ヴァルラフ・リヒャルツ美術館:ケルン派の作品を所蔵することで知られる美術館

ヴァルラフ・リヒャルツ美術館はドイツのケルンにある美術館で、1827年に創設されました。中世から近代までの美術品、特に13世紀から16世紀のケルン派作品を所蔵していることで知られています。そんなヴァルラフ・リヒャルツ美術館の歴史とコレクションについて詳しく解説していきます。

ケルンの街並み

ヴァルラフ・リヒャルツ美術館とは

ヴァルラフ・リヒャルツ美術館はドイツのケルンにある美術館で、1827年に創設されました。ケルンはドイツの中で、ベルリン、ハンブルグ、ミュンヘンに次いで4番目に大きな都市であり、市内にはケルン大聖堂や欧州でも歴史ある大学の一つ、ケルン大学があることでも知られています。

そんなケルンのヴァルラフ・リヒャルツ美術館が創設されたきっかけは、1824年にケルンの大司教をつとめたフェルディナンド・フランツ・ヴァルラフが、遺言によって自邸と収集した美術品をケルン市に寄贈したことでした。1827年にはヴァルラフ邸が公開され、美術館として開館することになります。

ェルディナンド・フランツ・ヴァルラフの像

その後美術館の転機となるのは、画家であり版画家としても知られるヨハン・アントン・ランブーが学芸員に就任したことでした。ランブーはラインラント=プファルツ夕のトーリアで生まれ、1807年にはジャック=ルイ・ダヴィッドの弟子となってエコール・デ・ボザールで学んだことで知られる人物で、1844年にヨハン・ゴットフリート・シャドウの推薦を受けてヴァルラフ・リヒャルツ美術館の学芸員に就任することになります。

ランブーは、コレクション拡張の必要性を指摘し、中世絵画やルネサンス時代の作品を中心として作品を収集するようになりました。その後もコレクションは増加し、1976年には分割されて現代美術を展示するルートヴィッヒ美術館が設立されました。

公式:ヴァルラフ・リヒャルツ美術館

ヴァルラフ・リヒャルツ美術館のコレクション

ヴァルラフ・リヒャルツ美術館のコレクションは、中世絵画、特にケルン派の作品やルネサンス美術を中心に、バロック絵画やロマン主義、印象派、20世紀初頭のドイツ絵画なども所蔵しており、多岐にわたっています。

そんなヴァルラフ・リヒャルツ美術館のコレクションには、どのような作品が含まれているのでしょうか。主要な作品をご紹介します。

《薔薇垣の聖母》1448年シュテファン・ロッホナー

本作品は1448年に制作された作品で、シュテファン・ロッホナーによって描かれた作品です。

ロッホナーは1400年にメーアスブルグに生まれたゴシック後期を代表する画家であり、主にケルンで活動しました。ゴシックの鮮やかな色彩とフランドル派の影響を受けた写実表現は、15世紀において極めて優れた表現といわれています。

本作品はそんなロッホナーの代表作であり、聖母マリアと幼子イエスが薔薇の咲き誇る庭で憩いの時を過ごしている様子を表現した作品です。背後には咲き誇る薔薇が描かれており、上部には父なる神が、そして周囲には天使が多数描かれ、聖母子を祝福しています。

1:00-『薔薇垣の聖母』

こうした「閉ざされた庭」の表現は聖母マリアの処女性を象徴したテーマで、この時代非常に好まれて描かれました。殉教者の血を表す赤い薔薇が描かれていることから、これからキリストに降り掛かる受難が示されている作品です。色鮮やかな色彩の中に複数のイメージを表現した、ロッホナーの質の高い構成が見られる作品の一つといえるでしょう。

《フランクフルトの婦人》1858年ギュスターヴ・クールベ

本作品は1858年に制作された作品で、写実主義の画家ギュスターヴ・クールベによって描かれた作品です。

3:25-『フランクフルトの婦人』

クールベは1819年にスイス国境に近いフランシュ・コンテ地方の山の中の村、オルナンに生まれました。1837年に王立の高等学校に入学し学業を積み、20歳のときにパリに渡りスチューベンやヘッセのアトリエで絵を描き始めるものの、その生活はクールベの意欲を満たすものではありませんでした。クールベはルーブル美術館に通い、フランスやスペインの巨匠たちの作品を模倣し、自らの画力を高めていきました。

1849年には《オルナンの夕食後》がはじめてサロンで入選。クールベは金メダルを受賞し、フランス政府による買い上げ作品となります。またこのころ社会主義や共産主義が誕生し、貧困や社会的不平等に光が当てられたこともあって、ありのままを描くクールベの作風は徐々に評価されるようになっていきました。その後はパリ・コミューンに参加した罪で逮捕されたり、ヴァンドーム広場の問題に巻き込まれたり、破産から逃れるためにスイスに亡命するなど、激動の日々を過ごすことになり、58歳でその生涯を閉じています。

本作品は1858年にフランクフルトに滞在した折に制作された作品です。日常的な服を着つつも上品な雰囲気をまとっている女性が、広々とした公園を見下ろすテラスで快適そうにお茶を飲んでいます。モデルは間違いなく銀行家のエミール・アーランジェの妻かその友人の一人であるとされていますが、肖像画としては考えられていません。彼女のどこかミステリアスな雰囲気は、誰かを待っているように見えます。

(Public Domain /‘Attack by Pirates’by Arnold Böcklin. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

《海賊の攻撃》1886年アルノルト・ベックリン

本作品は1886年に制作された作品で、象徴主義を代表する画家アルノルト・ベックリンによって描かれた作品です。

ベックリンは1827年スイスのバーゼルに生まれた画家です。デュッセルドルフ大学に入学し、画家のヨハン・ウィルヘルム・シルマーの下で学び、アントワープやブリュッセルでフラマン絵画やオランダ黄金時代の絵画を模写して、画家としての技量を身に付けていきました。

その後はローマやミュンヘンに滞在し、古代神話を主題とした作品を制作するようになります。こうした作品は大変な評判となり、ワイマール大学で教授職に就くことになります。その後もバーゼルやフィレンツェ、チューリッヒなどヨーロッパ各地に滞在し、新しい表現を模索。1901年に73歳でその生涯を閉じました。

そんなノックリンによって描かれた本作品は、海沿いのイタリア式の邸宅を描いた作品で、船に乗った海賊が、火災に見舞われている館に攻撃を仕掛けようとしている場面が描かれています。荒れ狂う波の表現はその場の激しさを強調し、暗い雲は陰鬱な雰囲気を醸し出しています。

5:44-『海賊の攻撃』

おわりに

ヴァルラフ・リヒャルツ美術館はケルン大司教のコレクションが遺贈されたことにはじまり、現在では中世から近代絵画にいたる作品を所蔵している美術館です。特にケルンゆかりの作品は一見の価値があるといえるでしょう。ケルンを訪れる機会があれば、ぜひ足を延ばしてみてはいかがでしょうか。

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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