画史に残る傑作を所蔵する美術館です。退廃芸術狩りやドレスデン爆撃など戦争に翻弄された歴史を持っているものの、現在では世界的な近現代美術コレクションを所蔵する美術館として存在感を高めています。

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※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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