旧国立美術館:ベルリン国立博物館群を構成する美術館の一つ

旧国立美術館はドイツ、ベルリンにある美術館で、1876年に開館しました。ベルリン国立博物館群を構成する美術館の一つであり、古典主義やロマン主義、印象派、モダニズム絵画を所蔵しており、1999年には建造物がユネスコの世界遺産に登録されています。そんな旧国立美術館の歴史とコレクションについて詳しく解説していきます。

旧国立美術館とは

旧国立美術館はドイツ、ベルリンのムゼウム・スインゼルにある美術館です。この地の北半分はもともと住宅地でした。しかし1830年ごろに旧博物館が立てられたことをきっかけに、ドイツを代表する美術館・博物館が立てられるようになり、「博物館島」すなわちムゼウム・スインゼルと呼ばれるようになっていきました。

川左岸「ムゼウム・スインゼル」

そんなムゼウム・スインゼルにある、旧国立美術館の創設計画は1815年ごろから開始されました。しかし具体的な建築計画にいたるまでに50年近くかかっています。銀行家のヨハン・ハインリヒ・ワグネルから、ドイツやヨーロッパ諸国の画家の作品262点が寄贈されたことをきっかけに、1861年、旧国立美術館の設立が決定されることとなります。

美術館の建築はプロイセン王フリードリヒ・ヴィルヘルム4世が描いたスケッチをもとに、旧博物館の設計を手掛けたプロイセンの建築家、フリードリヒ・アウグスト・シュテューラーが担当しました。しかしシュテューラーの設計は2回も却下され、3回目でようやく採用されることとなります。そうして長い時間を経たということもあり、シュテューラーは美術館の完成を見ることなく亡くなりますが、カール・ブッセが計画を引き継ぎ、1876年にようやく開館しました。

その後1933年まで館長の職にあったルートヴィッヒ・ユスティの方針で、近現代作品のコレクションが収集され、後任となったエーベルハルト・ハンフスタエゲルも引き続き近現代作品をコレクションしました。しかし、そのころ政権を取ったナチスは近現代美術を退廃芸術と見なしていたため、ユスティもハンフスタエゲルも館長職を解雇されてしまいます。また第二次世界大戦の影響によって旧国立美術館は閉鎖され、空襲によって大きな被害を受けることとなりますが、1949年には再開館。その後も拡張工事や改修が行われ、ドイツを代表する美術館として世界中からアートファンが訪れる地となっています。

公式:旧国立美術館

旧国立美術館のコレクション

旧国立美術館のコレクションには古典主義やカスパー・ダーヴィト・フリードリヒ、カール・ブレッヒェンをはじめとするドイツロマン主義、エドゥアール・マネやクロード・モネらフランス印象派の作品など、ヨーロッパ諸国の傑作が含まれています。
そんな旧国立美術館の主要な作品をご紹介します。

《木立、あるいはハムステッドのアドミラルズ・ハウス》

1821年-1822年ジョン・コンスタブル本作品は1821年から1822年に、イギリスを代表する風景画家ジョン・コンスタブルによって描かれた作品です。

34:28-『木立、あるいはハムステッドのアドミラルズ・ハウス』

コンスタブルは1776年イギリス、サフォーク州のイースト・バーゴルトに生まれた画家で、生家は製粉業者を営んでおり、非常に裕福であったといわれています。コンスタブルも家業を手伝うために商売を学ぼうとロンドンに向かうものの、その時に出会った画家の作品に衝撃を受け、画家を目指すようになっていきました。

1799年23歳のときにはロイヤル・アカデミー付属美術学校の見習い学生となり、1800年には正規の学生に、1802年になるとアカデミーの展覧会に出品できるようになったものの、コンスタブルがアカデミーの準会員となるのは43歳の時、正会員となるのはさらに10年後の53歳の時でした。同時代に活躍したウィリアム・ターナーと比べ認められたのは遅かったものの、1830年から33年には版画連作『イングランドの風景』が刊行され、イギリス風景画家として認められるようになっていきました。1837年にブルームズベリーで死去。61歳の生涯を閉じています。

『イングランドの風景』より(Public Domain /‘Old Sarum’by John Constable・David Lucas. Image viaThe Metropolitan Museum of Art)
『イングランドの風景』より(Public Domain /‘A Sea Beach’by John Constable・David Lucas. Image viaThe Metropolitan Museum of Art)

そんなコンスタブルによって描かれた本作品は、1819年以降にロンドンのハムステッドで夏を過ごすようになった際に描かれた作品であり、もくもくと空を覆う雲の下、森の中に建つアドミラルズ・ハウスを描いたものです。アドミラルズ・ハウスが雲間から指す光で照らされていることから、どこか幻想的な光景となっています。イギリス建築に特長的な煙突と、珍しい平らな屋根を組み合わせたものであり、作品全体を通して雲や風、空気の動きを感じ取れる作品となっています。

《海の月の出》

1822年カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ本作品は1822年に描かれた作品で、ドイツロマン主義を代表する画家カスパー・ダーヴィト・フリードリヒによって描かれた作品です。

3:46-『海の月の出』

フリードリヒは1774年、スウェーデンのグライフスヴァルトに生まれた画家です。幼いころから芸術に強い関心を示していたフリードリヒは、1794年になるとコペンハーゲンの美術アカデミーに入学し、ドレスデンの美術アカデミーでも学びを深めていきます。1805年になるとヴァイマール美術展で初めて賞を受賞。1807年からは油彩での制作を本格的に開始、《山上の十字架》をはじめとした大作を描くようになり、《海辺の修道士》や《樫の森の中の修道院》はプロイセン王室買い上げとなりドイツを代表する画家となっていきました。

(Public Domain /‘Cross in the Mountains (altarpiece Tetschen)’by Caspar David Friedrich. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)
(Public Domain /‘The Abbey in the Oakwood’by Caspar David Friedrich. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

その後1813年にはナポレオン軍侵攻により一時制作できない状況になったものの、1818年にはカロリーネ・ボマーと結婚し、3人の子供に恵まれるなど私生活でも満ち足りた日々が続きます。しかし1820年を過ぎるとロマン主義はもはや古い表現と見直されるようになり、フリードリヒの人気も落ちていきました。1840年には65歳でその生涯を閉じていますが、そのころフリードリヒの名前を憶えているものはほとんどいなかったといわれています。

そんなフリードリヒによって描かれた本作品は、1人の男性と2人の女性が東にのぼる月を眺めながら海に面した大きな岩の上に座っている様子を描いた作品です。この風景はスウェーデン領ポメラニアにあった、フリードリヒの生家に近いバルト海の眺めであると考えられており、徐々に月がその姿を表すドラマチックな風景を描いています。

本作品は銀行家であり美術コレクターでもあったヨアキム・ハインリヒ・ヴィルヘルム・ワーグナーによって依頼された作品で、対作品として《孤独な木》も制作されました。こちらも旧国立美術館に所蔵されており、フリードリヒ作品研究の重要な作品の一つとして注目を集めています。

おわりに

旧国立美術館はドイツ・ベルリンのムゼウム・スインゼルにある美術館の一つであり、古典主義やロマン主義、印象派などヨーロッパ諸国で花開いたさまざまな表現の作品を所蔵しています。作品のみならず世界遺産に登録された建造物も必ず目にしておきたいです。ベルリンを訪れた際には、ぜひ足を延ばしてみてはいかがでしょうか。

「博物館島」の一部・ボーデ博物館

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

関連記事一覧