ゲオルク・シェーファー美術館:19世紀ドイツの絵画作品を所蔵する美術館

シュヴァインフルト・ババリアの町役場

ゲオルク・シェーファー美術館は、ドイツのバイエルン州シュヴァインフルトにある美術館です。19世紀のドイツ語圏芸術家たちの作品を所蔵していることで知られており、特にカール・シェピッツヴェークの作品が多いです。そんなゲオルク・シェーファー美術館の歴史とコレクションについて詳しく解説していきます。

ゲオルク・シェーファー美術館とは

ゲオルク・シェーファー美術館はドイツのバイエルン州シェヴァインフルトにある美術館です。シェヴァインフルトは8世紀から記録に残る街で、19世紀から工業が発達し、ドイツにおけるボールベアリング生産の中心地となりました。しかしそのことで第二次世界大戦の際には連合国の空襲の標的となり、多数の犠牲者を出しました。

そんなシェヴァインフルトにあるゲオルク・シェーファー美術館は、ボールベアリングで財を成した実業家ゲオルク・シェーファーのコレクションが寄贈されたことをきっかけとして設立された美術館です。ゲオルク・シェーファーはアート・コレクターとしても有名で、特に19世紀ドイツ語圏の芸術作品を収集していました。こうしたコレクションは現在も美術館のコレクションの根幹をなしています。

公式

ゲオルク・シェーファー美術館のコレクション

ゲオルク・シェーファー美術館のコレクションは、ドイツ語圏の芸術家の作品のコレクションとしては世界最大規模のもので、特に19世紀20世紀のドイツ絵画では充実したコレクションを所蔵しています。18世紀から20世紀までの、後期ロココ、古典主義、ロマン主義、印象派を中心とした作品を鑑賞することができます。

そんなゲオルク・シェーファー美術館のコレクションには、どのような作品が含まれているのでしょうか。主要な作品をご紹介します。

(Public Domain /‘Flat country shank at Bay of Greifswald’by Caspar David Friedrich. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

《バルト海の朝の風景》1830年-1834年カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ

本作品は1830年から1834年にかけて制作された作品で、ドイツロマン派の巨匠カスパー・ダーヴィト・フリードリヒによって制作された作品です。

カスパー・ダーヴィト・フリードリヒは1774年、スウェーデンのグライフスヴァルトに生まれた画家で、石鹸や蝋燭業を営む父親のもと、10人兄弟の大家族の家に生まれました。7歳のときに母親が亡くなり、1787年に弟ヨハン・クリストファーが湖の氷の割れ目に落ち、命を落としてしまいます。この際弟を助けることができなかった自責の念が、フリードリヒの作品全体に広がる静寂を作り出したといわれています。また、1791年に姉マリアもチフスで他界しています。

1794年になるとコペンハーゲンの美術アカデミーに入学。その後ドレスデンの美術アカデミーに入学し、1801年からはボヘミアやバルチック海岸を旅しながら描く生活を送っていました。1805年になるとヴァイマール美術展で初めて賞を受賞。1807年からは油彩での制作を本格的に開始、《山上の十字架》をはじめとした大作を描くようになり、《海辺の修道士》や《樫の森の中の修道院》はプロイセン王室買い上げとなります。

(Public Domain /‘Cross in the Mountains (altarpiece Tetschen)’by Caspar David Friedrich. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

(Public Domain /‘The Abbey in the Oakwood’by Caspar David Friedrich. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

しかし1820年を過ぎるとロマン主義はもはや古い表現と見直されるようになり、徐々に画壇から忘れられていきます。さらに1835年に脳卒中で倒れたことによって、その後絵筆を持てなくなってしまいます。1840年にはドレスデンで65歳の生涯を閉じますが、そのころフリードリヒの名前を憶えている者はほとんどいなかったといわれています。

本作品はバルト海の朝の風景を描いた作品であり、空は雲に覆われているものの、その切れ間から一筋の光がさしています。広大な海に漁師と思われる人々が船を出そうとしており、その自然の広大さに比べて人々は非常にちっぽけな存在として描かれています。フリードリヒは荒涼とした風景と人々の後ろ姿を描いた作品を多く制作しましたが、そうした作品の中でも静謐な空気を漂わせた作品であるといえるでしょう。

公式

(Public Domain /‘The Bookworm’byCarl Spitzweg. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

《本の虫》1850年カール・シェピッツヴェーグ

本作品は1850年に制作された作品で、ビーダーマイヤー時代を代表するドイツの画家カール・シェピッツヴェ―グによって描かれた作品です。

カール・シェピッツヴェーグは1808年ドイツ南部バイエルンのオーバーバイエルンゲルメリングにかつてあったウンタープファッフェンホーフェンで生まれた画家です。父親は商人であり、ミュンヘン大学に通って薬学や植物、化学などを学んで1832年に卒業したのち、薬局で薬剤師として働いていました。

しかし病気のため温泉で療養するようになり、その際画家を志すようになったといわれています。誰かに教わることなく独学で学んだといわれており、欧州諸国をめぐっては制作活動に励んでいました。バイエルンの都市、ローテンブルグの屋根裏部屋に住みながら制作した《貧乏詩人》をはじめ、彼の作品は非常に高い評価を受けています。画家として大成したのち、1885年には77歳でその生涯を閉じています。

(Public Domain /‘The poor poet’by Carl Spitzweg. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

本作品はそんなシェピッツヴェーグの代表作といわれる作品で、図書館のはしごの上に立ち一冊の本を覗き込んでいる、高齢の読書愛好家を描いた作品です。

一見王侯貴族のようにも見える男性は、周りを気にせず研究に没頭しています。絵の左下隅には、古い色あせた地球儀が見えますが、これは男性が外の世界に興味がなく、過去の知識に興味があることを示唆しています。フレスコ画の天井のある埃っぽい古き良き図書館で本を見つめる彼の視線の強さは、この時期のヨーロッパに影響を与えた保守的な価値観と内向的な姿勢を映し出しています。

(Public Domain /‘Belauschte Liebesleute’by Ferdinand Georg Waldmüller. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

《口づけ》1858年フェルディナント・ゲオルク・ヴァルトミュラー

本作品は1858年に制作された作品で、ビーダーマイヤーを代表する画家フェルディナント・ゲオルク・ヴァルトミュラーによって描かれた作品です。

ヴァルトミュラーは1793年にウィーンで生まれた画家で、オペラ歌手のカタリーナ・ヴァイトナーと結婚したことでも知られています。1814年から1815年にかけて開催されたウィーン会議の際に肖像画の需要が高まり、オーストリア貴族の肖像画を制作したことで、ヴァルトミュラーは一躍注目を集めるようになりました。1827年にはオーストリア皇帝フランツ1世の肖像画を依頼され、王侯貴族たちからこぞって依頼を受けるようになります。

ヴァルトミュラーは肖像画を中心に制作活動を行ったものの、風景画や身近で日常的なものを描く、ビーダーマイヤー様式の作品も数多く残しており、19世紀ドイツを代表する画家といえるでしょう。

そんなヴァルトミュラーによって描かれた本作品は、扉の向こうで口づけをしようとする若い男女とそれを盗み聞きする老女を描いた作品です。若い男女には暖かい太陽の光が注がれており、それを盗み聞きする老女の周りは影になっていることから、若さと老いを対照的に描いていることがわかります。

おわりに

ゲオルク・シェーファー美術館は比較的最近設立された美術館ですが、19世紀ドイツ絵画のコレクションは国際的に見ても非常に充実しています。シェヴァインフルトを訪れた折には、足を延ばしてみてはいかがでしょうか。

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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